ムター/マズアのベートーヴェンヴァイオリン協奏曲 |
曲目/
ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.61 (1806)
1. Allegro Ma Mon Troppo 27:09
2. Larghetto 10:59
3. Rondo 10:16
4. Romance #1 In G, Op. 40 7:15
5. Romance #2 In F, Op. 50 8:23
ヴァィオリン/アンネ=ゾフィー・ムター
指揮/クルト・マズア
演奏/ニューヨーク・フィルハーモニック
録音/2002/05 リンカーン・センター、エイヴリー・フィッシャー・ホール
EP:マルティン・エングシュトローム
P:マルク・ビュッカー、ラインヒルト・シュミット
E:ウルリヒ・フェッテ
P:マルク・ビュッカー、ラインヒルト・シュミット
E:ウルリヒ・フェッテ
DG 4713492

こちらはムターの再録音盤です。カラヤンとの録音から実に四半世紀ほど過ぎた録音になります。で、今のご時世ということでライブ録音です。同じグラモフォンからの発売ですが、カラヤンとのアプローチの違いははっきりと聴き取れます。オーケストラも指揮者も異なっているということからして違うのですが、低音部の音の録り方が違います。グラモフォンも録音スタッフの代が替わって音の傾向が変わってきたのでしょうか。いい意味で重厚さが薄まっています。早い話しが、カラヤン/ベルリンフィルの音はこの低音部が分厚すぎてレコード時代は聴いていて座り心地の悪いものがありました。ライブということもあるのでしょうがちょうど良いバランスです。
マズアは1987年にカール・スズケとこの曲を録音していますがアプローチの方法はほぼ同じと言ってもいいでしょう。ソロをたてるサポートに徹していてオーケストラは出しゃばらず控えめな伴奏になっています。そこの所はカラヤンとはまったく違うアプローチです。自分のテンポで構築する枠の中でソロを扱おうとするカラヤンに対してマズアは協奏曲という性格上、先ずソロありきの姿勢で音楽を作っています。多分ムターはそういう姿勢のマズアに共感してこのベートーヴェンの協奏曲を録音したのではないでしょうか。この録音に先立つこと1997年にブラームスのヴァイオリン協奏曲を録音しており、こちらはグラミー賞にノミネートされていました。
重厚なサウンドではありませんが、充実した響きを作り上げています。ムターのソロはオクターヴの上昇から振幅の大きなヴィヴラートと豊満な響きを撒き散らしています。この2000年代のムターは女性としてまさに一番輝いていた頃ではないでしょうか。ジャケットの写真も10代と違い成熟した女の美しさを感じさせます。まさにこの曲を録音した2002年にはアンドレ・プレヴィンと再婚していて、人生的にも充実していた頃です。そういう幸せの絶頂期の録音ですから実に伸び伸びと自分の音楽を作り上げています。こちらの演奏はそういう意味でムターの弾きたかったテンポで思う存分ヴィヴラートを掛けて、カラヤン時代よりも更に遅いテンポで一音一音濃厚な表情をつけていきます。ここでも2台所有するストラディヴァリ薄のどちら科を使っているのでしょう、美音で完璧な音程を維持しながら、ヴァイオリンという楽器が持つ様々な魅力を楽しませてくれます。マズアとニューヨークフィルはよくムターをサポートしていて、ムターのテンポを尊重しながらもソロに引きずられずに、さりげなくテンポを戻したりして大枠を支えています。
第2楽章は、カラヤンの時ほど遅くはありません。いや、ここはマズアが出だしのテンポを押さえているからかもしれません。ただ、ヴァイオリンが入る直前のホルンの音はちょっとと安っぽい響きで残念です。それでもムターは、ますます自分の世界に没入していきます。ヴァイオリンの発する音色を直に感じながら、旋律線に呼応して様々な音色を使い分けたり起伏をつけて変化させています。若かりし頃は肩当てを使っていませんでしたが、さすが美貌を気にするようになってからは使用していますね。これがカラヤン時代との音色の違いとなって現われているのでしょうか、よく聴くと必ずしも美しい演奏をしようとはしていないようで、かすれたような枯淡の雰囲気をも取り入れて演奏しています。様々に変化する心の内面をベートーヴェンの姿を借りて表現しているのかもしれません。大きく掛けるルバートもここでは多用しています。
第3楽章はうってかわって勢いのある軽やかな弓使いが心地よい音楽を導き出しています。スピード感のあるテンポでこの楽章の旋律に生命を吹き込んでいます。この楽章ではムターの仕掛けるスタッカートやアクセントの変化に呼応するような形でオーケストラも音楽に変化をつけています。オーケストラは常に身構えていて、リズム感を失わない活き活きした反応にはとても好感を覚えます。この演奏でもカデンツァはクライスラーのものを使用しています。最近ではピアノ協奏曲版のカデンツァをヴァイオリン用にアレンジして弾く演奏も多く見られますが、ムターにはクライスラーがにあっていますね。カデンツァではムターの持てる多彩な技が冴え渡り、ちょっとしたフレーズにもハッとさせられる部分があります。多分聴いていて楽しいのはこの第3楽章ではないでしょうか。コーダは白熱したオーケストラとのバトルがあり、聴き終わってスカッとした雰囲気に包まれます。ただ、不思議なことに曲が終わっても聴衆の拍手はまったく収録されていませんし、そもそもオーディエンスの伊豆がまったく感じられません。本当にライブ録音なんでしょうかね?
続いて演奏されているロマンスの2曲では,ムターとしては初めての録音ということですが、安定したテクニックによるオーソドックスな演奏といった印象です。実際の演奏会ではどのようだったのか知りませんが、アンコールピースとして演奏されてもいい肌触りの演奏です。ここでのムターはリラックスした雰囲気で弾きながら,伸びやかなヴィヴラートで息の長い旋律線を描き出しており、言ってみればプレヴィンとのロマンスを楽しんでいるかのような演奏です。そのためテンポはかなり揺れています。ただし、ロマンスの第1番は最後のコーダが編集の後が露骨でまるで音場が違うのが残念です。
ただ、正直なところ、今の若い演奏家がこんな演奏をしたら批評家のバッシングを受けるのも事実で、長いキャリアのあるムターだから許される部分があるといってもいいでしょう。そういう意味では、これはあくまでも2002年のムターのベートーヴェンという位置付けです。