哀 悼
マイケル・ティルソン・トーマス
1944-2026
たまたまYouTubeを検索していたら4月23日にこんな動画がアップされていました。
この動画の内容には以下のようなことが語られています。
クラシック音楽界は、最も革新的で愛された人物の一人を失いました。
グラミー賞受賞指揮者、作曲家、教育者として50年にわたるキャリアでアメリカのオーケストラ音楽を大きく変革したマイケル・ティルソン・トーマス氏が、水曜日、4月22日サンフランシスコの自宅で安らかに息を引き取りました。
彼の死は、 彼が25年間音楽監督を務めたサンフランシスコ交響楽団、そして世界中の数え切れないほどの音楽家や聴衆にインスピレーションを与えたサンフランシスコ交響楽団にとって、一つの時代の終焉を意味します。 死因は脳腫瘍で、ティルソン・トーマスは、2021年に診断されて以来、悪性度の高い脳腫瘍である多形性膠芽腫と闘病していました。同年、脳腫瘍の手術を受け、当初は驚くべき決意をもって舞台に復帰しています。
025年2月、腫瘍の再発を公表。この衝撃的な知らせにもかかわらず、指揮を続け、2025年4月、遅ればせながら80歳の誕生日を祝うサンフランシスコ交響楽団との最後のコンサートを行った後、引退しています。
健康状態が悪化したにもかかわらず、彼は最後まで音楽に専念し、指揮し、人々にインスピレーションを与え続けました。
1:401分40秒最後の言葉。私の人生のコタは寛大で豊かです。 2025年に最後のコンサートを行うと発表した際、ティルソン・トーマスは次のように提案した。
芸術と深く結びついた家庭にロサンゼルスで生まれたティルソン・トーマスは、幼い頃から並外れた才能を示しました。彼は南カリフォルニア大学で学び、タングルウッドでレナード・バーンスタインの指導を受けました。彼のブレイクスルーは1969年、ボストン交響楽団の音楽監督が急病で退任した際に代役を務めたことから始まりました。
1995年、彼はサンフランシスコ交響楽団の音楽監督に就任し、25年間その指揮を執りました。
彼のリーダーシップの下、同楽団は世界ツアー、革新的な録音、そしてアメリカ人作曲家を積極的に支援する幅広い芸術的ビジョンによって新たな高みへと到達しました。彼は同楽団と1800回以上のコンサートを指揮し、そのアイデンティティと名声に消えることのない足跡を残しました。
ティルソン・トーマス社は 1987 年にマイアミビーチにニューワールド交響楽団を設立しました。若い音楽家や将来のクラシック音楽のリーダーのための訓練の場を作ります。教育とアクセシビリティに対する彼の取り組みは、その形成に貢献しました世代を超えた演奏家が、新しい聴衆に向けてクラシック音楽の範囲と関連性を拡大しています。
120枚以上の録音と12のグラミー賞受賞歴を持つティルソン・トーマスは、チャールズ・アイヴス、アーロン・コープランド、ジョージ・ガーシュウィン、グスタフ・メルといった作曲家の作品を決定的に解釈した功績を残しました。また、教育シリーズやメディアプロジェクトを通して、クラシック音楽をより身近で魅力的なものにし、幅広い聴衆に届けました。音楽は人生を変えることができると信じ、それを毎日証明してきました。充実した人生を送りました。
このブログではあまり、多くティルソン・トーマスを取り上げていません。検索したら次の一枚だけを取り上げていました。これは彼のベートーヴェンの交響曲全集に含まれる一枚です。古楽奏法こそ取り入れていませんが当時の室内楽的アプローチの先駆をなすものでした。
この演奏はコントラバスを左側に置いたいわゆる対抗配置による演奏でした。まあ、晩年はサンフランシスコ交響楽団の演奏では通常の現代的配置で演奏しています。そういう意味ではこのサンフランシスコ響と新しいベートーヴェンの交響曲全集を残して欲しかったものだと思います。下はそのサンフランシスコ響とのベートーヴェンの「英雄」です。前半はこの英雄のアナライズがあり、実際の演奏は58分ごろから始まります。
ボストン響の副指揮者からラインスドルフの病気に伴う指揮者デビューといい、1995年からは25年の長きにわたってサンフランシスコ交響楽団の音楽監督を務めていることや、1990年からパシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌(PMF)の芸術監督を10年務め、公演はもちろん、若い音楽家たちの教育にも熱心でニュー・ワールド交響楽団の設立に携わったりして、やはりバーンスタインの後継者とみなされていたことは間違い無いでしょう。アメリカ国内の彼の死に対する反響はびっくりするほど多いのにもびっくりします。日本の新聞各社の訃報記事とは比較になりませんが、アメリカ国内では絶大な人気があったことが窺い知れます。下はそのにニュー・ワールド交響楽団との2019年の演奏です。オームストラの基礎となる弦楽四重奏曲をオーケストラで演奏しています。
若い頃は結構ヤンチャな面もあり、ボストン交響楽団の一部の団員は、トーマスの攻撃的な性格、生意気さ、癇癪、理由も告げずにリハーサルで同じフレーズを繰り返させるといった点に否定的な反応を示していたようですし、1978年にコカインなどを所持していたためJFK空港で逮捕されたこともあるようです。また、日本ではあまり報道されていませんが。ホモであることを自らカミングアウトしていて、30年以上にわたってプライベートとビジネスの両面でMTTを支えているジョシュア・ロビソン(Joshua Robison)と共に、カリフォルニアに在住していました。2014年11月、ロビソンと正式に結婚しましたがこの2月に夫を亡くしていました。
上の指揮姿の写真を見ると。どこかアンドレ・プレヴィンの晩年の風貌に似ているなぁと感じてしまいます。
ティルソン・トーマスは来日も多く、わが国でもファンの多いマエストロでした。特にストラヴィンスキーなどモダンでリズムの勝った楽曲や、ガーシュウィンの音楽の弾き振りなど、見事な印象を残したのではないでしょうか。
今後ティルソン・トーマスの演奏をまとめて取り上げてみたいと思います。


