献残屋 火付け始末
著者 喜安 幸夫
発行 KKベストセラーズ ベスト時代文庫
蝋燭問屋を狙った付け火事件が起き、犯人として捕まったのは問屋のあるじが妾として囲っていた女だった。しかし、献残屋の箕之助たちは女が付け火をせざるを得ないようなあるじの非道な仕打ちを知り、密かに抹殺する(「火付け始末」)。また、街道筋の用心棒・寅治郎を敵として狙う武士の正体がついに判明し、首を差し出す覚悟をしていた寅治郎だが、意外な結末を迎える(「寅治郎蘇生」)など、傑作好評時代小説。好評シリーズ、ついに完結。---データベース---

喜安幸夫氏の作品は初めて読みます。たまたま目についた「献残屋」という言葉に引かれて手に取りました。全く予備知識もなかったのですが、2009年に発売されたこの巻がシリーズ最終巻ということです。
「献残屋」はあちこちの時代小説でその存在は知っていましたが、それをタイトルにした小説があったとは知りませんでした。「献残屋」は早い話しがリサイクルショップの一つで、献上品の残り物や払い下げ品を買い取り、ほかへ転売する商売です。贈答品の換金屋というか、一種の金融機関だったといってよいでしょう。
江戸時代の献残品としては、江戸時代の諸大名は参府すると、必ず将軍に土産物を献上しました。また家臣は藩主や上司に贈物を差し出しますし、御用商人は出入りの武家屋敷や役所などへ付け届けをします。当然贈られた方も、実用的でなかったり、手許に多くある品は献残屋に売り払いました。安い値ではありましたが、現金化できるのでありがたられました。こうしたものをリサイクルしたのが献残屋です。ただし、この献残屋、江戸にあって京や大坂にはない生業であったようです。江戸は武家の町であり、それだけに贈答儀礼の機会が多く、献残屋というのは江戸だから栄えた商売だったことが、江戸後期の風俗研究家の喜田川守貞の著した「守貞漫稿」のなか書かれています。
章立ては次のようになっています。
■火付け始末
■寅次郎蘇生
■お犬様異聞
あとがき
この本のタイトルとなっている「火付け始末」は大した内容ではありません。早い話し、献残屋の招待は必殺仕置人のようなもので、妾を囲っていた鳴海屋の主人を抹殺するという他愛も無いストーリーです。
しかし、次の「寅次郎蘇生」はシリーズとしては最高の見せ場を作っています。時代は元禄年間、赤穂浪士の討入り以前という事で、元禄15年の張るという事になります。登場人物に高田郡兵衛がいます。群兵衛といえば赤穂を脱盟し内田家の養子に入って内田群兵衛となっています。まあ、どこまでが史実か分りませんが、ここではその内田群兵衛として、浪人の日向寅次郎の仇討を助けます。この日向寅次郎は赤穂の隣県播州姫路藩本田家の家臣でした。この寅次郎が許嫁を愚弄され勘定方藩士を切り捨てたのです。これで敵持ちになり江戸に流れていたのです。
そして、その仇討の相手が群兵衛の近くに住んでいたのです。それを知った群塀が二人の仲を取り持ち仇討の手打ちをするというわけです。この事があって土次郎は武士を捨てます。
で、最終話は元禄年間という事は時の将軍は、徳川綱吉で通称犬将軍です。時も浅野内匠頭の一周忌あたりのことです。人間様より犬が大事にされた時代という事での、そこから派生した事件がラストを飾ります。ここでは舞台となる田町の大地主や献残屋の大和屋の本家の蓬萊屋、さらには事件に巻き込まれた伝馬屋の主人、浜幸屋主人らが集まり、いぬの扱いを巡り不埒な詐欺まがいの行為をする輩が横行している事に対しての対策を練ります。
この一件には犬目付の池内備後守の舎弟が関わっている事を突き止めます。奉行所でも大筋は把握しているのですが、寺社が絡んでいる事もあり迂闊に手が出せません。そこで、蓬萊屋の仁兵衛は与力の了解を取り付け成敗に乗り出します。まあ、その小気味の良い事、大団円に相応しい筆運びで、最後に武士を捨てた寅次郎の身の処し方まで粋な配慮がされるという結末に納得の展開です。
このシリーズ、遡って読んでみたい魅力があります。