ショルティの「エロイカ」
曲目/ベートーヴェン
交響曲第1番ハ長調Op.21*
1.. Adagio molto, Allegro con1 8:05
2. Andante cantabile con moto 7:16
3. Minuetto, Allegro molto e vivace 3:30
4. Adagio, Allegro molto e vivace 5:44
交響曲第3番変ホ長調Op.55「英雄」
I. Allegro con brio 17:58
II. Marcia funebre. Adagio assai 15:20
III. Scherzo. Allegro vivace & Trio 5:32
IV. Finale. (Allegro molto - Poco andante - Presto) 11:16
指揮/ゲオルグ·ショルティ
演奏/シカゴ交響楽団
録音/1989/05*
1989/11 コンサートホール、シカゴ
P:マイケル・ハース
E:スタンリー・グッタール
DECCA UCCD5002
バーンスタインやカラヤンに較べ、同時代の指揮者にしては死して評価のぱっとしない指揮者の代表がショルティではないでしょうか。毎年のリリースを見てもショルティのCDは殆ど再発されません。たまに出るのは1950年代のウィーンフィルとの録音が主で、60年代以降の黄金期であるショルティ/シカゴ響とのCDは殆ど再発されていません。特にこのベートーヴェンの交響曲は1970年代と80年代に2度全集を完成しているにも関わらず、70年代のものはレコードとCDでリリースされたにもかかわらず、デジタルでの80年代のものは1990年に限定発売されただけで以後一度も再発されでいません。グラミー賞の最多受賞記録保持者は女性最多受賞のアレサ・フランクリン(16回受賞)、マイケル・ジャクソン(13)でもU2でもビヨンセでもなく、指揮者のゲオルグ・ショルティの31回である、という事実はもっと知られてもいいと思います。今年で没後20年になりますが、この記録は未だに破られていません。ショルティはデッカに膨大なレパートリーを録音していていますが、本家のデッカでも昨今流行のショルティのボックスセットは発売されていません。その代わりといっては何ですが、お隣韓国では「ショルティッシモ」なるタイトルで〜1960年代、1970年代、1980年代、1990年代の4つのボックスセットがリリースされています。総枚数は189+アルファとなりますが、高いので手は出ませんけどね。2017年は没後20年ですが、何か記念企画はあるのでしょうかね?
欧米ではショルティはオペラ指揮者としての地位も確固たるものがあり評価は高いのでしょうが、小生はそれほどオペラ好きではないので、1990年代は殆どショルティは聴いていませんでした。どちらかというと、当時はオリジナル古楽器による演奏に傾注していた方でしたから、この現代オーケストラでデジタル収録された演奏のベートーヴェン交響曲全集もまったく興味がありませんでした。1970年代の全集での重厚で鈍重なスタイルの演奏とそれほど違うとは思えなかったからです。
たまたま中古で見かけ、「エロイカ」が収録されているし組み合わせがよいCDだったので手に入れたものです。何の期待もありませんでしたが、聴いてみてびっくりです。交響曲第1番の出だしから聞き耳を立ててしまいました。先ず、第1印象は録音状態は良いのにびっくりしました。そして、まったく以前の鈍重なイメージがしなかったので更にびっくりです。カラヤンは都合4度の全集を録音していますが、基本的スタイルはどれもあまり変わりません。
しかし、ショルティはエロイカに絞っても、ウィーンフィルとの第1回録音、そして、手兵だったシカゴとのアナログ録音は、どちらも力で押し切るような重厚さを前面に出した、どっしりとしたテンポの演奏でしたが、ここでは、編成も限りなく小さいものにした室内オーケストラに近い編成でのスタイルに切替えられており、テンポも、本来の「アレグロ・コンブリオ」の快活なテンポで颯爽とリズミカルに指揮しています。まったくスタイルが違うのです。ここでは、第3番に絞って取り上げますが、演奏時間の比較では次のようになります。
