新・古着屋総兵衛 血に非ず | geezenstacの森

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新・古着屋総兵衛 血に非ず

著者 佐伯泰英
発行 新潮社 新潮文庫

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 六代目総兵衛の活躍した元禄・宝永年間から九十余年。享和二年(1802)、九代目総兵衛勝典は、労咳で瀕死の床にあった。嫡子幸之輔を流行病で亡くし、大黒屋内には直系の者はいない。しかし、かつて大黒屋で女中として働いていた女が若き日の勝典と情を交わし、子をなしていたという。その女、お香の性悪な性情を見抜いた勝典の父親、八代目総兵衛はお香と子の仲を裂いて、放逐したのだった。お香の生んだ子勝豊は、十七になっているはず。お香は深川で女郎屋を営んでいた。一番番頭の信一郎が店を訪ねたが……。後継について勝典は謎の言葉をつぶやいた──「血に非ず」。十代目総兵衛は誰が継ぐのか。そして〈影〉は?あの大黒屋総兵衛が帰ってきた。満を持して放つ待望の新シリーズ第一巻。---データベース---

 「この作品が、おそらく私の最後のシリーズになるだろう」 と新刊の帯に書かれていましたが、はたして佐伯泰英氏の最後のシリーズになるのでしょうか。前シリーズの六代目鳶沢総兵衛勝頼は大黒屋中興の祖という事で、初代と供に崇拝されています。前作のラストでは交趾のツロンで生んだ子供、理総が描かれていたので、美雪の子、春太郎と相続争いでも始まるかと思いきや、一気に時代が飛んでいます。そして、九十年後の世界で、柳沢吉保の仕掛けた呪いがじわじわと鳶沢一族を危機に陥れている設定ということで、ちょっと裏をかかれた設定で始まりました。タイトルの「血に非ず」とはこの第二シリーズを通してのテーマとかで、鳶沢一族に新しい血が流入します。

 九代目総兵衛勝典は死の床にあるという状況で物語がスタートします。実は呪われた状況にあるのですが、鳶沢一族はそれに気がついていないという情けない設定です。第六代から第九代までは対して活躍しなかったという証しでしょう。跡継ぎの嫡子幸之輔も亡くしていますから後がありません。さあ、どうするという所で、御典医にして蘭方医の桂川甫周国瑞が登場します。この人「居眠り磐音」シリーズに登場もしている実在の人物です。しかし、打つ手が無いんですね。で、総兵衛勝典は身まかります。総兵衛の死は伏せられますが、その忌の明けるぎりぎりの所で一人の男が登場します。第六代の時交流を持ったグェン・バン・ファンこと今坂理右衛門の血筋を持つ安南王朝の公子のグェン・ヴァン・キです。鎖国状態の日本に簡単に上陸してくるのですから、一体どうなっているの?という状況ですが、そんなの無視無視でどんどんストーリーが進んで行きます。和名は今坂勝臣というのですが、単身で大黒屋に姿を現します。どうやって江戸に上陸したのかという細かい説明はありません。難破して異国に流れ着いた倭人でも、日本に帰国し帰帆するのが大変な時代に高も簡単に入国出来るというのは史実からしてあり得ないのですが、部下も連れずにですから、ちょいと呆れてしまいます。何せ交趾育ちですから日本語をまともに話すとは思われないのにそれも無視無視です。まあ、形見の二つ鳶の羽織と脇差しの来国長を所持しています。この男、理総の孫にあたります。史実でも既に交趾の地では日本人町は消滅しています。

 まあ、それでも鳶沢一族の長老たちは、この今坂勝臣を十代目の惣兵衛として受け入れます。こういうことで、一応はかすかに血のつながりがある人物が鳶沢惣兵衛勝臣となり、その活躍が始まります。ところで、勝臣は一族を八丈島に残しています。そこには巨大船のイマサカ号が停泊しています。大黒丸が小さく見えてしまう巨大船です。この船を修理のために相州浦郷村深浦湾へ曳航します。ところで、この地は、享和元年(1801)幕府から、相模・伊豆・房総から陸奥までの海岸線測量を伊能忠敬が命ぜられたところでもあります。忠敬以下六名で、4月2日(洋暦5月14日)出発。4月10日(5月22日)相模浦郷村から測量を始め、20日(6月1日)には小坪村に達しています。この間夜の宿泊は、10日浦郷、11日横須賀、12日走水、13日西浦賀、14日上宮田、15日三崎、16日下宮田、17日~19日佐島、20日小坪という行程です。そんな事で、史実的には秘密の船泊まりではない訳です。しかし、ここで今坂一族150名以上が隠れ住む事になります。そういう諸々の下準備がこの巻の目的でしょう。ここで、琉球の高地一族、今坂一族、そして鳶沢一族の三つの血が一つになります。

