境界線 | geezenstacの森

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境 界 線

 

著者/中山七里

出版/

NHK出版

 

 

 「誰にでも境界線がある。越えるか、踏みとどまるか」 中山七里

 2018年刊行の『護られなかった者たちへ』と同じく宮城県警捜査一課を舞台に、東日本大震災による行方不明者と個人情報ビジネスという復興の闇を照らし出していく。震災によって引かれてしまった“境界線”に翻弄される人々の行く末は、果たして。「どんでん返しの帝王」・中山七里が挑む、慟哭必至の骨太の社会派ヒューマンミステリー小説。---データベース---

 

 本の帯にもありますが、デビュー10周年を迎えた2020年、12ヵ月連続で新作を刊行するという前代未聞の離れ業をやってのけた中山七里氏のその最後を飾る作品として刊行されました。このフィナーレを飾る『境界線』は、2021年に映画公開された『護られなかった者たちへ』に続く「宮城県警」シリーズ第2弾となるものです。前作に続き、いや前作以上に、東日本大震災の爪痕が生々しく描き出されています。

 

 といっても前作は読んでいません。ただ、この小説を読む前に映画版の『護られなかった者たちへ』は見ています。佐藤健、阿部寛主演の映画で原作は女の子ではなく男の子という設定でしたので、途中からあれ、女の子じゃん!!となりびっくりしたようにかなりいじってありましたが本質的にはうまくまとめていました。映画としては、第45回日本アカデミー賞で、数々の賞は受賞していますがあまり振るわない成績でした。

 

 2018年5月、宮城県警捜査一課刑事・笘篠誠一郎のもとに、「気仙沼の海岸で女性の変死体が発見された」との一報が入ります。身分証に記された名は「笘篠奈津美」。しかし、笘篠の妻は7年前の東日本大震災で津波によって流され、行方不明のままだったのです。前夜まで生きていたという彼女は、本当に笘篠の妻なのか…。身元確認のため、現場に急行した笘篠が目にしたのは、まったく別人の遺体でした。ならば、この女性は何者なのか。なぜ妻の名を騙って生活していたのか。その経緯をたどり続けるもなかなか進展がありません。

 

 そのような中、その翌月宮城県警に新たな他殺体発見の一報が入ります。仙台市内で変死体が発見されたのです。その男性もまた、震災で津波に呑まれた人物の名を騙って暮らしていたらしいのです。ふたつの事件の共通点は、行方不明者の個人情報が悪用されていることです。なぜ、個人情報が漏れているのか?情報を売買しているのは、一体何者か。笘篠は部下の蓮田とともに、ある名簿屋に聞き込みに行きます。とまあ、これがあらすじです。

 

 今回は震災の悲劇よりも、個人情報の漏洩という視点で物語が進んでいきます。そう、市役所や自治体には膨大な個人情報がありますが、これらの情報は本人のあずかり知らないところで運用されています。しかし、そのデータの取り扱いはかなり杜撰で、システムの更新時はそれらの個人情報をデータ処理会社に丸投げをしているんですなぁ。で、こちらも二次三次の下請けに作業を丸投げするのでいい加減な処理が横行します。こうして個人情報はデータを保存したハードディスクがそのまま持ち出され、名簿として良からぬ筋へ流れていくのです。考えてみれば怖いことで、思うに今のオレオレ詐欺や資産家の襲撃事件などは根本こういう不法に持ち出されたデータが闇の中で利用されているような気がしてなりません。実際2019年には神奈川県でこういう事件が発覚しています。それに先立ちこの小説は書かれていますが、着想といい舞台設定といい作者の着眼点には恐れ入ります。

 

 そして、作者のシリーズものはまるで次回作があるような作品構成になっていて、実際にこの小説で登場する名簿屋は『護られなかった者たちへ』に登場した五代良則がここでも登場しているのです。ある意味この五代は中盤以降は事件に大きく関わっています。そして、犯人との接点もこの五代の過去が大きく関わっているという点でもシリーズとして一体感があり、宮城県警の笘篠とともにこの小説を盛り上げています。

 

 確かにどんでん返しの部分も見事ですが、ストーリー上は笘篠の妻の入れ替わりより、冷蔵会社に勤める男の方が死体の残忍性という意味ではウェイトが大きくなっていてそちらの捜索の方に重点が置かれていて、後半はやや笘篠の影が薄くなってしまっているのが残念でした。まあ、続編は映画化されるとは思えないのでそれでもいいんでしょうけどね。

 

 価値観全てを変えてしまった東北大震災。それがどれだけ酷く無機質かつ残酷なものだったか。当時、リアルタイムでテレビを見て、まるで映画の1シーンの様に家々が、人々が津波に飲み込まれていくのを目の当たりにして呆然としたものです。まして、人が海に流される光景を見ながら何もできない無力感に苛まれる現地の東北の人達の無念は想像できません。あの瞬間どこにいたのか。何を見たのか。そんな偶然が確実に人を変えてしまう無慈悲な現実に愕然とします。ここでも、真犯人のその現実に直面した時、殺人というよりは震災が人を変えていくという過程が克明に描きこまれています。