必殺闇同心―隠密狩り | geezenstacの森

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必殺闇同心―隠密狩り

著者 黒崎 裕一郎
発行 祥伝社 祥伝社文庫

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 妻を救った恩人は敵の凄腕殺し屋か!?南町同心・仙波直次郎、怒りの心抜流居合。江戸中に阿片がはびこっていた。突発的な刃傷沙汰(にんじょうざた)が頻発し始めたのだ。 闇の殺し人というもう一つの貌を持つ南町同心仙派直次郎(せんばなおじろう)は、仲間の万蔵とともに密売元を探り始めた。その矢先、売人が殺され、それを探っていたお庭番も斬殺された。公儀隠密まで動いている事実に、直次郎はより大きな悪の存在を察知する。阿片を巡る闇を、直次郎の心抜(しんぬき)流居合が両断する!---データベース---

 時代小説がブームという事で、文庫書き下ろしのシリーズの一編です。2004年に発売された物で、シリーズ第4作という事ですが、とりあえずこの巻から読み始める事にしました。かつては時代小説と言えば司馬遼太郎、池波正太郎、藤沢周平が御三家でしたが、最近は佐伯泰英を筆頭に、新しい作家がどんどん登場しています。中でも小生も愛読している佐伯泰英氏は、「古着屋総兵衛」シリーズを始め、「鎌倉河岸捕り物控」シリーズ、「吉原裏同心」シリーズ、「居眠り磐根 江戸双紙」密命シリーズ等々を超人的なパワーで書き続けています。月に数冊という執筆ペースには、そのエネルギーたるや恐るべきものがあります。氏の凄い所は、それぞれのシリーズが時代設定でダブらないという所です。一方、上田秀人氏は奥祐筆とか勘定吟味役など、他の作家が余り目をつけないお役目の主人公で波乱万丈の物語を書き続け、これまた高い支持を受けているようです。そういう流れの中にあるのがこの黒崎裕一郎氏の「必殺闇同心」シリーズでしょう。

 黒崎裕一郎というのはペンネームで、本名は中村勝行です。そう、この名前ならテレビで目にした人も多いのではないでしょうか。「必殺仕業人」とか、「新・必殺仕置人」なんかの脚本を書いていた人です。そして、時代小説を書く時のペンネームが黒崎裕一郎というわけです。現在までに以下の6作が発表されています。しかし、最近新作が途切れているのが気にかかる所です。

1. 必殺闇同心(2001.8)
2. 人身御供(2002.9)
3. 夜盗斬り(2003.9)
4. 隠密狩り(2004.1)
5. 四匹の殺し屋(2005.4)
6. 娘供養(2006.3)

 このシリーズ、単独で読んでもまったく違和感がありません。仙波直次郎は南町奉行所の同心ですが、閑職である「両御組姓名掛同心」です。こんな役職があるとは知れませんでしたが、あったんですなぁ。事務方で、南北奉行所の与力同心の名簿編纂と新任・退職等の人事の姓名帳を記入する役で、定員は一人という閑職です。それまではバリバリの定町廻り同心だったんですが、鳥居耀蔵が奉行職に就任と供に左遷された口です。まあ、こういう設定ですから定時に役所を出る事が出来るという事で闇稼業にはもってこいという訳です。同じような設定で、北町奉行の「両御組姓名掛」の蔵馬源之助の活躍を描いた早見俊氏の「居眠り同心影御用」シリーズというのもあります。

 まあ、ストーリー的にはテレビドラマと同じようなものです。中村主水が仙波直次郎ですわな。ただ、設定が異なるのは姑がいないという事と、妻女が病弱という事でしょう。時は天保十四年(1943)です。ひょんな事で、妻女が市中で倒れた時に、奥州は棚倉藩の脱藩者の西崎兵庫に助けられます。この西崎と室田庄九郎、高杉平馬の三人は藩の密命を受けて江戸家老の菱川監物の悪事を暴くために江戸にのぼって来ています。その頃江戸市中には、阿片が蔓延していてあちこちでそれ絡みの事件が発生しています。仙波直次郎は古着屋の万蔵を使って、阿片の出所を調べさせます。やがて、一人の売人に辿り着きます。ところが、この男を尾行する行商人風の男がいるのに出くわします。万蔵は、その男を追跡しますがいたって目立たない小間物の行商人でした。

 さて、辿り着いた売人の塒に仙波直次郎が踏み込むと、この男は既に何者かに殺されていました。この序盤の展開は中々です。南町の例繰方から色々情報を仕入れ、阿片組織の元締めが奥州棚倉藩の江戸家老である事を突き止めていきます。一方、西崎兵庫らは棚倉藩の悪事が公儀に知られると御家の大事という事で、動き回る隠密を始末します。なんと、この男が小間物屋の行商人でした。阿片のルートから動いていたようです。しかし、西崎は現場に印籠を落としてしまいます。これが、西崎の持ち物だという事を仙波直次郎は知ってしまいます。

 そして、仙波直次郎は西崎に会い、腹を割って話す事にします。すると、棚倉藩は密貿易で東南アジアから阿片を密輸し、息のかかった出入りの商人を通じて、密売人に売りさばいている事を知ります。しかし、西崎ら三人は国元の藩命で動いていて、江戸家老の菱川監物の配下の徒目付頭、大庭典膳の目に止まりことごとく斬り殺されてしまいます。テレビドラマなら一人は助かるぐらいの脚色がされるのでしょうが、小説の世界は非情です。

 ここでは、奉行の鳥居耀蔵は悪者扱いで、江戸の町には阿片がはびこり、中毒者による殺人事件なども起こりますが、肝心の町方はぜいたく品の取り締まりにかまけて、阿片の探索は放置したままという状況です。実際この鳥居耀蔵は蛮社の獄で渡辺崋山や高野長英ら洋学者を弾圧する指揮を執っています。同時期の北町奉行、遠山景元(遠山の金さん)とは好対照です。

 こういう状況ですから、ストーリーはここにいたって闇の仕置人たちが動き出します。まあ、その前に万蔵と仙波の二人で阿片を積んだ密輸船を焼き払う活躍をします。ここでは、仙波直次郎が闇同心としての主人公ですからね。エンディングに向けては、元締めの弥五左衛門(実は実在の寺門静軒)が登場し、仕事師に招集が掛かります。登場人物は・・・まあ、この先は読んでもらった方が良いでしょう。テレビドラマのようにここがクライマックスとはいかないのが小説で、やや盛り上がりには欠けますが、しっかり仕事はしてのけます。

 この必殺闇同心シリーズは、神江里見氏により2009年コミック化されていて漫画でも読む事が出来るようです。