ユーリ・シモノフのプロコフィエフ
曲目/プロコフィエフ
Romeo And Juliet – Suites (Excerpts)
1.Montagues And Capulets 5:28
2.The Child Juliet 4:07
3. Friar Lawrence 2:41
4.Morning Dance 2:23
5.Minuet 3:25
6.Masks 2:07
7.Death Of Tybalt 5:42
8.Dance 2:04
9.Romeo At The Grave Of Juliet 6:31
Symphony No. 1 In D Major, Op. 25 Classica
10. Allegro 4:22
11. Larghetto 4:21
12. Gavotta: Non Troppo Allegro 1:49
13. Finale: Molto Vivace 4:05
Lieutenant Kije – Symphonic Suite, Op. 60
14. Kije's Birth 4:29
15. Romance 5:05
16. Kije's Wedding 3:04
17. Troika 3:00
18. Kije's Burial 6:07
指揮/ユーリ・シモノフ
演奏/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
演奏/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
録音/1996/03 CTSスタジオ、ロンドン
membran 233071

激安の代表レーベルと言えば最近はドイツのMEMBRANで、そこから発売されているイギリスのロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の30枚組のボックスセットは、すべて1990年代のデジタル録音でありながら、何とCD一枚の値段で買えてしまいます。価格比較サイトで調べると全世界のアマゾンやタワーよりも日本のHMV]が2000円ちょっとと安いです。元々は、これらの録音は990年代後半にTRINGというレーベルからまとめて発売されていた物で、日本では正規のルートに乗らず駅売りワゴンセールで1枚1000円以下で発売されていたものです。それが、最近になってMEMBRANが発売権を取得し、お得意のボックスセットに仕立てて激安で販売したものです。このCDはその中に含まれている一枚で、爆演系の指揮者ユーリ・シモノフが指揮したプロコフィエフものです。駅売り当時は、渋い曲目だったのでなかなかお目にかかることが出来なくて、チェックはしていたのですが手に入れることが出来なかったものです。一時期、このMEMBRANから4枚組の「QUODRAMANIA」というシリーズの中に含まれていたこともありますが、その当時はジャケットが日本語で表記されるという摩訶不思議な仕様だったのでちょっと手を出すのをためらっているうちに、これも市場から消えてしまいました。
ユーリ・シモノフは、コアなクラシック・ファンの間ではそれなりに有名な存在で、フジコ・ヘミングウェイのピアノのバックを何度も努めて来日しています。まあ、日本ではメジャーなレーベルからは伴奏もの意外はリリースされていないので、それほど表舞台には登場していません。このセットの中にはその彼の指揮した録音が4点含まれています。そういう意味でも貴重なセットと言えます。さて、ロイヤルフィルというとロンドンの5大交響楽団にはいりますが、ロンドン響、フィルハーモニア管弦楽団、ロンドンフィルの下ぐらいに位置するでしょうか、BBC交響楽団と4、5位を争っています。ロイヤルを名乗るだけあって、ロンドン交響楽団とならび「女王陛下のオーケストラ」という事でも知られています。まあ、最近では日本では映画音楽や「フックト・オン・クラシック」シリーズ、ロックの編曲もののCDが多いのでそちらの方で有名になってしまっていますが、2009年からはシャルル・デュトワが首席指揮者を務めています。
プロコフィエフの録音というと一般には「ピーターと狼」がダントツに有名ですが、それ以外の作品というとなかなか聴く機会も少ないのではないでしょうか。そして、彼の作品を纏めて聴けるCDというのはありそうでなかなかありません。小生も、レコード時代はユージン・オーマンディのものや、マルティノンの交響曲全集ぐらいしか所有していませんでした。ここでは、彼の管弦楽作品の代表曲が3曲演奏されています。

