クリュイタンスの「エロイカ」 | geezenstacの森

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クリュイタンスの「エロイカ」

曲目/ベートーヴェン
交響曲第1番ハ長調 作品21*
1.第1楽章 Adagio molto - Allegro con brio 9:32
2.第2楽章 Andante cantabile con moto 6:05
3.第3楽章 MenuettoAllegro molto e vivace 3:27
4.第4楽章 Adagio - Allegro molto e vivace 6:01
交響曲第3番変ホ長調作品53『英雄』 
5.第1楽章 Allegro con brio 14:27
6.第2楽章 Marcia funebre: Adagio assai 16:14
7.第3楽章 Scherzo: Allegro vivace 5:24
8.第4楽章 Finale: Allegro molto 11:33
9.『プロメテウスの創造物』 作品43~序曲 5:33

指揮/アンドレ・クリュイタンス
演奏/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

録音/1958/12/19* 
   1959/04 グリューネヴァルト教会、ベルリン
P:ルネ・シャラン、フリッツ・ガンツ、クリストフィールド・ビッケンバッハ
E:ホルスト・リントナー、アーネスト・ローテ

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 今年は没後50年ということもあり、ベルギー出身として主にフランスで活躍した、日本でも未だに人気が高いアンドレ・クリュイタンスが、ベルリン・フィルと旧EMIレーベルに録音したベートーヴェンの交響曲全集の中の一枚です。

今回の復刻のために、イギリスにあるマスター・テープから最新96kHz/24bitでデジタル化したマスターを用い、SACD層、CD層別々にマスタリングを新規で行いました。永久保存盤です。ベルリン・フィルが最初に一人の指揮者とスタジオ録音で作ったベートーヴェン全集として有名なこのクリュイタンス盤は、ステレオ録音が実用化されたばかりの1957年12月に始まり、1958年3月、1958年12月、1959年4月-5月、1960年3月という5つの時期のセッションを経て完成されました。クリュイタンスのベルリンフィルとのレコーディングは定期に客演したおりのモノラル時代に第6番と第7番が録音されていました。今年発売された65枚組のボックスセットにはその第7番も追加収録されていますが、これらの出来が良かったこともあって、仏パテ=マルコニ社が同じくEMI系の独エレクトローラ社を通じて、ベルリン・フィルに提案したもので、1957年5月からベルリン・フィルがステレオ方式による録音を開始したため、どうせならということですべてステレオで録音となったようです。

 当時のEMIは戦前の名残で、社内は3か国(イギリス、ドイツ、フランス)に分かれていて、それぞれの録音チームが制作を行っていたのだそうです。クリュイタンスは、厳密にはEMIフランスの「パテ・マルコニ」の所属であったために、独エレクトローラ社は返礼としてシューリヒトをパテ・マルコニに「貸し出し」て、パリ音楽院管弦楽団とのベートーヴェン交響曲全集が完成されたという話があります。ヨーロッパは保守的な人が多く、本国EMIと同じようにパテ・マルコニもステレオに懐疑的だったこともあり、シューリヒトのベートーヴェン交響曲全集は、結局同時期ながらステレオでは録音されませんでした。

 カラヤンはもベルリンフィルの終身指揮者に就任していましたが、EMI時代にフィルハーモニア管弦楽団と全集録音していましたので、グラモフォンも直ぐには着手出来なかったという裏事情があったようです。

 録音に到る背景はこれぐらいにして、この時期のベルリン・フィルには、フルートのニコレ(1959年退団)をはじめ、オーボエのシュタインス、クラリネットのシュテールといったいわゆる伝説の奏者たちが主体となった木管セクションが弦楽器と並んでかつての重厚な響きを堅持しており(ほぼこの時期にコッホやライスターも入団)、後のカラヤン時代とは異なる、前時代の響きを聴くことができます。そういう意味では、フルトヴェングラー時代の面影を残しつつも、カラヤンによって変貌を遂げつつあった名門オケの響きが残されているのです。何となれば、コンサートマスターのミシェル・シュワルベは1957年にカラヤンに請われて第1コンサートマスターに就任しています。そこに、クリュイタンスという別の響きの概念を持った指揮者が存在することで成り立つこの盤の音色は貴重であり、当時も重要なレパートリーであったベートーヴェンに、新たな一面が生まれ出たことは興味深い事実です。

 実際、ここで聴かれる第1番からして響きは新旧の狭間のベルリンフィルの響きを聴くことが出来ます。当時のスタイルは第1、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスという並びで、ティンパニは左側に配置されています。木管は右手、金管は中央よりの配置と聴き取れます。第1楽章のフルートは明らかにニコレの響きでクリアーな研ぎすまされた響きが印象的です。全体の響きとしてはややくすんで聴こえるのは録音会場がグリューネヴァルト教会とグラモフォンと異なるからでしょう。ただ、それだからこそ、クリュイタンスとベルリンフィルという異色のコンビのベートーヴェンが重厚さと典雅澤併せ持った響きとして捉えられたともいえます。


 さて、メインの交響曲第3番です。第1楽章の最初の和音の打ち込みは強烈です。そして、息つく暇も無くそのまま快速のアレグロ・コンブリオで若さが漲っている様な推進力です。もともとこの曲はベートーヴェンがナポレオンに献呈するために書いた作品でもありますが、完成した1804年という年はナポレオンがまだ35歳という年齢です。若々しさがあって当然な年齢でしょう。そういう背景を生かした演奏がこのクリュイタンスと言うことが出来ます。これら近い演奏は当時の録音ではセル/クリーヴランドが近いということが出来ます。しかし、ベルリンフィルとの組み合わせは重心の低さと推進力という点でセルに勝ります。ただ、残念なのはこの時代、提示部をリピートするということは一般的ではなかった時代で、当然ながらクリュイタンスの演奏も省略しています。また、慣習としてトランペットは改訂版で演奏されています。

 第2楽章は、第1楽章との対比という意味では遅めのテンポを採用しています。同時代ではワルターやセルよりも遅いテンポです。そのため、第1楽章との落差は聴感以上に増幅されて聴こえます。ただし、ごりごりの鈍重感は無く、むせび泣く様な慟哭もありません。これはやはりクリュイタンスの特質でしょう。同じベルリンフィルでもフルトヴェングラーとの違いはこういう所に現われている様な気がします。そして、それが同じベルリンフィルの演奏という所がこの演奏の聴き所でしょう。

 第3楽章のスケルツォは、これはまたクリュイタンスの軽快なテンポ感にベルリンフィルがよく反応して、柔軟に対応するベルリンフィルの機動性の良さを再確認します。明快でありながら沸き立つような生き生きとした演奏で、ホルンによる三重奏も非常に巧みで、朗々として響きに聴き惚れてしまいます。

 フィナーレも、全曲の位置付けをきちんと構成した演奏で、それでいて変奏曲の様々な表情を各パートが見事に描き分けていてクリュイタンスの構成力に、ベルリンフィルの柔軟性に脱帽です。ベルリンフィルとしては、フルトヴェングラーの元でそれこそ数え切れないほど演奏し尽くした曲なのでしょうが、このクリュイタンスというフランス・ベルギー系の色彩感あふれる指揮者のもとで、かつて無いほどカラフルな変奏を楽しんでいる様が目に浮かびます。そういう意味では予定調和的な演奏とは一味違う、ベートーヴェンのもつ音楽の懐の広さを体感出来る演奏といってもいいのではないでしょうか。


 このCDにはおまけに『プロメテウスの創造物』序曲が併録されています。まさに大盤振る舞いの一枚といえます。惜しむらくは、序曲集という形での録音が無かったのが残念です。