逆行「東海道五十三次」大津~草津 5 | geezenstacの森

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 一里山の一里塚から 少し行ったところに 東海道の立場が置かれ、茶屋等の店が軒を連ねていたそうです。現在は下月輪の池のほとりは、その立場の石碑が置かれているだけで、池は干上がって荒れ地になっています。この池は、池に映る月の姿の美しさからその名が付けられたそうです。道路を渡ると、右手に「月輪寺」があります。ここには、「新田開発発祥の地」の碑があります。大津市はここまでです。

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 少し先の「狼川」には渡しがあったそうです。左手に「弁天池」があり、池中の弁天島は今は渡ることが出来ます。この島には江戸時代の大盗賊、日本左衛門が隠れたという伝説があります。

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 弁天池から400メートル程で、「野路の玉川」に着きます。ここは日本六玉川の一つで、平安時代から歌所として知られていました。今は小公園に整備されています。

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 右手に「新宮神社」の一の鳥居があり、その先の左手には民家の中に「清宗塚」がありました。

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 旧東海道が1号線と交錯する手前に「教善寺」があり、渡ると「野路の一里塚跡」があります。京都三条大橋からは六つ目の一里塚です。

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 この先は、1号線を渡り矢倉に向かいます。「矢倉道標」は、東海道と矢橋街道の分岐点にあり、この地には草津名物の「姥が餅」の店が有ったところです。

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 立木神社を過ぎて、矢倉橋を渡れば草津の宿場になります。

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 旧本陣は休みでしたが、市の観光物産館となっている「脇本陣」は、温かく迎えてくれました。中では、時節がら雛人形が飾ってありました。 

 そしてゴールは、追分道標です。「右東海道いせみち」、「左中仙道美のぢ」と記されています。