ヨーゼフ・クリップスの
「田園」
曲目/ベートーヴェン
交響曲第6番 ヘ長調 作品68「田園」
1.第1楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ 10け15
2. 第2楽章 アンダンテ・モルト・モッソ 12:47
3.第3楽章 アレグロ 5:52
4.第4楽章 アレグロ 3:02
5.第5楽章 アレグレット 9:10
エグモント序曲 8:00
録音時期:1960年1月
録音場所:ロンドン、ウォルサムストウ・アセンブリー・ホール
日本コロンビア GES-3202(原盤エヴェレスト)
このレコードも小学館の世界名曲全集に含まれていた者で、全集の第2巻としてクリップスのベートーヴェンとしては唯一シリーズに組み込まれたものです。クリップスは1950年から54年にかけてこのロンドン交響楽団の主席指揮者を務めていました。ウィーンでの仕事のため、彼は1950年までロンドン交響楽団の首席指揮者にはなれませんでしたが、1948年12月のオーケストラとの初演奏会から、やい関係が築かれていて、彼が選んだレパートリーは興行的にも成功しています。ベートーヴェンの交響曲と協奏曲のチクルス(後者はあるシーズンにヴィルヘルム・ケンプ、別のシーズンにクラウディオ・アラウがフィーチャー)は、オーケストラの財政と音楽水準の回復に役立ち、1950年代初頭、クリップスはデッカ・レコードに多数の録音を行っています。こういう関係性があり、1958年にはシューベルトの「ザ・グレート」の名盤が誕生しています。
1960年ステレオ録音。ヨーゼフ・クリップス[1902-1974]はウィーンに生まれワインガルトナーに師事した往年の名指揮者です。オペラからシェーンベルクまで多くのレパートリーを持っていましたが、特にモーツァルトの演奏では定評がありました。ロンドン交響楽団を指揮したベートーヴェンの交響曲全集は、エヴェレスト・レーベルによってロンドンのウォルサムストウ・アセンブリー・ホールでセッション・レコーディングされたもので、快適なテンポと着実に仕上げられた演奏はなかなか魅力的です。録音はオリジナルの35ミリ磁気フィルムで3チャンネル収録されています。エヴェレスト・レーベルは1950年代後半に、ハリウッド映画と同じ35ミリ磁気テープを用いて、ステレオ最初期ながら驚異的な音の良さで世界のオーディオ・ファンを興奮させました。日本でも故・長岡鉄男氏が激賞して紹介したため、今日でも伝説のレーベルとして特別な存在となっています。
このレコードがコロンビアのダイヤモンド1000シリーズで発売された頃は音楽評論家はまともな評価をしていた人はほとんどいませんでした。それも、1968年にサンフランシスコ交響楽団と来日した小野の評判があんまり芳しくなかったことも影響していたのでしょうかねぇ。レコード芸術もまともに取り上げていなかったと記憶しています。
さて、前置きはこれぐらいにしクリップスの「田園」です。
第1楽章からウィーン風の穏やかな演奏で開始されます。自然な音楽の流れでとつとつと歌い上げてゆきます。この冒頭の語り口はブルーノ・ワルターの演奏に非常に似ています。そして、アンドレ・クリュイタンスのテンポはもうちょっと主題をフェルマータで引っ張りますがまあ同類と言えるでしょう。ただし、同じ1960年の録音ですが音は貧弱です。小生は最近のピリオド楽器に引っ張られた早いテンポは好きではありませんからカラヤンの「田園」は受け入れられません。心の中ではヨッフムやザンデルリンクのテンポが最良です。そこから派生してワルターやこのクリップスのテンポが許容範囲となります。リラックスして聴ける気持の和む第1楽章です。白眉は第2楽章でしょう。木管楽器がまろやかに唄い、弦楽器が寄り添いながら歌い上げる自然な高揚感があります。クリップスが醸し出す温かい空気感とが全体を包みながら、音楽が横に拡がって包み込んでくれる感じを演出しています。このロンドン交響楽団による初めてのベートーヴェンの交響曲全集はこの1960年にあってはモノラルではカラヤン/フィルハーモニアとステレオのコンビチュニーとがあっただけでしょう。同じイギリスのフィルハーモニアに先を越されたもののステレオでは初めてとなるものでしたから力が入っていたのではないでしょうか。インテンポで淡々と音が紡がれていきますが決して甘ったるく感じさせないのはクリップスのウィーンの職人技の成せるところでしょうか。
第3楽章でも自然な高揚感、そして第4楽章の嵐の場面ではオケが強奏しているのですけれども響きの角を落とし刺激的な音を廃しても充分迫力があります。オーケストラのステレオプレゼンスの音の広がりは自然で、第5楽章だけに登場するティンパにの打ち込みはオーケストラの右後ろん定位しています。変わったことは何一つしていない穏やかな田園ですが、それだけで終わらない懐の深い職人技の光る田園交響曲となっています。この名曲シリーズにこの「田園」だけがピックアップされた理由がよくわかります。
さて、レギュラーのダイヤモンド1000シリーズでは「レオノーレ序曲第3番」がカップリングされていましたが、このレコードでは「エグモント序曲」がフィルアップされています。この名曲全集のために荒谷ラッカーを製作していますからベストの演奏をピックアップしたのでしょう。かなり金管をクローズアップした録音になっていて悲劇的色彩を演出しています。クリップスはベートーヴェンの序曲集をコンサートホール版でウィーン祝祭管弦楽団と共に録音していましたからこのロンドン京都は数曲しか録音していません。そこがちょっと残念なところです。