元禄御畳奉行の日記 コミック版 | geezenstacの森

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元禄御畳奉行の日記
 
原作 神坂次郎
作画 横山光輝
発行 中央公論社

 

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 藩主のご生母さまとて好色淫乱、元禄武家社会は欲と醜聞の日々だった…!? 尾張藩士・朝日文左衛門が書き残し、元禄時代の武士の日常生活を知る貴重な史料として名高い「鸚鵡籠中記(おうむろうちゅうき)」。これを小説家・神坂次郎が解説書「元禄御畳奉行の日記 尾張藩士の見た浮世」として広く紹介し、さらにそれを横山光輝が漫画化。なぜか現代語訳の刊行されていない貴重な古典の世界が、巨匠二人の手を経てあざやかに花開く!!---データベース---

 

 上、中、下の三巻で発行された単行本の「元禄御畳奉行の日記」の漫画版です。原作は同じ中央公論社から発行されていた神坂次郎氏の同名の書です。このブログでもその本を取り上げていますが、こうして漫画で描かれる世界はビジュアルに朝日文左衛門が活躍するので、まるでドラマを見ているような感覚になります。主人公の朝日文左衛門重章は宝永元年(1704)にうまれ、享保3年(1718)に45歳で亡くなっています。江戸時代では平均的な寿命ですが、酒毒で亡くなっている点を勘案すれば少々早い病死です。この酒毒、今でいう肝硬変ですが、これと腎虚(セックスのやり過ぎ)これが江戸時代の死因の大きなウェイトを占めていたそうです。天下太平の世ですから、こういうことしかやることが無かったんでしょう。

 

 この本の骨子はも以前も書いていますが、もう一度書くと、

 

この原書の「鸚鵡篭中記」は昭和40年代半ばまで未公開だったそうです。鸚鵡籠中記の公開がはばかられた理由は、尾張藩への批判や醜聞が記載されていたためと考えられるようで、例えば4代藩主徳川吉通の大酒などの愚行を記述し、藩主と追従する重臣を批判しています。またその生母本寿院の好色絶倫な荒淫ぶりをいくつも記載していたり、当時の生類憐愍の令について、尾張藩においてほとんど取り締まりをサボタージュしていた事実も記載されているからです。しかし、期間26年8ヶ月、日数8,863、冊数37、字数200万に及ぶ膨大な日記で、元禄時代の地方武士の日常の記録として非常に貴重な資料であることが分ります。

 

 ということです。現代風にいうなら主人公は風俗ルポライターみたいなことを27年あまり続けたということでしょう。そして、江戸でも京都、大阪の上方でもない尾張名古屋の風俗を記録しているということでも貴重です。作画の横山光輝氏といえば小生の時代では、「鉄人28号」、「エイトマン」、そして「伊賀の影丸」という作品が記憶に残っています。まったく違う分野の作品を同時進行させるという作風に湯治びっくりしたものです。この後横山氏は中国史の「三国志」や「水滸伝」また、戦国時代の武将ものの「織田信長」、「豊臣秀吉」、「徳川家康」なども漫画化しています。その中にこの「元禄御畳奉行の日記」も含まれるのですが、描かれる世界は時代考証もしっかりしていて安心して読むことができます。

 

 この作品、原作から横山氏の目にかなった24のエピソードをピックアップし漫画化されています。18歳で父親に諭され武芸を始めます。どちらかというと熱しやすく冷めやすい体質ですが、槍術、弓道、剣術柔術などを矢継ぎ早に始めます。最初の妻はこの弓道を通して知りあうことになります。飛び抜けた才能は無いにしても、この後漢詩をものにすべく漢学者にも入門を請うていますし、浄瑠璃にものめり込んでいきます。

 

 結婚し、父親から家督を相続しますが、藩主にお目見えしないと出仕は叶いません。これは中々大変なことで、文左衛門も御目見えまで8ヶ月ほど時間が掛かります。武士といえどもサラリーマンなんですな。最初は御城代組御本丸御番からスタートします。出仕といっても仕事は9日に一度、月3回程度です。尾張徳川家は御三家ですから藩士も多く、この程度で良かったんでしょうな。これで給料をもらえるのですからうらやましいものです。

 

 時の将軍は綱吉、そう悪法名高い「生類哀れみの令」が発布されている時代です。先の藩主の徳川光友は鷹狩りの鷹を放逐します。しかし、一般の武士はどこ吹く風、文左衛門は釣りに出掛けご禁制の魚を食べます。まあ、ちょっとハチャメチャなところはありますが、これが当時の一般的な尾張の武士の姿でしょう。心中があれば現場まで駆けつけますし、火事だと聞けば勇んで出掛けます。以前この日記に書かれた火事の発生件数の図を掲出しましたが、それにちょいとプラスしたものを今回も載せてみました。

 

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 この朝日文左衛門、出世をして後に新設された御畳奉行となりますが、どうも女性運はよく無かったようで、前妻は病気の後悋気持ちになり離婚します。暫く独身を楽しみますが、農家の娘なら良かろうと後妻は武家以外の娘を嫁に貰います。ところがこの女も夫の浮気に悋気し争いが絶えません。文左衛門は家に帰るのが嫌になり、友人宅を飲み歩きます。こういうことも酒毒になる原因だったのでしょうな。

 

 兎に角、自身のこともあからさまに書いています。御畳奉行として4度ほど京都大阪に出張しますが、本来の仕事は一日のみで後は接待の飲食や遊興に明け暮れます。出世して屋敷は大きなところに移り、妾も同居させるということもしますが、まあ、これは時代的にはよくあったことなのです。しかし、妻の悋気のためにせっかく妾が妊娠しても降ろさせることになってしまいます。ひょっとして、この妾が生んだのは男の子だったら朝日家は安泰であったのでしょうが、実際は後妻が宿したのも女の子であったため朝日家は御取潰しになってしまいます。

 

 この原書は、あまりにも当時の藩主やその生母の悪態について批判的に書いてある部分が有るため、公開されること無く戦後まで書庫に封印されていた経緯があります。ですが、こうして公開されてみると、文明の程度の差こそあれ元禄時代がいかに現代とそれほど違いなく世の中が移ろっていたかが分ります。歴史は繰り返すんですなぁ。それにしてもリアル時代に起こった赤穂浪士の討入りは、当時はそれほど庶民の中では注目されていなかったことが伺えます。

 

 一武士を通して描かれる26年間の江戸時代は、食べ物から風俗、文化、そして男と女にまつわる事件が多かったかを垣間見ることが出来ます。この漫画版の「元禄御畳奉行の日記」を読んでから神坂次郎氏の本を読めば、より元禄時代を知ることが出来るのではないでしょうか。現在はこの漫画版は秋田文庫で読むことが出来ます。多分そちらの方では修正されていると思いますが、この中央公論社版では原書の「鸚鵡籠中記」が名古屋市の舞鶴図書館に蔵書されていると記載されています。こんな図書館は名古屋市にはありません。鶴舞図書館の誤植です。それに、中央公論社版はカバーイラストが横山氏の手になる物ではなく、岡田嘉夫の作画になっています。残念ながらちょいとイメージが合いません。