カラヤンの「ロマンティック」 その1 | geezenstacの森

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カラヤンの「ロマンティック」

ブルックナー/交響曲第4番変ホ長調『ロマンティック』(ハース版)
1.第1楽章 Allegro [20:48]
2.第2楽章 Andante quasi allegretto [15:38]
3.第3楽章 Sher schnell-Trio:Im gleichen Tempo [10:41]
4.第4楽章 Allegro moderato [23:05]

指揮/ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

1970/09/15、10/16 イエス・キリスト教会、ベルリン、ダーレム
プロデューサー:ミシェル・グロッツ
エンジニア:ヴォルフガング・ギューリヒ 

英EMI  512092

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カラヤンエディションの安っぽいジャケット

 ベートーヴェンやブラームス辺りは何度も交響曲全集を録音しているカラヤンですが、このブルックナーに関してはそれほど積極的ではなく、アナログからデジタルの過渡期に一度全集を録音しただけです。デジタルでの再録に積極的だったカラヤンにしては珍しい事です。1970年に録音されたこのブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」は、日本では初出時に音楽之友社「レコード・アカデミー賞」を受賞するなど高い評価を得ています。それでも、カラヤン生涯にとって最後の録音がブルックナーの交響曲第7番で、しかもオケはこれだけウィーンフィルとであったということは皮肉な事です。

 カラヤンのブルックナーは記憶が正しければ1957年にEMIに録音した交響曲第8番がステレオでの初録音のはずです。このブルックナーに関してはEMIとDGにバラバラに録音しています。EMIにはその後第4、7を1970年代に、そして、DGには全集を録音しています。その中で、この第4番は7番と時を接して録音され、面白い事に5年後にDGにここでも続けて録音されています。このブルックナーの交響曲第4番は1970年ステレオの録音。前年にエポックメイキングなベートーヴェンのトリブル協奏曲が録音されていてそれがEMIへの久しぶりの録音となりこれが契機で70年代はEMIとDGの2大レーベルに続々録音しています。あまり、レパートリーはダブらないのが常識ですが、このブルックナーだけはダブっています。不思議です。ところで、不思議のついでにこのCDはマスタリングが1996年になっています。以前取り上げたのは1985年のリマスタリング盤でした。下の写真が1985年のマスタリング盤、EMICDM7690062です。

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 で、この1996年のリマスタリングはサイモン・ギブスンがアビー・ロード・スタジオでおこなったもので、以前の発売ではART仕様で発売されていました。それがこの「カラヤン・エディション」でもそのまま流用されていました。

 ところが、このマスタリングは食わせ物で、1985年のものとは似て非なるものです。もともと、この録音は4チャンネル仕様で録音されたものです。本国ではクオドラフォニックとして4チャンネルで発売されましたが、多分国内盤は、4チャンネル仕様では発売されなかったように思います。この録音がいつものEMIサウンドとちがう音のベクトルを持っている所以なんでしょう。

 全曲で約70分というたっぷりとしたテンポ設定で、ベルリン・フィルの贅を尽くしたサウンドを存分に味わえるこのアプローチは、自然派・質朴志向のシューリヒトなどのブルックナー演奏とは、ある意味で対極にある存在です。そして、何よりも特徴的なのはここで聴かれるEMIのサウンドです。場所はイエス・キリスト教会です。イエス・キリスト教会の豊かな空間いっぱいに鳴り響くゴージャスきわまりないサウンドにドギモを抜かれること必至の超華麗ブルックナー演奏となっています。


 重厚な金管の響きと耽美的にまで美しい弦の豊僥なアンサンブル、そこにコントラバスの重量級の響きが上乗せされます。この響きはDGのお株を奪っています。ちなみにDGの録音はフィルハーモニーザールですからそういう意味での違いもありますが。カラヤンはここでは基本的にハース版に基づいて演奏していますが、第1楽章序奏部における第1ヴァイオリンのオクターヴ上げなど独自の改変をおこなっており、ちょっとやり過ぎの感もありますが、これぞカラヤン美学というところでしょうか。とにかく表現の流麗なこと、音響の豊麗なことにかけては古今東西を見渡してもこれ以上の演奏はあり得ないといいたいところで、これほどの官能的なまでの豊かさは、いかに「カラヤン&BPO」の黄金コンビといえども、たしかにこの時期にしか成しえなかったに違いないものでしょう。何しろカラヤンの絶頂期でしたから。

 近年発売された、音楽之友社のムック「クラシック名盤大全」の中でも、のちのグラモフォンの再録が取り上げられていないのにこのEMIの録音のほうが取り上げられています。

 ただ、ちょっとやり過ぎを意識したところがあるのか、5年後のDG盤では、トータルで6分半ほど速いテンポ設定をおこない、両端楽章では改訂版のアイデアも用いてメリハリの効いた演奏をおこなうなど、耽美的・官能的にうねる巨大志向のEMI盤とはだいぶ傾向の異なる演奏をおこなっているだけに、比較も大変に興味深いところです。

||演   奏||第1楽章||第2楽章||第3楽章||第4楽章||
||lEMI/1970||20:48||15:38||10:41||23:05||
||DGG/1975||18:14||14:27||10:43||20:28||

 さて、この2008年に発売された88枚組の「カラヤンエディション」に収録された音源は、上記の評価にもかかわらずお勧めできません。買うなら1985年のマスタリングをお勧めします。以前もART仕様のものは評価しない意見が数多くネットを賑わしていましたが、まさにこの一枚もその体で、元の4チャンネル録音を無視してマスタリングされていますから音の芯がはっきりしない腑抜けた演奏に聴こえてしまいます。必ずしも最新のものが最高では無いという、マスタリングの重要性を再認識させる一枚です。

 なを以前の書き込みでは、元の4チャンネルを生かしたSACDでの発売が相応しいのでは、と記していますが、本家ではなくエソテリックから2013年にESSE-90081という番号で発売されたことがあります。ただし、この時は2チャンネル・ステレオ録音という平凡なフォーマットで発売されています。

 できることなら、本来の4チャンネルマスターから5.1chのSACDとして発売してほしいものです。