メンブランのフルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲全集 | geezenstacの森

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メンブランのフルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲全集

曲目/ベートーヴェン
1.交響曲第1番ハ長調 Op. 21
演奏/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音/1950/07/13 コンセルトヘボウ、アムステルダム
2.交響曲第2番ニ長調 Op. 36
演奏/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/1948/10/03、ロイヤル・アルバート・ホール、ロンドン
3.交響曲第3番変ホ長調Op.55「英雄」
演奏/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/1952/11/26,27 ムジークフェラインザール、ウィーン
4.交響曲第4番変ロ長調Op.60
演奏/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/1952/12/01-03 ムジークフェラインザール、ウィーン
5.交響曲第5番ハ短調作品Op.『運命』
演奏/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/1947/05/27(25) ティタニアパラスト、ベルリン
6.交響曲第6番ヘ長調Op.品68『田園』
演奏/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/1952/11/24,25 ムジークフェラインザール、ウィーン
7.交響曲第7番イ長調Op.92
演奏/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/1950/01/18,19 ムジークフェラインザール、ウィーン
8.交響曲第8番ヘ長調Op.93
演奏/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/1953/04/14  ティタニアパラスト、ベルリン
9.交響曲第9番 ニ短調 「合唱付き」 Op. 125
演奏/バイロイト祝祭管弦楽団、合唱団
録音/1951/06/29  バイロイト

Membran 233110/8-12

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 「フルトヴェングラー・レガシー」107枚組ボックスに含まれるベートーヴェンの交響曲全集です。このセットは2011年にフルトヴェングラーの生誕125周年を記念してドイツのメンブラン・レーベルが発売したものです。好評だったようで、2016年に再リリースされています。その際、BOX1と6が一纏めにされ、新たにBOX1とされるという曲目の入替えがなされていますが、収録曲数はまったく変わっていません。大手メーカーがどこも手を出さなかった事を「メンブラン」がやったのけたのは快挙です。何となれば、フルトヴェングラーの音源はすべて著作権切れになっていますから、どこからリリースされようと問題は無かったわけですが、メジャーレーベルはメンツのためかどこも手を出さなかったという所でしょうか。

 CD時代になってからはぽつぽつとフルトヴェングラーのものも買うようになりましたが、レコード時代はモノラルのものは殆ど手を出さなかったので無縁の存在でした。そんなことで、名演といわれるバイロイト音楽祭での第9やセッション録音の「エロイカ」も持っていませんでした。フルトヴェングラーの代表盤と言われる第3番も、以前はいわゆる「ウラニアのエロイカ」といわれた1944年盤をTirnabout盤で持っていただけでEMI盤は持っていませんでしたし、第8番もストックホルム管とのユニコーン盤を所有していただけです。レコード時代はフルトヴェングラーにはまったく興味が無かったので、この程度しか所有していませんでした。これはレコード時代にはフルトヴェングラーのベートーヴェンの交響曲全集はまともの物が存在しなかったという事も影響していました。何しろ第8番のユニコーン盤が世に出たのが1972年で、第2番にいたっては1979年まで音源探しが行なわれていました。中にはクライバーの演奏がフルトヴェングラーだといわれて発売された事もあり、フィリップスから発売されたゲテものを集めた全集なんか、このまがい物の演奏が堂々と収録されていましたっけ。

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       フルトヴェングラーで所有しているベートーヴェンのLP

 CD時代になってから、本家のEMIを初め様々な音源をかき集めてフルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲全集発売されていますが、多分こういう音源での交響曲全集は初めてでしょう。ただし、確認した限りでは交響曲第5番は記載の1947/05/27のベルリン英国占領区ソ連放送局スタジオでの録音ではなく、ベルリンフィル復帰の最初の演奏会になる5月25日の演奏であろうと思われます。CD時代になって収録時間を簡単にチェック出来るようになりましたが、5月25日の演奏は27日に比べて幾分テンポが遅めで、かつ収録会場の違いでティンパニの響きがまったく違って捕らえられています。25日の方が乾いた音で生々しく聴こえます。何よりも、27日の録音はフルトヴェングラーが靴でこつこつとテンポを取る音が生々しく収録されているのに25日の録音にはそれが無い事からも違いが解ります。それにしても、この演奏運命の動機の引きずるような出だしは特徴的です。後のウィーンフィルとの録音ではこんな表現は取っていませんから、この録音は貴重でしょう。

