手塚治虫の奇妙な資料 | geezenstacの森

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手塚治虫

奇妙な資料


著者 野口 文雄

発行 実業之日本社

 

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 マンガの神様が、描き直しを続けた理由とは一体何だったのか…? 手塚治虫が執筆した多くの作品の図版から、雑誌連載時に掲載されたものと単行本化される際に描き直されたものを選び出し、比較する形で構成し、解説する。。---データベース---

 

 先に「手塚治虫クラシック音楽館」を取り上げましたが、これは手塚作品の完成系を求める手塚自身の作品とのあくなき追求に焦点を当てた力作です。手塚作品の発表は当然ながら主として漫画雑誌が主体でしたが、作品とともに広告が同じページに配置されているとか、月刊誌が主体だった頃は別冊付録と称しながらB6版での初出が当たり前でした。そうした作品を単行本化した場合サイズが変わってしまうため、そのためのトリミングがなされることはしばしばです。そういう作品の変遷の中で手塚作品は頻繁に加筆修正をしていたということは、つとに知られています。しかし具体的にどう修正されたのかについて、掲掲載時の作品を発掘して単行本との違いをそれぞれの画を掲げて比較検討した本はこれが初めてではないでしょうか。そういう意味ではマニアックでありながら貴重な考察の労作といえます。

 

 取り上げられている作品の多くがかなりの手塚治虫マニアでないと耳にしたことがないもの、もしくは耳にしたことがあっても実際に読み通したことがないものかもしれません。「スーパー太平記」なんかはオリジナルがカラー版であったのですが、単行本化に際してはそれは失われてしまいました。まあ、最近オリジナル版が復刻されはしていますが、非常に高価です。その点でこの本は、そういうマニアックな部分にも言及し学術的資料価値があるといえましょう。ただ、一般読者はやや引いてしまう部分でもあります。それでもこの本は、映画でいうオリジナル版、ディレクターズカット版、テレビ版などというスタイルの変遷を知る上で気貴重です。中では、ばっさりと一エピソードをカットした作品なんかもあるということが分かります。

 

 

 

 上記は作者が復刻した作品ですが、この作品でその手塚治虫がどういう形で作品を再構成したかが分かる貴重な資料となっています。たとえば、なんと1ページを2ページにするという変更をしていて、もう描き直し前と後じゃ全然違うイメージになっていますし、描き直し前の方が緊張感がある構図だし、タチきりも効果的だし、ここら辺はオリジナル版の方が断然出来がいいと思えるところです。

 

 また、「こじき姫ルンペネラ」や「スリル博士」など、あまり知名度の高くない作品を多く取り上げているので、その点馴染みにくいところもあります。小生も、この本で初めてそんな作品があるのを知ったくらいです。その「こじき姫ルンペネラ」では、長髪パーマの大人のヒロインを、髪短めのロリっぽいヒロインに全部描き直ししているのが分かります。もちろん、それに合わせて場面も様々に描き直してるんですよね。手塚治虫しがいかに自分の作品に愛着を持っていて、どうすれば今の読者に喜んでもらえるのかということを常々考えていたのかということも分かります。ただ、オリジナルを知っている人にとってはええっ!と思うような変更になっていることも確かです。

 

 手塚マンガにピンとこなかった人も、描き直し前の原稿を見てみると、オリジナルの方がよっぽどいいのになぁ、と思いなおすのではないでしょうか。そうした「手塚治虫との出会い直し」を提供してくれる、これが本書の醍醐味だと言えるでしょう。しかし、手塚治虫氏はこれだけの描き直しをしながら、アニメを作ったり、新作も書いていたんだから、すごい仕事量です。まさに漫画界の巨人であったことが伺い知れます。

 

 あくまでこの本で紹介されている事例に限って感じたことですが、どうも手塚治虫氏、描き直しが「改悪」になっているケースが多い様な気がします。アトムとかジャングル大帝なんか、何度も再構成されていて良いところをバッサリ切っちゃってるし、さきほど挙げた作品もしかりだし。なので、どうしても「なぜ手塚は自作のいいところをダメにしてしまうのか?」という疑問が浮かんできてしまうのです。本書の著者もいろいろ分析してるけど、最終的には「なぜ?天国の手塚先生、戻ってきてぼくたちに教えてください」なんて叙述がやたら多いのです。まあ、資料の収集は凄いのですが、そういう分析に付いてはあまりなされていません。ということで、これは考察ではなくて資料ということになっているのでしょう。事情はわかるがもう少し説得力のある分析があったら・・・と思う点がないわけではないですね。

 

 しかし、著者の野口氏はまず第一に、こうした劇的な、もしくは示唆に富む変更点に焦点をしぼって検討しているので、「手塚マニアじゃないから、楽しめないかも・・・」という心配は杞憂です。変更前と後とをちゃんと並べて掲載しており、作品を読んだことのない読者に対する配慮もしっかりしています。ただ、本の構成としてこの解説部分が妙に読みにくい文章になっていて、一度読んだだけではなかなか理解しづらいところがあります。著者の文章に問題ありというところでしょうか。やたら長いし、結びがおかしいし、ヘンな箇所がたくさんあります正直読んでいて非常に疲れました。足掛け20年以上を掛けた資料収集の努力はすごいと思うのですが、もうちょっと文章なんとかならなかったのかなというのが正直な感想です。

 

 たぶん、これなら一般読者は、2006年に発売された新潮社の「手塚治虫原画の秘密」のほうが理解しやすいでしょう。