||オーケストラ/録音||第1楽章||第2楽章||第3楽章||第4楽章||
||ウィーンフィル/1959||19:18||16:28||5:35||12:34||
||シカゴ交響楽団/1973||19:34||17:32||5:53||12:19||
||シカゴ交響楽団/1989||17:58||15:20||5:32||11:16||
ショルティ/ウィーンフィル
ショルティ/シカゴSO 1973
ショルティの場合、ベートーヴェンの楽譜にかなり忠実に演奏していて、リピートもすべての録音で実施しています。また、第1楽章のコーダでのトランペットの扱いも補強していません。ですから純粋に比較する事が出来ますが、シカゴ交響楽団のこの演奏は、大ぶりとか大きなスケールとか大きな起伏とかと全く無縁です。第1楽章の冒頭の和音は気迫がこもっていますが、その後はテンポは速くほぼイン・テンポですっきりとした表現で、まるで室内管弦楽団の演奏を聴いているような感さえしてきます。アンサンブルが秀逸で、ウィーンフィルのように出が揃わないという事は無いので音が澄んでいます。まるで切れ味のいいナイフで切り裂いたようなフレッシュな響きです。こういう響きはさすが手兵のオーケストラでしょう。ショルティの耳は人一倍いいのでしょうか、各楽器のバランスも秀逸でソロも決して出しゃばるという所がありません。まさに楽譜に書かれているバランスで鳴っているように聴こえます。まあ、ひとつも物足りない部分は演奏が即仏過ぎで標題の「エロイカ」から連想する英雄的とかナポレオンに関するエピソードがどうとかいうイメージを全く度外視しているという事でしょう。そういう意味では、古楽器的発想でロマン主義のうねりと無縁の端正な古典音楽を楽しむ事が出来ます。このエロイカでは演奏と録音の良さがかみ合うものが少ないのですが、これは理想のバランスです。デッカの録音陣はいい仕事しています。
第2楽章も前回の録音より1分半ほど速いテンポで演奏されています。それでいて、飛ばしているかというとそういう印象はありません。第1楽章との相対のテンポになっているからです。ソロがうまいので葬送行進曲ですが聴き惚れてしまいます。そして、すべての旋律を均等にならしているので思わぬメロディの発見があります。何処となくバロック音楽的な音階の動きを感じる事が出来、ベートーヴェンのこの作品がバロック時代からの延長上に位置する作品である事を再認識させてくれます。デッカの録音の特徴である重低音のコントラバスの響きは、ここぞという時にちゃんと響いてくれます。
普通の演奏で聴くと、第3、第4楽章はちょっと軽めのバランスになっている演奏が多いのですが、ショルティのスケルツォは意外と迫力があり、ホルンの三重奏はここではしっかり主張のある演奏になっています。巨匠風の演奏だと少し遅めのテンポで刻みにも重量感のある演奏が多いのですが、ショルティは速めのテンポで仕上げています。決してあっさりとした演奏ではないのですが、テンポに切れがあるのであまり重たさを感じさせないようにコントロールしているのはさすがです。
さて、終楽章はいわずと知れた「プロメテウスの創造」というバレエ音楽から転用しているメロディが使われていますが、最初の弦楽部の演奏の入りからして思わずうまい!と膝を叩きたくなります。まさに室内楽的な緻密さで、変装される主題が実にチャーミングに処理されています。そこに飛び跳ねるようなフルートが絡んできて正に要請のバレエが目の前で展開されているような気分にさせてくれます。初出の時のレコ芸の評価は芳しいものではありませんでしたが、今聴くとこの演奏は実に新鮮です。この記事を書くために10回以上聴き込みましたが、聴けば聴くほど味のある演奏です。21世紀ま今聴くと、この演奏がフルオーケストラの一つの方向性を示している演奏になっているような気がします。
この組み合わせのCDは国内盤しか存在しないようです。