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 ところで、小生の手元には一冊のムックがあります。1984年に発行されたレコ芸の別冊でフルトヴェングラーの没後30年記念の「フルトヴェングラー/時空を超えた不滅の名指揮者」というタイトルで発売されました。この当時、丁度CDが発売され始めた時期で、東芝EMIからレコードではフルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲全集が発売されていましたが、CDではこのタイミングでは全集は発売されていませんでした。レコードでも難のあった8番と2番が問題だったのです。その後、EMIからは何度も交響曲全集が発売されましたが、極端に演奏会数の少なかったこの2曲は、2番が1948年のロンドンでのウィーンフィルとの録音、8番がストックホルムフィルとの1948年の録音がずっと使われ続けています。そんな中、このメンブランのボックスセットに収録されているのは第2番は1948年のウィーンフィルですが、第8番は1953年のベルリンフィルとの演奏です。第2番は一時、米オリンピックからベルリンフィルとの1929年の録音が発売された事がありますが、後にこの演奏はE.クライバー指揮ブセリュッセル・ナショナル響を指揮したテレフンケン盤だと判明しています。つまりは2番については唯一の録音という事ですね。本来はBBCが放送用に録音したものだそうです。しかし、ほかの曲目には色々なレコーディングが残っています。このCDでチョイスされた第1番のコンセルトヘボウとの録音はこちらも米オリンピック盤の発売が初出ですが、やはり放送用の録音なのでしょう

 この全集に収録されている交響曲第1番は珍しくアムステルダム・コンセルトヘボウを指揮しています。1950年、オランダ音楽祭に招かれた際の演奏を録音したもので、フルトヴェングラーにとって戦後唯一となったコンセルトヘボウとの演奏会録音です。この時期のコンセルトヘボウはメンゲルベルクのオーケストラといわれた程で、フルトヴェングラーとしてはちょっと安全運転をしているような所が伺えます。しかし、その分各々のフレーズをきっちり演奏する事で輪郭のくっきりとした造形美を作り上げているのではないでしょうか。ただ、全体に聴き易い音で収録されている中ではフォルテで音が玉砕しているのは残念な所です。

 第2番にいたってはフルトヴェングラー唯一の音源という事で、この演奏無くしてフルトヴェングラーの交響曲全集は成り立ちません。BBCによる放送録音で、今となっては音の貧弱なのは致し方ないのでしょうが、フルトヴェングラーは第1楽章のリピートこそ行なっていませんが、後はすべて実施しています。そのため、全曲のバランスが後半にかかっていて、テンポの揺れと供にスケールの大きな表現になっています。

 未だにベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」の名盤のトップはフルトヴェングラーのこの録音という事になっていますが、小生に取っては「some of best」です。今の世の中フルオーケストラからビリオド楽器の小編成のオーケストラまで一限りない録音がありますから、それらもひっくるめて最高とは言い難いのが小生のスタンスです。ここで聴かれるフルトヴェングラーのバランス感覚でいうと、第2楽章のトランペットの咆哮は突出しすぎていてバランスが崩れていますし、第4楽章のホルンも少々出しゃばり過ぎです。だ、一つ美点を見いだすとすれば、全体の構成力です。一般にこの曲を演奏する時、力点を前半の2楽章に置き過ぎて、後半の2楽章が付け足し的演奏に終始しているものが多々あります。フルトヴェングラーは後半の2楽章も前半と同じぐらいのエネルギーでオーストラを鳴らしています。ですから、最後まで曲を飽きさせません。こういう所は大した物です。