 さて、六代目の四十九日の忌明けと十代目の襲名が鳶沢町の大黒屋で賑々しく披露されます。ここに及んで、久しく途絶えていた「影様」からの呼び出しが掛かります。いかにもこのタイミングを狙っていたかのような事態です。しかし、この呼び出しは総兵衛の出自を問いただす詰問でしかありませんでした。新たな「影様」との戦いの火ぶたが切られたという事でしょう。そして、この呼び出しの帰り道で御庭番衆が取り囲みます。まあ、交響曲のモノたちは惣兵衛の手を煩わさなくても一番番頭の信一郎が蹴散らしてしまいます。この新たな「影様」は、老中牧野備前守忠精だと言う事が直ぐに知れます。こういう所が前作とちょいと違う所でしょうか。そして、この男男色の気があります。中々面白い設定です。この漢ではお披露目という事もあって主要人物がほぼ網羅されています。以下の人物が登場して、ストーリーを盛り上げています。

鳶沢総兵衛勝頼 六代目大黒屋総兵衛。大商人にして老中上座柳沢吉保と死闘を繰り広げた武人。
鳶沢総兵衛勝典 九代目大黒屋総兵衛。労咳で死の床にある。
幸之輔 総兵衛勝典と由紀乃との嫡男。十一歳のとき流行り病で亡くなる。
由紀乃 総兵衛勝典の妻。幸之輔の死に気鬱を患い、実家に戻っている。
光蔵 大黒屋大番頭。鳶沢一族三長老の一人。
信一郎 大黒屋一番番頭。祖父信之助より祖伝夢想流を仕込まれる。琉球武術の達人。
参次郎 大黒屋二番番頭。
雄三郎 大黒屋三番番頭。大男。
重吉 大黒屋四番番頭。
おりん 大黒屋の奥向きを仕切る美貌と賢明さを兼ね備えた女性。
市蔵 大黒屋見習番頭。
田之助 大黒屋手代。異名「早走り」。江戸と駿府鳶沢村の間を四昼夜で往来できる。
華吉 大黒屋手代。含み針を使う。
九輔 大黒屋手代。通称「猫の九輔」。
大五郎 大黒屋荷運び頭。通称「強力の大五郎」。
天松 大黒屋小僧。背が高く、通称「ひょろ松」。畳針に似たものを武器にしている。
銀次 大黒屋小僧。雄三郎とともに軽業で敵を倒す。
安左衛門 鳶沢一族三長老。駿府鳶沢村を拠点にする分家の長老。
仲蔵 鳶沢一族三長老。大黒屋琉球支店の総支配人。信一郎の実父。
桂川甫周国瑞 医家の家系の四代目で将軍家の奥医師にして蘭医。大黒屋総兵衛勝典の主治医。
お香 元大黒屋女中。岡場所「角一楼」の女将。
勝豊 総兵衛勝典とお香との子。
安房屋宣蔵 深川横川で、やくざ渡世と口入稼業の二足の草鞋を履く男。お香の愛人。
今坂理右衛門 グェン・ヴァン・ファン。安南政庁の総兵使。ソヒの祖父。
ソヒ  今坂理右衛門の孫娘。勝臣の曾祖母。
今坂勝臣 グェン・ヴァン・キ。安南王朝の公子。第十代鳶沢総兵衛勝臣を名乗ります。
幸地達高 第三大黒丸の副船頭兼舵方。琉球から仲蔵に同道し江戸に入る。
壱蔵 深浦の船隠しの浜の長。
本庄義親 大目付職の首席、道中奉行を兼帯。本庄家は代々大黒屋とは親交が深い。
小田切直年 北町奉行。
坂部広吉 南町奉行。
本郷丹後守康秀 七千石取りの直参旗本。将軍家斉の信任厚い御側衆。
鶴間元兵衛 本郷丹後守康秀の用人。
牧野備前守忠精 越後長岡藩の九代目藩主。京都所司代から老中となる。
ちゅう吉 湯島天神の床下に、鼠と住んでいる浮浪児。普段はかげまを見張る仕事を請け負う。
中村歌児 中村座の舞台子。十五歳。売れっ子のかげまとして芳町の子供屋に抱えられている。

 柳沢吉保の百年の祟りは、今だ解けていません。それは次巻で取り上げる事になるのでしょう。