ブリテンの音楽
曲目/ブリテン
シンフォニア・ダ・レクイエム, Op. 20
1. Lachrymosa 9:20
2. Dies Irae 4:51
3. Requiem Aeternam 7:26
4つの海の間奏曲, Op. 33A
4. Dawn 3:44
5. Sunday Morning 3:44
6. Moonlight 4:36
7.Passacaglia 7:57
8. Storm 4:24
9. 青少年のための管弦楽入門 17:16
指揮/リヴォル・ペシェク
演奏/ロイヤル・リヴァプール管弦楽団
演奏/ロイヤル・リヴァプール管弦楽団
録音/1989/01/11-12 フィルハーモニー・ホール、リヴァプール
P:ジョン・ウェスト
E:マイク・クレメンツ
E:マイク・クレメンツ
EMI 5099997816027-1

今年はブリテンの生誕100年という事で、イギリス音楽界はお祝いムードだったようです。そんな中でDECCAは様々な音源を駆使して65枚組のボックスセットを発売して話題を攫いましたが、EMIもこっそりとブリテンのボックスセットを発売していました。2008年に37枚組からなるセットで、そこその代表作は収録されていましたが如何せんちょっと中途半端なボックスセットでした。そのために、生誕100年の今年は、管弦楽曲集だけをコンパクトに纏めたセットを発売した訳です。それがこのCDが含まれるセットで、EMIは質素に主要作品を8枚組のボックスに仕立てていました。大御所指揮者のアナログ時代の演奏はカットしてデジタル録音を中心にコンピュレーションされています。その冒頭を飾るのがペシェク/リヴァプールのこの一枚という事になります。もともとは、ヴァージンが独立していた頃に録音されたもので日本盤は1991年にVJCC-23072として発売されています。

日本でペシェクというとCD初期にテイチクからゲルミダスというレーベルからの供給で名曲集なんぞがやたら発売されていましたがあまり話題にはなりませんでした。しかし、イギリスでは結構人気のあった指揮者で、後にヴァージンへはドヴォルザークの交響曲全集なんかも録音しています。
さて、1曲目には「シンフォニア・ダ・レクイエム, Op. 20 」が収録されています。この曲、日本政府から「紀元2600年」を記して作曲の委嘱をうけたもので、レクィエムと交響曲とを結合させた独創的な作品となっているのですが、祝典に鎮厳歌とは何事かと、宗教的な理由や皇室に対する非難を含むものと見なされたために、日本政府より却下された作品です。で、結局お蔵入りになった作品ですが、何と日本初演はそのブリテンが来日して1956年にNHK交響楽団を自ら指揮して演奏しています。歴史とは皮肉なもので、軍事大国として戦争にまっしぐらに突っ込んでいった日本は、奇しくもブリテンの予感が当たったような末路になってしまいました。この事実だけではブリテンは日本の軍国主義に反旗を翻したと思われがちですが、実際には当時ブリテンは相次いで両親を失っており、その心の傷がいえないうちに委嘱を受けたことがこのような作品につながったとされています。初演のスコアには両親の死を悼んでとあったそうなので、むしろ反戦主義者であるからこそ、自由な音楽を望んだ結果、委嘱者と温度差が生じてしまったというところが真相のようです。
ブリテンの自作自演があるので、何かとそれと比較されてしまいますが、EMI翼下とはいえヴァージンとして録音されたものでEMIとは一線を画す録音でなかなかバランスのいい録音になっています。金管の音の広がりがスペース感があり、3楽章の交響曲として聴くレクィエムとして解釈すればいいのではないでしょう。いきなりティンパニが鳴り響き、この世の終わりかと見まごうような旋律です。構成的にはタイトルにシンフォニアとあるようにこれは古えのイタリア風の3楽章のシンフォニアの形式を取っている事でしょうか。緩~急~緩という構成で意外と厳粛な構成を取っています。
ペシェクは押さえた演出で、作品の背景を見事にアナリーゼした演奏に徹しています。その第1楽章です。
2曲目は歌劇「ピーター・グライムズ」からの管弦楽作品で「4つの海の間奏曲」という作品であり、ブリテンの傑作オペラから抜粋された間奏曲集です。ここでは、第1曲「夜明け」(Dawn)は第1幕第1場への間奏曲、第2曲「日曜の朝」(Sunday Morning)は第2幕第1場への間奏曲、第3曲「月光」(Moonlight)は第3幕第1場への間奏曲、第4曲「嵐」(Storm)は第1幕第2場への間奏曲の他に、パッサカリアが収録されています。もともとパッサカリアは別の独立した作品として書かれたものですが、ここでは間奏曲と一体化させて演奏されています。この構成がこのペシェクの演奏の特色となっています。