 交響曲第4番は世間の評価はあまり高い方ではないようですが、個人的には今回聴いた全集の中では最良の部類に入る物です。まあ、ベートーヴェンが若干36歳の時に作曲された作品で、まだまだ若々しいエネルギーを感じる作品ですが、どうも大曲の3番と5番の間に埋もれてしまっています。規模的にも小さい作品で、フルトヴェングラーの演奏は例によって盛大にテンポを揺らすという古いスタイルの演奏ですが、音楽の流れは自然でそういった物を感じさせないスケール感と重厚さがあります。ワルターの第4もお気に入りの一つですが、このフルトヴェングラーも愛聴盤に加わりそうです。

 正直フルトヴェングラーの交響曲第5番を聴いたのはこのセットが初めてです。戦前の運命の動機を長く伸ばすタイプの演奏の原点はここにあったのかと納得した次第です。そして、要所要所ではフルトヴェングラーはテンポを落として大きな溜を作っています。こういう演奏は今は流行らないスタイルですが、今は聴く事は出来ないだけに却って新鮮に聴こえます。そして、一方ではこういうスタイルに反発したカラヤンが、トスカニーニばりの畳み掛けるような演奏でフルトヴェングラーとの違いを明確に打ち出していったその戦略を垣間見る事が出来ます。

 第6番はどうにも評価のしようがない演奏です。ネット上でも評価が二分しているようで、この演奏スタイルを受け入れる人はどうもワルター派とは相容れないようです。何しろ音楽のコンセプトが違いすぎますからね。ワルターの田園が壮年期の田舎訪問であるなら、フルトヴェングラーの田園は老境の田園訪問といった趣の違いがあります。少なくとも、死期が近くなり余生を故郷で過ごそうという心境のようなテンポで第1楽章が始まります。そして、終始このコンセプトで音楽が進んで行きます。この演奏を聴いて、映画「ソイレントグリーン]」を思い出してしまいました。このMenbran盤の全集、EMI音源も多数含まれていて、この田園をはじめ、「英雄」、第4番がセッション録音です。プロデューサーはローレンス・コリングウッド、エンジニアはロバート・ベケットというコンビでなかなか聴き易い音で収録されています。フルトヴェングラーは色々リマスター盤が出ていますが、ここで聴く音質に遜色はありません。Menbranは廉価ながら良い仕事しています。



 第7番は同じセッション録音のようですが、やや音質に問題があります。この50年代初めの録音技術の進歩は長足の物があったのでしょう。一応テープ録音らしいのですが、時代はSPの頃、で、オリジナル録音は、通常のSP録音方式であるラッカー盤(ワックス盤)へのカッティング録音ではなく、SP1面分ずつの短いテープに録音して編集した後、SP原盤が作られたということです。オリジナルは女性の声らしき物が聞き取れるそうですが、このMenbran盤は聞き取れませんでした。演奏スタイルとしては第9のバイロイト録音のように最後のフィナーレのアッチェレランドが凄まじく、まさに崩壊寸前で突進していきます。



 第8番はここではベルリンフィルの演奏が収録されています。フルトヴェングラーはあまりこの曲を得意としていなかったのか、ややリズムが重い傾向があります。でも、音質的にはEMIのストックホルム管よりすぐれているのでこのチョイスはうれしいところです。

 フルトヴェングラーは戦後色々制約を受けた事で思うような演奏活動、録音セッションが持てなかったというハンデがあり、満足なベートーヴェン交響曲全集を残せなかったのは不幸な所ですが、CD時代になってこういう形でリリースされた事はうれしい事です。こういう企画、Menbranでなくては実現出来なかったでしょうなぁ。まあ、小生のように「フルトヴェングラー=神」いうガチガチのマニアでない者に取っては、こういう形で手軽に聴くことができて幸せなことです。