
伊藤桂一「小さな清姫」、藤本義一「下手人」、杉本苑子「櫟の根かた」、安部竜太郎「忠直卿御座船」、宮城谷昌光「玉人」等、痛快、軽妙、壮絶、悲哀を第一線作家50人が描く。全てが新作の17編。---データベース---
1994年に新潮社から発行された「時代小説最前線」の第2巻です。単行本では、この巻は「週刊新潮」掲載の読切り時代小説の1993年11月25日号から94年3月24日号分を纏めたものとして発行されています。このシリーズは第3巻まで発行されていますが、文庫化にあたっては掲載純ではなくテーマごとに分けて2冊に纏められているようです。以下の作品が収録されています。
小さな清姫(伊藤桂一)
下手人(藤本義一)
櫟の根かた(杉本苑子)
忠直卿御座船(安部龍太郎)
玉人(宮城谷昌光)
凌霄花(安西篤子)
野ざらし仙次(高橋義夫)
一会の雪(佐江衆一)
清貧の福(池宮彰一郎)
笠地蔵峠(清水義範)
命十両(南原幹雄)
かぶき大阿闍梨(竹田真砂子)
高坂蔵人の反逆(長部日出雄)
梵鐘(北方謙三)
萩灯籠(梅本育子)
桜田御用屋敷(小松重男)
金平糖(戸部新十郎)
小さな清姫(伊藤桂一)
下手人(藤本義一)
櫟の根かた(杉本苑子)
忠直卿御座船(安部龍太郎)
玉人(宮城谷昌光)
凌霄花(安西篤子)
野ざらし仙次(高橋義夫)
一会の雪(佐江衆一)
清貧の福(池宮彰一郎)
笠地蔵峠(清水義範)
命十両(南原幹雄)
かぶき大阿闍梨(竹田真砂子)
高坂蔵人の反逆(長部日出雄)
梵鐘(北方謙三)
萩灯籠(梅本育子)
桜田御用屋敷(小松重男)
金平糖(戸部新十郎)
この1990年頃は時代小説なんか全く興味が無かったので作者の名前もほとんど初お目見えがほとんどです。僅かに知っているのは藤本義一、北方健三に清水義範氏ぐらいでしょう。20年近く前は第一線で活躍していたのでしょうが、時が経つと忘れ去られる人が多いのにビックリしてしまいます。トップの伊藤桂一氏は近年は小説家というよりも詩人としての活躍が主で、もう95歳になられる。90年代初めは、剣豪小説なんかを発表していたようです。ふとしたきっかけで遊女に殿様に献上すべき金魚を譲ってしまい、それが噂になって老中の知るところとなり、謹慎処分となります。縁談も反故になりますが、間に入った御用商人の機転で金魚を譲った女と所帯を持つことになるという先ずはさわやかな旗本の次男坊の話です。
こてこての関西弁でしかも売春婦に語らせるという文体で、一つの殺人事件を料理する藤本義一氏のお手並みは見事なものです。それも、事件が解決すると見せかけて実はそうでは無かった、というしたたかな大阪人のえげつなさを充分に見せつけてくれる傑作です。杉本苑子氏の「櫟の根かた」は戦国時代の武田の軍に荒らされた農民の怨念を描いています。この小説で武田軍は通常の矢尻の矢を使わず、刺さった矢尻が抜けてしまう矢を用いたことを知りました。その恨みのために出家した武士ですが、最後には農民の娘を助けた櫟の根本で割腹自殺します。
こてこての関西弁でしかも売春婦に語らせるという文体で、一つの殺人事件を料理する藤本義一氏のお手並みは見事なものです。それも、事件が解決すると見せかけて実はそうでは無かった、というしたたかな大阪人のえげつなさを充分に見せつけてくれる傑作です。杉本苑子氏の「櫟の根かた」は戦国時代の武田の軍に荒らされた農民の怨念を描いています。この小説で武田軍は通常の矢尻の矢を使わず、刺さった矢尻が抜けてしまう矢を用いたことを知りました。その恨みのために出家した武士ですが、最後には農民の娘を助けた櫟の根本で割腹自殺します。
こういう短編で知ることはいろいろあります。「忠直卿御座船」では大阪の陣で活躍した越前は松平忠直の最後の出陣が描かれいます。ここでは、表向きは九州征伐で、本人は最後まで流配とは気がつかなかったということになっていますが、自分の妻までも殺そうとした人物ですから少々気が触れていたと思われてもしょうがありません。暴君の代名詞のようにいわれている忠直の名君と暴君の狭間がこの船出で描かれています。宮城谷昌光氏の「玉人」は時代小説でも、題材は中国の唐の時代、中級官吏の李章武の物語です。ふと通りがかった一人の女に気を引かれ女の後を追ってしまいます。そして、お決まりの夫がある身ながら不倫をしてしまうというストーリーですが、そこにタイトルにもある玉が絡んで中国史の奥深さを知らしめてくれます。
まあ、こんな調子に各時代の武士、市井の人々の物語が収録されています。ただ、その中でも、清水氏の作品は異色でしょう。タイトルから分かるように民話から題材をとっている様なタイトルです。まさしくも書き出しは「笠地蔵」そのものです。しかし、そこに峠が付く処がこの小説のミソです。なんと、中里介山作の「大菩薩峠」のパロディです。いや、彼の作品の場合パスティーシュと読んだ方が良いのかもしれません。この笠地蔵峠、江戸を北にさること40里、羽斑街道が丹前の国東中里郡介山村の難所にあります。もう。これでパロディということが分かるでしょ。なお、主人公の名前は机龍之介ならぬ抽出梁之助(ひきだしりょうのすけ)で、大菩薩峠のように幕末を舞台として新撰組なども登場しながら人間関係は複雑を極め、当然の如く小説は未完で終わってしまうのです。この本の中では、唯一人を喰った話となっています。
任侠の世界を描いた「野ざらし仙次(高橋義夫)」、行きずりの旅人の遺品を届ける女の人ジョゥとそれに応える竹職人の人生の綾を描いた「一会の雪(佐江衆一)」、赤貧の武士を描いた「清貧の福(池宮彰一郎)」と「命十両(南原幹雄)、前者は武士は喰わねど高楊枝的美意識に彩られ、十両が十一両になる人の心のあうんの世界を、反対に後者は、時代を経て武士と町民の如何ともしがたい貧富の差の中で自殺を遂げる下級武士の悲哀を描いています。
他にも、歌舞伎役者としての人気者の市村座の座元、竹之丞が一介の仕立て職人に傾(かぶ)きの神髄を見、歌舞伎を捨て比叡山に修行する人生を描いた「かぶき大阿闍梨(竹田真砂子)」、東北津軽藩の国替えを防ぐため自らが犠牲となった忠臣をお描いた「高坂蔵人の反逆(長部日出雄)」、そして、徳川家のお庭番たる川島真五郎と時の将軍徳川家斉が大奥の御年寄に扮しての対面が描かれる「桜田御用屋敷(小松重男)」が読み応えがあります。上辺だけの歴史からは伺え知れない、NHKのテレビ番組ではありませんが、その時時代が動いた瞬間を感じずに入られません。
まさにこの一冊は当時の時代小説の潮流を捉えた一冊といえます。