
ぼくは、この本を、これまでまったくオペラとつきあった経験のない。しかしオペラのことが気になりかけはじめている友だちのために書く。これは、とっつきにくいと思われているオペラへの、ぼく流の、お誘いというより、口説きである。--データベース---
もう、20年以上も前になりますかね。この本はご近所でバザーがあった時に手に入れたものです。単行本としての出版は1989年ですから、入手とそれほど日は経っていません。しかし、クラシックは好きでもオペラはほとんど聴く機会がないですからね。今の時代ならオペラより、ミュージカルでしょう。まあ、小生もその例に漏れずミュージカル派です。もうひとつ、この本を読む気になれなかったのは著者が黒田恭一氏であったことの影響しています。音楽評論家として当時のレコ芸のレギュラー執筆者でしたが、グラモフォンの提灯記事しか書かなかったので、どうにも信用出来なかったのです。この本でも少なからず推薦盤があげられていますが、そのほとんどがグラモフォン盤で、しかもカラヤンものといった具合です。
たまたま、オペラのレコードで最初に手に入れたのがモーッアルトの「フィガロの結婚」でした。ヘリオドールレーベルで出たフリッチャイ/ベルリン放送交響楽団で、カペッキ、シュターダー、ゼーフリート、F=ディースカウとそうそうたる顔ぶれが並んでいました。廉価盤で、当時3,900円でしたが、ちゃんと大役も着いていました。まさに入門者向けの素晴らしい内容でした。で、この本でもその「フィガロの結婚」の鑑賞の仕方が最初に出て来ます。
「オペラは長ったらしい、外国語は分からない」その通りで、この本にもそれがオペラを疎遠なものと感じる要因と解かれています。しかし、前書きで「史上初のミリオン・セラーはカールソーのSPであった」という事実を紹介していますが、レコードの初期はこのオペラ歌手の歌うアリアが世間では一番聴かれていたんですなぁ。有名なレオンかヴァレロのオペラ「道化師」の「衣装をつけろ」(1902年録音)ですが、オペラって多くの人に愛されていたんですな。もっとも、今みたいにポップスなんてありませんから、これが唯一のレコードの楽しみであったわけです。でも、時々オペラも聴きたくなるときがあります。気分で躁の時なんでしょうね。
で、この本には、有名かつ超名曲のモーツァルトの「フィガロの結婚」を手始めとして、ベルディの「椿姫」、ワーグナーの「ニーベルングの指輪」、ビゼーの「カルメン」、そしてR.シュトラウスの「薔薇の騎士」が取り上げられ、その粗筋が、そうとう細かく説明されます。オペラの対訳を読んでいもあまりピンと来ない小生ですが、この解説は入り組んだ人間関係も説明されていますからなかなか参考になります。
さて、冒頭の「フィガロの結婚」ですが、ボーマルシェの3部作の2番目に当たっていて、筋書き的にはロッシーニの「セヴィリアの理髪師」の続編であることは翌知られています。では第3作は、というと「罪ある母」という作品で、何と伯爵夫人がケルビーノの子どもを生む、という流れになるそうです。で、この作品「La mere coupable (罪ある母)」もオペラ化されていて、ダリウス・ミヨーが1964年に作曲しているのですが、ほとんど知られていませんわな。
次に登場する「ラ・トラヴィアータ」、これを「椿姫」と読んでいるのは日本だけです。言語をそのまま訳すと「道を踏み外した女」となり、何となく話の筋が読めて来ます。「椿姫」では何のこっちゃ分りませんものね。著者はそう言う所から紐解いて、主人公ヴィオレッタ(日本語にすればすみれちゃんでしょうかね。)は「息子の将来のために」という父親の願いを聞き入れて、身を引く女です。無理に作り上げられた悲しき別れは今時流行らない演歌の世界ですが、そのヴィオレッタの生命が尽き果てんとするときにすべてが明かされる真実をベルディは実に巧みに音楽を付けています。
そして、オペラでは言葉と音楽が密接な関係を持っているということを如実に示しているのはワーグナーの「ニーベルングの指輪」でしょうか。彼はライトモチーフなぞを考案して物語の進展に、今誰の音楽が鳴っているのかを分らせる表現を用いています。しかし、レコード時代ショルティ盤にこのライトモチーフ集の別添のレコードがあったにもかかわらず、さっぱり理解出来ませんでした。ても、ここでは黒田氏は「指輪」を第1作から順に聴くのではなく、まずは、「ワルキューレ」から聴き始めることを推奨しています。これはある意味理にかなった方法でしょう。まあ、その辺のノウハウはこの本を興味を持って読んでくれる人に委ねましょう。
さらに、本書は「カルメン」「薔薇の騎士」と続き、「アリアの楽しみ」「序曲・前奏曲はエッセンスである」「オペラの贅沢さを検証する」「ビデオディスクの利点と問題点」とすすみ、最後に「参考書」で締めくくられます。ビデオ・ディスクは、この時代レーザーディスクが主流だったのでそれを取り上げていますが、この辺りはさすが時代を感じます。レーザーディスクなんて過去の遺産ですからね。
巻末には代表的なオペラの、推薦盤の一覧もあります。先に書いたグラモフォン偏重の勧めディスクです。個人的には感心しませんが、作者の人となりは出ているのでしょう。装幀は表紙画も含め、この8月26日に亡くなった俳優の米倉斎加年氏で、中程にも素晴らしい各オペラのイラストが描かれています。合掌