最初に演奏されているのはバレエ曲の「ロメオとジュリエット」です。「ロメジュリ」というと最初に浮かぶのはニーノ・ロータでクラシックではチャイコフスキーでしょう。どうしてもプロコフィエフはその次になってしまいます。まあ、最近ではSOFT BANKのCMに使われたのでちょいと株を上げたところがあります。冒頭はそのテーマともなっていた「モンタギュー家とキャピュレット家」で始まります。ここでは、シモノフは組曲の抜粋を演奏していますが、バレエを意識した丁寧な音づくりで、単純な爆演ではなく、きちん整った演奏に熱いパッションを込めています。ところで、このロイヤルフィルの一連の録音は一時SACDでも発売されていました。まあ、それだけ録音の面でも優秀ということが言えるのですが、ここで聴かれるサウンドはCDのそれでも充分味わうことが出来ます。元々この曲は打楽器が盛大に使われていて、演奏の際は5人の奏者を必要とします。それらの楽器の音を大迫力で収録していますから、その点でも聴きものです。特にバスドラムの響きはちゃんとしたシステムで聴けば、打ち込みの音で空気が揺れるのを体感することが出来ます。それと、この演奏を聴くとロイヤルフィルの実力を再認識するのではないでしょうか。
シモノフの演奏は、リズム系の曲で打楽器の打ち込みにかなりアクセントや表情をつけています。これだと踊る方も踊り易いでしょうな。ゆっくりとした曲想の「僧ローレンス」などまったりしがちな曲ですが、ここでもシモノフははっきり音を切り、ムードに流れていません。「朝のダンス」などはスゥイング感たっぷりの演奏で、ポップスで鍛えられたロイヤルフィルのセンスが生きています。「タイボルトの死」なんか映画音楽を聴いている様な緊張感に溢れた歌い回しで惹き込まれます。コルレーニョ奏法の弦もばっちり決まっています。中間部タイボルトが刺される場面のティンパニ15発も一発一発渾身の一撃で、変に音が濁ること無く切れ味のいい音で収録されています。後半部分の足を引きずる様な重々しいリズムでも、ロシア人指揮者特有の金管を強奏させての盛り上げ方は迫力満点です。終曲の「ジュリエットの墓の前のロメオ」では、瀕死のロメオに鉄槌を下すようなピアノと打楽器の邪悪な二発。スコアではpかppなはずですがシモノフはfff(フォルティッシッシモ)で処理していて度肝を抜かれます。その前半部分を聴いてみましょう。
2曲目の「古典交響曲」は意外とおとなしめの演奏で、古典的な造形の中に隠されたシニカルなリズムや旋律が変に強調されず、明瞭に聴き取れるような演奏です。ただ、フレーズには明確に強弱を付けて演奏しているので聴き易い演奏になっています。幾分編成の小さいオーケストラで演奏しているようで、弦楽のアンサンブルがくっきりと浮き出ています。ロイヤル・フィルってこんなに良いオケだったのかと驚くほど出来がよく仕上がっています。第1楽章第2主題は、木管の音楽的なニュアンスと弦のリズムの呼応が美しく、愛らしいニュアンスを通わせているのが印象的です。第2楽章の弦の主題がスーッと立ち昇る瞬間は、まさにバレエのプリマの登場を彷彿とさせる可憐な雰囲気に吸い込まれそうです。 第3楽章は繊細なアゴーギクのニュアンスが聴きもので特に終盤はここでもバレエ音楽のプリマドンナの独演を見ている様な雰囲気にさせられます。何処かで聴いたことがあるメロディだと思ったら、この楽章の主題は,バレエ「ロメオとジュリエット」の中でも使われていますね。終楽章は一転して軽快で躍動感があります。しかし、決して暴走に陥らず、美しいバランスを最後まで保持しています。
ラストは組曲「キージェ中尉」です。この曲は4曲目の「トロイカ」がアンコールピースとしてしばしば取り上げられるので耳にしたことがあるのではないでしょうか。もともとは映画音楽で、その中からプロコフィエフが5曲を組曲として纏めたものです。1曲目は「キージェの誕生」です。作品の最初と最後に表れるコルネット(しばしばトランペットで代用)の弱奏によるファンファーレに始まります。その後、ピッコロの高い音と、眠る皇帝の金管の低音がムズムズとやりあって、その後、金管のファンファーレと忙しない木管と弦のアンサンブルが組み合わされ、ドタバタ劇が始まります。バスドラムの打ち込みも意味深く、迫力も十分で上手い構成です。濃厚なロシア的な泣きが胸に突き刺さる第2曲は、その旋律の悲哀に溺れるだけでなく、声部の絡みを絶妙にコントロールしながら立体感を築き、大音量の音楽でないにもかかわらず壮大なロマン溢れる音楽として迫り、予想外の感動をもたらしてくれます。交響曲の曲ではテナー・サックスが大活躍します。この楽器の特色を存分に発揮していて、小生は好きな曲です。第3曲は冒頭など何処となくメンデルスゾーンの結婚行進曲を連想させますが、その後はちょっと調子っぱずれでコミュカルな展開になります。ここでは録音の良さが、バスドラムの衝撃の余韻までしっかり捉えていますし、シモノフはユーモアたっぷりに人間臭いニュアンスを漂わせて演奏しています。コーダでグッとテンポを落とし大見得になりきっているのにもご愛嬌でしょう。「トロイカ」は、リズムの重さがポイントでしょう。映画では、皇帝に呼び戻されるキージェを、トロイカで運ぶ場面に使われています。スポーツカーのように軽快な演奏が多い中で、雪を踏みしめながら駆け上がる情景を自然に表出するのは流石ロシアの自然を知っているものの演奏です。終曲はまたトランペットのファンファーレで始まり、回想でそれまでのメロディが次々と現れて来ます。シモノフはそれを単なる回想ではなく、映画音楽としての視点で全体を纏めあげています。見事なフィナーレです。とくにポップスに精通しているロイヤルフィルならではのテナー・サックスは全曲を通して聴きものです。
演奏、録音ともに優秀な一枚としてこのボックスセットを代表する名盤になっています。