ムード音楽
発行 誠文堂新光社

ムード音楽の格好の手引書/空間にとけ込んだロマンティック・ムードを音楽に置換したのがムード音楽であるとするなら、本書はムード音楽の戸籍簿であり、身上書といえる---データベース---
イージーリスニングファンにとってはまさにバイブルのような本です。1979年に出版されていますが、まったく知らない存在でした。まあ、本のタイトルがそのものズバリの「ムード音楽」ですから売れなかったんでしょうか。これが「イージー・リスニング入門」なんてタイトルだったら売れたんではないでしょうかね。氏の著作を検索すると、「ミュージカル入門 (1983年)」、「スウィング―華麗なる古典ジャズ (1981年)」、「ポピュラー音楽の楽しみ(1981)」、「映画音楽 : ヒット主題歌の変遷(1984)」などがヒットしますが、さすがのAmazonもこの「ムード音楽」はヒットしません。それだけレアということなんでしょう。
しかし、内容は非常にディープです。この本の帯で、作家の森村誠一氏や同業の永田文夫氏が賛辞を寄せていますが、確かにこの主の本では唯一無二の本ではないでしょうか。先に紹介した「ディスク・コレクション イージーリスニング」が霞んでしまうほどの内容です。この本の世界こそがイージーリスニングの世界でしょう。ムード音楽がもてはやされるようになったのは第2次世界大戦中に流行ったダンス音楽がルーツで、既に1940年代末にアメリカで使われていた言葉のようです。
戦後日本に紹介されたムード音楽のレコード第1号は日本コロムビアの1945年12月新譜として発売されたアンドレ・コステラネッツ管弦楽団の「ビギン・ザ・ビギン/目に入った煙(煙が目にしみる)」だそうです。こんな曲です。
たしかに、この演奏はムード音楽です。ムード音楽の定義の中で、ストリングスをともなったスィート・スタイルのダンス音楽のルーツとはしていますが、その後のソロ楽器をフューチャーした演奏もムード音楽の方ゴリーに含めています。即ち、トランペットテナー・サックスにクラリネットなどの楽器です。バンドリーダーがそれらの楽器を得意としていたこともありますが、そういうバリエーションが生まれています。
ただし、時代が1960年代中頃になると更に変化して、アメリアッチスタイルのハーブ・アルパートとティファナブラスが登場した頃から次第に「イージー・リスニング」という言葉が広く使われるようになっていったんだそうです。もっとも、ビルボード誌では1961年からイージー・リスニングのヒットチャートが設けられていたようですけどね。
ところで、氏はこの本の中で「ムード音楽」=「イージーリスニング」ではないと書いています。引用すると次のようになります。
「イージー・リスニング・ミュージック」を「ムード音楽」と同義語だと思っていたら、それは間違いである。「ムード音楽」も「イージー・リスニング・ミュージック」ではあるが、イージー・リスニング・ミュージック」すなわち「ムード音楽」ではない。何だか曖昧な言い方だが、イージー・リスニングはジャズとかロックとかソウルとかいうようにはっきり定義付けが出来ないのだ。
上の「密の味」はアメリカのホットなデキシーランド・ジャズにメキシコの陽気な音楽マリアッチとロックンロールをミックスしたものでこの快適なサウンドこそがイージーリスニングと位置づけています。こうしてこの本を呼んでいると、小生の嗜好はまさにイージー・リスニングにどんぴしゃりと嵌まっており、王道のポール・モーリアをはじめ、バート・バカラックやミシェル・ルグラン、クインシー・ジョーンズさえイージーリスニングですし、さらに1970年代に流行したフィフス・ディメンションやバリー・ホワイト、ヴァン・マッコイなどのディスコサウンドさえもイージーリスニングの範疇です。またコーラスをともなったミッチー・ミラーやレイ・コニフ、ダニエル・センタクルツアンサンブルなどもきっちり紹介されています。
目次はありませんが、最初にムード音楽の変遷が語られ、次にムード音楽のスター達が取り上げられます。これがまた濃い内容で、マニアならその蘊蓄の凄さに惹き込まれてしまいます。イージー・リスニングの歴史の中で突然飛び出してくるギュンター・ノリスとかデビット・ローズとかバディ・デ・フランコなんて名前はその先人達のオーケストラで揉まれて一本立ちしたアーティストであったことがこの本で知ることが出来ました。奥が深いです。そして。ムード音楽の名曲もきっちり紹介されています。まさにイージーリスニングのバイブルです。
最後にそのフィフス・デイメンションの「輝く星座」を聴いてみましょうか。ところで、この曲、ミュージカル「ヘアー」の中の挿入曲と知っている人は、少ないのではないでしょうか。日本のタイトルは「輝く星座」ですが、実際はミュージカルの最初と最後の曲をカバーした「輝く星座」と「レッツ・ザ・サンシャイン」がメドレーで繋がっています。
これだけの内容の本で写真やレコードジャケットも豊富に収録されていて、まさにエンサイクロペディア的内容です。文庫本で再版してくれないものでしょうか。タイトルは換えた方が良いと思いますが・・・