外套と短剣 | geezenstacの森

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外套と短剣

著者 三好徹
発行 廣済堂出版 廣済堂文庫

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 東都貿易・台湾駐在員の鹿島が北投で変死した。わたしは真相を探るべく、部長の命を受け、急遽、台北に飛んだ。彼のマンションの豪華すぎる調度や、事務所に残された使途不明の裏金・六万香港ドルがわたしを困惑させた。さらに、わたしは鹿島が解雇した黄明竹を訪ねたが、そのとき、何者かに尾行されていることに気付いた・・・。わたしは何かの罠にはまったのだろうか?等橋ー台湾ー香港の三点ルートを結ぶ極秘情報を操作する闇の人物は誰なのか⁉極東の国際情勢を背景にした衝撃の問題スパイ小説‼ ---データベース---

 三好徹氏の小説を読むのは初めてです。ほんの気まぐれで手に取った小説で、気楽に読める推理小説を考えていました。表紙カバーに「ミステリー&ハードノベルス」とあったからです。しかし、タイトルに意外な伏線が仕込まれていたとは読んでから知りました。「外套と短剣(Cloak and dagger)」とは、元々スパイ・ミステリー・暗殺といった要素を内包するシチュエーションを言及する言葉なんだそうです。

 主人公兼松は、変死した台湾駐在員の後任として真相を探るべく着任します。時代は1972年年初です。この時の最大のニュースは中国とアメリカの和解で、キッシンジャー補佐官が事前に中国に入り時の権力者周恩来と会談して地ならしをし、ニクソン大統領の訪中が実現していきます。このとき、日本政府は事前に知らされていなくておろおろするだけであったのです。こういう時代背景のもとこの小説は進んで行きます。

 最初はありきたりの企業小説でそれに絡んだ殺人事件だと思っていたのですが、そうでは無かったんですねぇ。最初の各山車で当時のドょ右京が分ります。台湾は言論統制をしていて、日本の新聞を持ち込むことすら禁止されていたようです。日本と台湾はそういう関係にあったのです。それでも、企業戦士は外地に赴いていたんですな。ところてで、殺された鹿島という男の遺体確認が出来ません。既に荼毘に付されていて、現地の台湾人社員がそれを確認しただけです。こういうところにも何か裏がありそうなところで、台湾独立運動もその背後にあり、一人の社員が事件の前に会社を首になっています。

 こういう事件では当然のように女が絡んできます。ここではその首になった社員の妹との「白蘭」が登場します。正体はコールガールで台北の近くの北投で働いています。彼女は後に香港で殺されることになりますが、その影に一人の男が浮上します。台湾の事務所の金庫には使途不明金が隠されています。かなりの大金で、その謎を解こうと動き回ると事務所で暴漢に襲われ、金を奪われてしまいます。その金の存在を知っているものは僅かしかいので、兼松は鹿島が生きているのではと疑問を抱き始めます。

 そんな時、本社から至急香港に行けと電報が入ります。当時の状況は電話しても交換台経由で直ぐ繋がらなくて、電報が一番早かったのです。時代を感じさせます。なんと、兼松の妻が香港で死亡したとの知らせだったのです。パスポートは確かに妻のものでした。しかし、死体を確認するとそれは白蘭でした。まあ、こういう展開で彼の妻が一枚噛んでいるというのは分りそうなものですが、他のことには素晴らしい判断をする主人公もちょっと抜けています。ストーリーの展開上、鹿島と彼女はちゃんと面識がありますから、読んでいればそういう関係なのだとピンと来るのですが、作者はすっとぼけ続けます。

 この第2の殺人事件で、兼松は香港警察から執拗な追求を受けます。そこで見せられた写真に鹿島が写っていてようやく、彼の生存を確認します。そんなこともあり、鹿島は不審な人物から見張られていることに気がつきます。そうこうするうちに鹿島からマカオのホテルで合おうと連絡が来ます。マカオというと香港から離れているようなイメージがありますが、実際は香港のちょっと南でフェリーで1時間ちょっとの距離です。カジノがあることで有名です。主人公も行きがかり上カジノで遊び、勝って気分が良くなったところで女がまとわりついて来ます。この女いかにも臭いのですが、その術中に嵌まり捉えられてしまいます。

 こんなことで彼は中国本土に潜入することになります。なぜそうなるかというと、他にも事件の背後関係があり、先きの時代情勢をふまえて林彪の名前なども登場し、スパイが暗躍している姿が浮き彫りになります。鹿島もそういうスパイの一人で林彪の側近の王徳に関係した反政府勢力を担っていたようなのです。その組織に利用されて、兼松は中国本土に送り込まれたことになります。まあ、この辺りのことはこの小説を読んでもらった方が良いでしょう。身の危険を感じ、兼松はバスから飛び降り脱出を計ります。その後は派手な銃撃戦が起こりバードな展開となります。まあ、最終的にはこの小説に登場する人物のほとんどがどちらかの陣営に付いたスパイといってもいいでしょう。書きませんでしたが、香港所長の峰尾という人物も最後は重要な役割を果たしています。

 まあ、一つ難点は貿易会社の一介の社員で、本社と連絡輪とりながら動き回り最初は適切な指示を出す本社が、途中から歯切れの悪い態度を取り始め最終的に全く関知しない形で推移してしまうところにこの小説の甘さをちょっと感じました。香港を舞台にした事件では、米国家安全保障局(NSA)が極秘に大量の個人情報を収集していたことを、米中央情報局(CIA)元職員のエドワード・スノーデン氏が告発した最近の「スノーデン事件」もありますから、中々ホットなタイミングの出会いだったといえます。そういう点で、1970年代の国際状況を加味して、この小説を読むと中々面白いものがあります。