デニス・ラッセル・デイヴィスの「ロマンティック」
曲目/ブルックナー
交響曲 第4番 変ホ長調 「ロマンティック」 WAB.104 (1874年第1稿[ノーヴァク版])
1. Bewegt, Nicht Zu Schell 19:18
2. Andante Quasi Allegretto 16:45
3. Scherzo: Bewegt, Trio: Nicht Zu Schnell 12:43
4. Finale: Bewegt, Doch Nicht Zu Schnell 19:21
指揮/デニス・ラッセル・デイヴィス
演奏/リンツ・ブルックナー管弦楽団
P:アルセ・エストルバウアー・カメレール
E:フーベルト・ハヴェル
録音:2003/09/14 ブルックナー・ハウス リンツ
BMG Ariola ANO 604880

デニス・ラッセル・デイヴィスのブルックナーの交響曲全集は2003年から2008年にかけて録音され、初めはアルテ・ノヴァ・レーベルより分売で発売されました。このCDの国内盤も、2004年の11月に発売されていますが、当時は彼の初来日(2011年)以前ということもあり、大きな注目を集めることはありませんでした。しかし、その後の数度にわたる来日と、彼の奥さんが日本人ということですっかりお馴染みの指揮者となっています。その彼のブルックナー全集が今月廉価BOXに纏められリリースされようとしていることもあり、手持ちの交響曲第4番を聴いてみることにしました。なを、手持ちのCDは2005年に「Allegro」から発売されたもので、どうもオリジナルのBMG盤とは違うようです。
ここで演奏されているのは1874年第1稿[ノーヴァク版]というものです。この版の最初の録音は1982年にインバル/フランクフルト放送交響楽団といわれていますが、海外の資料を当ると1975年9月20日、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団によるクルト・ヴェスの指揮による演奏の録音がLPとして存在するようです。ここで簡単にブルックナーの第4交響曲のバージョンの違いについて考察してみます。
1.1874年版 第1稿:最初の完成版
2.1878年版 :すべての楽章を改訂、第3楽章はそっくり別の楽曲
3.1878/80年版 第2稿:1880年に第4楽章のみを改訂。この稿が一般的。
4.1887/88年版 第3稿:出版社の都合によって弟子のレーヴェによる改竄版。
1975年にレオポルド・ノヴァーク(Leopold Nowak)によって出版されたブルックナーのオリジナル・バージョンは、1904年12月12日にリンツで初演されていますが、再演は 1975年9月20日、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団によるクルト・ヴェスの指揮により完全な演奏が行わています。この演奏はプライベート録音の可能性があります。その後インバルの商業録音がテルデックより登場するという流れでした。そのインバルによる演奏がYouTubeにありました。
当った資料では次の様なレコーディングがあると書いていました。ただ、この中で朝比奈千足/東京都響の録音は確認出来ませんでした。
・Kurt Wöss conducting the Munich Philharmonic, live performance, 1975 (Bruckner Haus LP) (premiere of this version).
・Eliahu Inbal conducting the Frankfurt Radio Symphony Orchestra, studio recording, 1982 (Teldec) (first commercial recording of this version)
・Chitaru Asahina conducting the Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra, live performance, 1982 (JVC)
・Dennis Russell Davies conducting the Bruckner Orchestra Linz, live performance, 2003 (Arte Nova)
・Kent Nagano conducting the Bavarian State Orchestra, studio recording, 2007 (Sony)
・Roger Norrington conducting the Stuttgart Radio Symphony Orchestra, live performance, 2007 (Hänssler)
・Simone Young conducting the Hamburg Philharmonic, live performance, 2007 (Oehms)
デニス・ラッセル・デイヴィスの演奏は、表記ではライブレコーディングになっていますが、最終楽章の曲が終わっても拍手は収録されていません。また、この録音にはORFが関わっていて、上記のプロデューサーも録音エンジニアもORFの人間です。この年はブルックナー・フェスティヴァルが開催されていたのでリハーサルも含めてのセッションが組まれていたんでしょうかね。ライブとしての破綻は感じられません。テンポは今風の速めのテンポです。しかし、第3楽章などは版の都外もありますが滅茶長いです。
この第4番の第1稿は、第3番の第1稿と並んで、聴いてすぐに「これは全然違うぞ」と分るぐらい一般的な演奏と違いの大きい版です。何せ、聴き慣れた曲の中に一部まるで聴いたことも無い部分が出てくるというよりも、そもそも聴いた事がない曲の一部にところどころ第4番が紛れ込んでいると言った方が近いのではないかと思えるほどです。
それでもまだ第1楽章は聴き慣れている第4番の雰囲気がだいぶ感じられ、よく知っているメロディーがユニゾンではなく和音で動いているな、とか、演奏している楽器が全然違うものに変わっているな、ぐらいで済んでいたのですが、第2楽章になると、雰囲気こそなんとなく近いような気がするものの、伴奏などだいぶ変わっていて、かなり違和感を感じます。
で、第3楽章は、もう完全に別の曲です。拍子からして後の楽譜の2拍子ではなく、他の交響曲と同じ3拍子で(一般的な演奏の第4番のスケルツォだけ珍しく2拍子)、トリオも全然違うものです。なんでも、ブルックナーは第3楽章だけ後から完全に書き直して現在の2拍子のスケルツォにしたそうで、個人的にも、この第1稿の3拍子のものより、後の2拍子の方が垢抜けていて好きですね。また、小節数もこの第1稿は830小節もあり冗長な響きに聴こえます。
で、第4楽章なんですが、冒頭こそ全く違いますが、それでも第1楽章並に一般的な演奏と共通した部分が多くあり、メロディーなんかも、聴き慣れた形がよく出てきます。ただ、大きく違うのは、メロディーや伴奏によく出てくるリズムです。一般的に聴き慣れた方では、4分音符二つ+2拍3連符といういわゆるブルックナーリズムや、タンタラタッタという4分、8分8分、4分、4分(単位:音符)というリズムがよく登場しますが、第1稿のほうでは、この五つの音によるリズムのほとんどが5連符になっているのです。
この第1稿の演奏を聴いて、良くも悪くもとにかく印象に残ったのがこの5連符で、なまじメロディーライン自体はよく聴き慣れたものと同じであるだけに、ひどく妙なのです。しかも5連符という動きは演奏する方も辛いようで、この演奏はそれほど変ではありませんが、演奏によってはかなりぎこちなくなってしまっているものまであります。これは当時からそうだったようで、ブルックナーが今の形に改めたのだそうです。
全体的に第1稿は、現在の形に較べ、あまり上手く整理されておらず野暮ったい印象を受けます。メロディーにしても、スッキリと一本にまとまっておらず、和音で動いたりとゴチャゴチャしていますし、音楽のつなぎも、ただでさえ急に変わるといわれているブルックナーの中でもそれに輪をかけて唐突です。ただ、スッキリとしていないのはいないなりの良さもあり、和音を伴って動くメロディーなどは、一般的な演奏にはない厚い響きがあって、なかなか魅力です。でも、これは決してファースト・チョイスとしては危険な選択でしょう。少なくともベームやカラヤン、ひと捻りしたチェリビダッケの演奏を聴いた後の方がいいでしょうね。