第1曲「夜明け」は、弦楽器の高音やアルペジオが海を、そして低音から徐々に姿を現す金管楽器の和音が太陽を表現していると考えて間違いないでしょう。ここではドビュッシーの交響詩「海」のような繊細な絵画性が見られます。ところで、スケルツォ楽章のような第2曲「日曜の朝」はブリテンの絶妙なリズムとオーケストレーションが楽しめます。ホルンの和音とスタッカートの木管楽器に、鐘の音と金管のコラールで始まります。ヨーロッパでは教会に村人たちが集うのが日曜の朝です。太陽の光が海面に反射しキラキラと光っています。ここの曲初めて聴いたのは多分フジテレビ系で放送されていた「日本フィルコンサート」のテーマ曲としてでと思います。日曜の朝に放送していたので、この曲が使われていたのでしょう。そんなことで、このメロディは何故か耳にこびりついていました。こんな曲です。60歳台以上の人には懐かしいのではないでしょうか。
第3曲「月光」は緩徐楽章の役割で、オペラでは登場人物の死を受けて次の幕へ進む間の間奏曲となっており、続くシーンを効果的に予期させるような、ブリテンのドラマ的才能も窺い知れる佳曲です。このCDでは第3曲と4曲の間に「パッサカリア」が挿入されています。この形式も、主に17世紀から18世紀にかけて用いられた音楽形式の一つ。パッサカリアは17世紀初期にはギターで和音を奏するリトルネッロ(歌の前奏・間奏などの器楽演奏部分)を意味していたそうで、ここでも歌劇の間の間奏音楽になっています。第4曲「嵐」でも、冒頭から大活躍するティンパニの連打が格好良い曲です。現代音楽ながら古典の様式を駆使して作曲したブリテンの音楽は聴き方によっては分かりやすい音楽です。そう言う意味でも、ブリテンを全く知らない人が彼の作風を知るのにちょうど適していると言えるのではないでしょうか。
最後はブリテンの代表作といえば、これだといわれる「青少年のための管弦楽入門」です。中学の音楽の教科書にも収録されているほどで、小生もそれで初めて聴いた口です。もちろんレコード時代は作曲者自身の指揮によるロンドン交響楽団の演奏で聴きました。これ以上の演奏は無いのでしょうが、ペシェクは果敢にも正攻法で攻めています。子供のためにはナレーション入りの音源も少なく無いのですが、ここでは、別名の「パーセルの主題と変奏によるフーガ」という観点で演奏しています。この曲の演奏は各セクションがソロを撮りますからオーケストラの力量がストレートに演奏に現れます。イギリスの地方オーケストラの中でも、ラトルの率いたバーミンガムとリヴァプールは互角の実力を持っていたといってもいい熱演です。ペシェクは1987年から1998年までの10年間このロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督の地位にあり、その後は桂冠指揮者の称号を授与されています。ちなみにラトルは1990年から1998年が音楽監督としての地位で1980年から1989年は主席指揮者でした。ですから殆ど同時期に活動していたと見ていいでしょう。処が日本ではラトルばかりが目立っていました。ラトルもバーミンガムとこの曲を録音していますが、EMI系のブリテンのセットにはこのペシェクの演奏が採用されています。実力ではペシェクの方が上だったのでしょうかね。
ところでこの曲は、このロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団が初演をしています。指揮はマルコム・サージェントで、1946年10月15日の事でした。そんなこともあり、ここでのオーケストラも活き活きとこの曲に取り組んでいます。ペシェクはチェコの指揮者ですが、英国が第2の故郷というようにイギリス音楽にも造詣が深いようです。ここでも、オーケストラを自在にドライブしてなかなか歯切れの良い音楽を作り上げています。オーケストラにとっても十八番の曲でしょうから、お互いが楽しみながら演奏している様が目の前に浮かびます。ブリテン自身の演奏もキビキビとした指揮ぶりで冗長なフレーズが無かったのですが、ペシェクもスマートさとシャープさを併せ持ったような指揮ぶりで好感が持てます。