2度目のW杯となった中村俊輔の南ア大会は、オランダ戦のわずか26分間の出場で終わった。パラグアイ戦の死闘後、「次? ないよ、オレは」と代表引退を示唆した中村は今大会を「サッカーの神様にテストされたのかな。これに比べれば02年(日韓W杯)なんてかすり傷」とも心情を吐露。1日付のスポーツ報知に独占手記で「代表引退」を宣言した。
「手記」では、「尊敬する能活さん(川口)には一緒にブラジルを目指そうと言われたけど、代表人生は終わりと決めた」とも記している。今大会後の代表引退は、昨冬、スペインリーグから横浜Mに復帰した際に決断していたのだという。
大会直前に代表から外された日韓W杯では、当時のトルシエ監督からその理由を「ナカムラがいるとベンチが暗くなるから」と説明された。中村は「プレーヤーとしてグラウンドで何ひとつ残せることができなかった」という今大会中、「日韓の時は選手としてよりも人間としてベンチでは難しいとトルシエに選ばれなかった。今大会中、(取材に)しゃべらなかったのは、辛かったからではない。ボンバー(中沢)も大会前に主将を外されて辛かったけれどもそれを隠していたし」と話したこともある。だが、中沢の例を自ら出したのは、「辛かった」と本音を吐いたに等しい。それこそ「かすり傷」ではない傷を心に負った、ということなのだろう。
左足首の負傷をおして横浜マリノスの試合に出続け、コンディションを崩したまま本大会を迎え、岡田監督の守備的戦術への変更もあり、「10番」は出場機会を失った。オランダ戦での途中起用でもなんら結果を残せず、デンマーク戦を前に、重かった口を開いた。「誰でもそうだけど、山もあれば谷がある。今は何を言われても仕方がない。日が当たっていないけれど、頑張るしかない」
そして、「もちろん(デンマーク戦に)出る準備はしている。W杯のためじゃなく、その先も見据えている。いろいろ取り返さないといけないものがあるから」とも語っていた。
カメルーン戦でヒーローとなった本田圭佑が翌日が自身の24回目の誕生日だったことで「やはりオレは何かを持っている」と自慢げに語ったのとは対照的に、出場機会のなかった6月24日のデンマーク戦は、中村の32歳の誕生日でもあった。
もう若くはない。南アW杯は将来、指導者になるためにいい経験ができたかと聞かれた中村は「まずは選手がある。これ(悔しさ)を生かしていかないと…」とも話した。失意の中村は、まず横浜Mに戻って一選手として再起を期すことになる。
中村の「引退宣言」について聞かれた岡田監督は「アイツは本当にサッカーが好きなサッカー小僧。サッカーから離れることはないし、代表でもまたチャンスがあるかもしれない。オレはサッカー小僧ではないけれど」と答えた。
http://southafrica2010.yahoo.co.jp/news/ndetail/20100701-00000552-san-socc