ゼルキンの皇帝と合唱幻想曲
曲目/ベートーヴェン
ピアノ協奏曲第5番変ホ長調Op.73
1.第1楽章 Allegro 19:33
2.第2楽章 Adagio un poco mosso 8:46
3.第3楽章 ロンド Allegro 9:59
4.合唱幻想曲 ハ短調 Op.80 18:24
5.合唱幻想曲 ハ短調 Op.80(1981年ライブ)* 19:56
ピアノ/ルドルフ・ゼルキン
指揮/レナード・バーンスタイン、ピーター・ゼルキン**
演奏/ニューヨーク・フィルハーモニック
ナン・ノル(S)**
ビバリー・モーガン、シャーリー・クローズ(Ms)**
ジーン・タッカー(T)**
サンフォード・シルヴァン、デヴィッド・エヴィッツ(Br)**
指揮/レナード・バーンスタイン、ピーター・ゼルキン**
演奏/ニューヨーク・フィルハーモニック
ウェストミンスター合唱団*
マールボロ音楽祭管弦楽団、合唱団**ナン・ノル(S)**
ビバリー・モーガン、シャーリー・クローズ(Ms)**
ジーン・タッカー(T)**
サンフォード・シルヴァン、デヴィッド・エヴィッツ(Br)**
録音/1962/05/01 マンハッタンセンター、ニューヨーク
1981/08/09 マールボロ
1981/08/09 マールボロ
P:ジョン・マックルーア
CBS 8869793282-07
CBS 8869793282-07

これは、ソニーからボックスで発売された11枚組の中の一枚です。ゼルキンはCBS時代にベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を録音しています。面白いことに、ゼルキンはこの時、第1、2、4番はオーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団で、第3、5番はバーンスタイン指揮ニューヨークフィルと録音しています。これが当時のコロンビアの方針だったのか、マスターワークスはグールドといいゼルキンといいコンセプトの無い録音を繰り返しています。その点、フライシャーはセル/クリーヴランドできっちりとまとめていますから後に全集として何度も再発されています。そういう点で、この60年代のゼルキンのベートーヴェンのピアノ協奏曲全集は損をしています。まあ、そのためテラークに入れた小沢との全集の方が脚光を浴びることになったわけですから皮肉なものです。まあ、そういう小生も今まではテラーク盤で揃えた口なのでCBS盤とは縁がありませんでした。
しかし、今回こうしてじっくり聴いてみると、なかなかいい演奏ではありませんか。なによりもコンサートの続きのような演奏で、第1楽章からオーケストラと対決するような火花の散る演奏になっています。ゼルキンのピアノのタッチは強靭で、最初のフォルテでも音の濁らない明確な打鍵で聴き手を引き込んでいきます。本当に、この日のセッションはコンサートでも演奏された「合唱幻想曲」も同時収録されており、そういう意味ではあまり編集されていない音が収録されているようです。ただ、ステレオでの収録は左右の広がりはあるけれどもやや中抜けの音で、ややバランス的に同時代の録音の中では聴き劣りがするのが惜しまれます。RCAはマスターは3Ch収録していたけれども、CBSはそんなことはしていなかったんだろうなぁ。
バーンスタインは、自身もベートーヴェンのピアノ協奏曲を弾き振りで録音しているものもあるけれど、ここではサポートに専念しています。そのため、ピアニストの気持ちで盤石なサポートをしているのが聴いて取れます。第1楽章はやや速めのテンポで主題を提示していきます。ゼルキンの指回りは完璧で、本当に良く動く上に粒が揃っています。それにしても、ゼルキンがこれほどうなり声を発しているとはびっくりしました。興に乗ってくると、まるでグールドばりです(^▽^コンサートをこなした後の録音ということでか、テンポの揺れにも柔軟に対応しているのがわかります。力強い「皇帝」ですが、柔らかなフレージングには対応していない点が、やはりバーンスタインのサポートであることを証明してしまっている部分もあります。そういう点が、ちょっと厚ぐるしく感じられ、当時評判の高かったバックハウス/イッセルシュテット/ウィーンとの評価の分かれ目だったのかもしれません。
第2楽章のアダージョは完全にゼルキンのアダージョになっています。ここでは、バーンスタインは伴奏に徹していて寄り添うような穏やかな表情付けです。そんな中で、やけにクラリネットだけが突出したバランスで吹かせています。このバランスはやや違和感があります。
第3楽章は急き立てるようなテンポと左手の豪快な響きに圧倒されて始まります。ゼルキンのピアノの何とも素晴らしいこと。こういう演奏を聴かされるとまさに、この曲が「皇帝」という名で呼ばれるにふさわしい曲想を持っていることが理解できます。決して第1楽章だけの印象ではないんですなぁ。そして、最後までゼルキンのうなり声が堂々と収録されていて、これは実演を聴いた人にはたまらん演奏でしょう。そういうところはバーンスタインも肌で感じていてすばらしい熱演でサポートしています。
このCDには2種類の「合唱幻想曲」が収録されています。1つは、「皇帝」と同じ日に録音されたセッションの、もう一つはライブで1981年のマールボロ音楽祭で収録されたものです。当初、このライブの演奏は全集発売予告では告知されていなかったものです。まさにボーナストラックというやつですな。単独では2001年にゼルキンの没後10周年を記念して発売されたCDに収録されていました。
さて、セッションの方は「皇帝」の延長のテンションで、コンサートさながらの緊張感と乗りで一気に演奏されている気がします。冒頭のピアノの響きは風格があります。そして、バーンスタインの作る音楽はまるでピアノに挑みかかるように、ぐいぐいと突き進んでいきます。ただ、ピアノの音が左右一杯に広がって収録されているので豪快さはありますが、ピアノの音としての纏まりは欠けています。しかし、硬質なゼルキンのタッチはバーンスタインの豪快なバックのもとで丁々発止のやり合で痛快な感じすらします。各弦楽セクションのソロで演奏される部分もひときわ美しい響きです。
ライブのピーター・ゼルキンの指揮する「合唱幻想曲」は音楽祭ならではのリラックスムードです。こちらは親子競演という話題もさることながら、声楽人も名前が連ねられている通り、オールスター・キャストでの演奏ということで何よりも個人ブレーが優先されています。正式な録音と八ヨットレベルが違います。81年の録音ながら音は冴えません。緊張感もさほど感じられません。幾分ピアノの音もまろやかな響きで収録されていますが、こちらもゼルキンのうなり声を楽しむ?ことも出来ます。まあ、あくまでもボーナスでしょうな。なを、この日のコンサートの演奏は「マールポロ音楽祭」のホームページの中にアーカイブされています。下記のURLを訪問してみて下さい。ここでは、ゼルキンのピアノでドヴォルザークのピアノ五重奏曲なんかも聴くことができます。