九層倍の怨-口入屋用心棒(29) |
発行 双葉社 双葉文庫

川から引き上げられた錠前師八十吉の指無し死体。その下手人を追う定廻り同心樺山富士太郎は、錠前屋の高久屋岡右衛門に目星をつけるが、なかなかその証拠を掴めずにいた。一方、そんな窮状を見かねた湯瀬直之進は、探索の手助けを始めた矢先、かつて掏摸に遭ったところを助けた薬種問屋古笹屋民之助と再会、用心棒仕事を頼まれるが…。人気書き下ろし長編時代小説、シリーズ第二十九弾。---データベース---
形的には前回の「遺言状の願」から引き続いての事件でしたが、今回で目出たく解決します。一応複数の事件が絡み合って進みますが、かつて向島で捕らえた掏摸一味に奥州街道で襲われた直之進の事件も一味の報復の真意を確かめようと行動を開始する事で解決をしていきます。この巻では、以前員弁兜太(いなべ・とうた)に斬られた傷が元で、右手が時々効かなくなる倉田佐之助も久々に活躍し、前巻までにちらっと顔を出していた多聞靱負(たもん・ゆきえ)と対峙することになります。この男、本来は直之進と対決するとばかりに思っていましたが、佐之助が、前巻で掏摸に遭ったところを直之進が助けた薬種問屋古笹屋民之助と出会う事で、この男の用心棒として活躍する事になります。ただ、右手は時に思うように動かなくなりますから、左手だけで対決する事になります。
前巻で未解決だった錠前師八十吉殺害事件は、富士太郎に直之進も加わる事で大きく前進します。特に中盤で、廃神社で敵の罠にかかりながらも果敢に剣を抜いて立ち向かい珠吉や中間の幸吉を守りながら果敢に敵を追い払います。多分ここまで刀を抜いて戦うのは初めてでしょう。オカマかと思われた冨士太郎が劇的に変わった事かこのシリーズの面白さの一つでしょう。ここまで錠前屋の高久屋岡右衛門に肩すかしを喰ってきた冨士太郎ですが、仲間内に密通者がいる事を嗅ぎ取り罠を仕掛けます。珠吉も同じ考えで、賊に襲われたとき腰を痛めた振りをしてひとり探索を続けます。で、一芝居打つとこれが見事に決まり、今度は賊一味を一網打尽で捕らえる事が出来ます。
この巻で、薬種問屋古笹屋民之助を守るため、佐之助は用心棒としての矜持を示します。一方、直之進は二つの事件を掛け持ちながら、最後は掏摸一味を倒していきます。ここでは、靱負との対決を佐之助に任せ、掏摸一味の雑魚や首領の隅三を一手に引き受けます。しかし、左手だけで勝つというのは、佐之助の強さも恐るべしですな。
これにて一件落着かと思うと、最後の数行で直之進の運命がまた動き出したようです。所でタイトルの「九層倍」とは何でしょうね。ヒントは薬種問屋古笹屋民之助です。