継承 奥右筆秘帳 四 | geezenstacの森

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継承 奥右筆秘帳 四

著者 上田 秀人
出版 講談社 講談社文庫 

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 将軍家斉の四男敬之助が急逝し、尾張徳川家は後継を失う。思惑渦巻く江戸城を震撼させたのは、神君家康の書き付け発見という駿府からの急報だった。真贋鑑定を命じられた奥右筆組頭 立花併右衛門は、衛悟の護衛も許されぬ覚悟の箱根越えに向かうのだが!?注目度第1位シリーズ、待望の最新刊!---データベース---

 この小説、2009年の文庫書き下ろしですが、その年に初めて発表された「この文庫書き下ろし時代小説がすごい!」(宝島社刊)で第1位を獲得したものです。まあ、これには選定の条件があり、
1.2008年の刊行である事
2.5巻以上シリーズが続いていない事
3.6人の作家を殿堂入りとし、その作品を入れない事
という縛りがありました。なにしろ、文庫書き下ろし時代小説には御大の佐伯泰英をはじめ、井川香四郎、風野真知雄、鈴木英治、鳥羽亮、藤原緋沙子という6人の人気作家がいますからねぇ。という事で、新たな時代小説作家の発掘を目的としたのがこの文庫書き下ろし時代小説がすごい!」であったわけです。それで1位を獲得したのがこのシリーズであった訳です。まあ、第4巻という事ではギリギリの滑り込みですけどね。

 「この文庫書き下ろし時代小説がすごい!」は2014年版から「この時代小説がすごい!」とタイトルが変わり、5巻以上の縛りが亡くなった事で、この年にもシリーズ第12作の「決戦」も第一位に輝くなど、「奥右筆秘帳」は平成時代小説文庫を代表する人気シリーズとなっているようです。まあ、そんな事とはつゆ知らず手に取った1冊は第4巻なんですが、途中から読み始めても全く違和感のない構成になっています。章立ては以下の通りですが、主要登場人物の一覧が目次後に掲載されていてとても役に立ちました。

目次
第1章 名門の跡継ぎ
第2章 枝葉の役
第3章 伸君の遺
第4章 旅路の闘
第5章 文箱の闇

 時は寛政9年という事で、将軍は徳川家斉、松平定信が失脚した後の時代です。「損料屋喜八郎始末控え」のちょいと後です。この時にあって幕政の闇を知り、命を狙われる奥右筆組頭の立花併右衛門とその用心棒となり併右衛門と愛娘瑞紀を護るのが、旗本の次男坊のとなっていた隣家の柊衛悟です。そして、「筆」と「剣」の力で闇と闘う彼らの前に立ちはだかるのは無敵の甲賀忍・冥府防人、そして権の亡者と化す一橋民部卿治済という布陣です。

 このダブル主役の立花併右衛門は、現実主義で仕事はできるが計算高い面もあるリアルな中年として描かれていますし、いっぽうの主役・柊衛梧は、剣の道ひとすじの不器用で純粋な青年、いかにも時代小説ヒーローらしく描かれています。ここに幕閣の老中や家臣たちの日常や心理が、完全な悪でも善でもないグレーに描かれ、リアルな人間像となって脇を固めています。

 立花併右衛門は奥右筆という役職で、幕府の機密文書の管理や作成なども行う役職で、その地位こそ低かったものの、実際は幕府の数多い役職の中でも特に重要な役職です。ここでもその立場ゆえ、各方面から刺客を放たれる側面を持っていて、それがこの小説の見せ場ともなっています。さらに、老中、留守居役、お庭番、別式女など、色々な役職の仕事の内容、禄や生活様式がストーリーの随所に紹介されていて、それを読むだけでも勉強になります。

 ただ、この時代になって新たに徳川家康の遺言が見つかるという設定はちょっと無理があるのかなぁとは思いますが、登場人物は全て実在し、尾張徳川家はこの時第9代藩主 徳川宗睦の時代で、実際に敬之助は養子になっていて2年で早世しています。物語はこの養子騒動がらみで進んでいきます。

 それにしても、著者は大阪歯科大学卒の本業は歯医者です。片手まで時代小説を書いてこのレベルは凄いとしか言いようがありません。この奥右筆秘帳シリーズは既に完結していますが、暫くは追ってみたいと思います。