
「歴史はときに、血を浴した。このましくないが、暗殺者も、その兇手に斃された死骸もねともにわれわれの歴史的遺産である。そういう眼で、幕末におこった暗殺事件を見なおしてみた。」(あとがきより)春の雪を血で染めた大老井伊直弼襲撃から始まる幕末狂瀾の時代を、十二の暗殺事件で描く連作小説。---データベース---
幕末の12の暗殺事件をとりあげた、ということだが、「逃げの小五郎」「彰義隊胸算用」などは明治後も生き残った桂小五郎(木戸孝允)や渋沢成一郎(渋沢栄一の従兄)の話で、純粋に暗殺事件ではありません。また、3編に昭和14年まで生きた田中顕助(田中 光顕(たなか みつあき、天保14年閏9月25日(1843年11月16日) - 1939年(昭和14年)3月28日)は、日本の武士・土佐藩家老深尾氏家臣、官僚、政治家。従一位勲一等伯爵。初名は浜田辰弥。通称を顕助、号は青山。)が出ています。この作品集については作者自身、本編の中で
ただ、暗殺という行為は、史上前進的な結果を生んだことは絶無といっていいが、この変だけは例外といえる。明治維新を肯定するとすれば、それはこの桜田門外からはじまる。斬られた井伊直弼は、その最も重大な歴史的役割を、斬られたことによって果たした。
と記しています。ほとんどの作品が昭和38年の「オール読み物」で発表されています。下記の作品が含まれています。
ただ、暗殺という行為は、史上前進的な結果を生んだことは絶無といっていいが、この変だけは例外といえる。明治維新を肯定するとすれば、それはこの桜田門外からはじまる。斬られた井伊直弼は、その最も重大な歴史的役割を、斬られたことによって果たした。
と記しています。ほとんどの作品が昭和38年の「オール読み物」で発表されています。下記の作品が含まれています。
桜田門外の変 主人公:有村次左衛門
奇妙なり八郎 主人公:清河八郎
花屋町の襲撃 主人公:陸奥陽之助 後家鞘の彦六
猿ケ辻の血闘 主人公:大庭恭平
冷泉斬り 主人公:間崎馬之助 冷泉為恭
祇園囃子 主人公:浦啓輔
土佐の夜雨 主人公:岩崎弥太郎
逃げの小五郎 主人公:桂小五郎 堀田半左衛門
死んでも死なぬ 主人公:井上聞多 伊藤博文
彰義隊胸算用 主人公:寺沢新太郎正明
浪華城焼打 主人公:田中顕助
最後の攘夷志士 主人公:三枝蓊
奇妙なり八郎 主人公:清河八郎
花屋町の襲撃 主人公:陸奥陽之助 後家鞘の彦六
猿ケ辻の血闘 主人公:大庭恭平
冷泉斬り 主人公:間崎馬之助 冷泉為恭
祇園囃子 主人公:浦啓輔
土佐の夜雨 主人公:岩崎弥太郎
逃げの小五郎 主人公:桂小五郎 堀田半左衛門
死んでも死なぬ 主人公:井上聞多 伊藤博文
彰義隊胸算用 主人公:寺沢新太郎正明
浪華城焼打 主人公:田中顕助
最後の攘夷志士 主人公:三枝蓊
一つ一つ語っていては直ぐに5000字になってしまいますが、まあ、これらの作品の中では冒頭の「桜田門外の変」は重厚で、読後感も他のものとは違います。一般にはこの事件は水戸藩の所業とされていますが、ここではあえて、一人だけ薩摩藩から参加した有村次左衛門にスポットを当てて語られていきます。何となればこの男が井伊直弼の首を獲ったからでしょう。この幕末有名な事件は最近でも2010年に「桜田門外ノ変」として映画が公開されていますから、ご覧になった人も多いでしょう。そこではやはり、水戸藩が中心になって描かれていますが、襲撃を指揮した水戸藩士・関鉄之介(大沢たかお)がかっこ良かったですね。ただ、視点のもち方でこうも印象が違うとは・・・という感じです。ここでは司馬遼太郎のドキュメントタッチの方に軍配を上げておきましょう。
司馬氏の着眼は暗殺で、「祇園囃子」の浦啓輔や、「彰義隊胸算用」の寺沢新太郎正明なんかは殆ど知られていませんが、そういう無名に近い人物にまでスポットを当ててストーリーを組み立てる力は凄いと思います。いままで、幕末の志士たちは後に明治政府を樹立する薩長の藩士ばかりが脚光を集めて来ましたが、こうして暗殺という切り口から歴史を眺めると、幕末というものがまた違った側面を盛っている事に気がつかされます。特に「死んでも死なぬ」に登場する井上多聞(のちの井上馨)と伊藤俊輔(のちの伊藤博文)の若き日の行動は、この小説で初めて知る事が出来ました。後に明治政府の重職を務めた二人なので重厚なイメージを想像しますが、ここでは血気盛んな青年という感じで、ここでは幕府の隠密の宇野東楼を、国学者の塙次郎を暗殺しています。伊藤博文のそういう一面を知るには恰好の小説です。ここでは描かれていませんが、そんな伊藤博文も最後には清国黒龍江省ハルビンで暗殺されています。
また、坂本龍馬とも親しかった後の三菱財閥を立ち上げた岩崎弥太郎の若き日を描いた「土佐の夜雨」も一読をお勧めします。ここでは当時の土佐藩を牛耳っていた吉田東洋の小者をやっていた岩崎弥太郎が描かれています。中々の隠密ぶりです。しかし、剣の立たない弥太郎は時流の変化には敏感です。主の東洋が暗殺されると、首謀者探索を命じられますが、途中で翻意し脱藩してしまいます。こののち坂本龍馬と出会うわけで、変わり身の素早さが彼を大物にした様なところがこの小説で感じられます。明治政府で華々しく活躍する桂小五郎も「逃げの小五郎」では戦わずして逃げ回る「蛤御門の変」以降の桂の姿が描かれています。逃げ回る最中でも身辺に女の影があり、なんか女のために逃げ回っているかの様な印象で書き連らねられています。司馬氏の評価が低いのでしょうね。
「彰義隊胸算用」では最初寺沢新太郎正明の目線で彰義隊の成立が語られていきます。最初の結成から捨て背に空中分解の様を呈しているのがこのストーリーから分かります。天野八郎と渋沢成一郎の覇権争いから彰義隊が内部分裂し、上野戦争では玉砕していきます。幸い二人は生き延びますが、辿り着いた幕府の海軍を率いる榎本武揚のところに転がり込んでもいがみ合う始末です。こんな醜態を演じるようでは幕府軍の末路が案じられますわな。
さて、「土佐の夜雨」、「浪華城焼打け、そして最後の「最後の攘夷志士」に田中顕助が登場します。長寿を全うした後の田中光顕、維新史にはあちこち登場するエピソードの持ち主です。はずかしながら、この本を読むまで全く知りませんでした。
まあ、少しは脚色があるでしようが、ここに描かれる人物は皆生き生きとしていて、こういう人物がいて新しい日本が形成されていったのかと思うと、歴史が面白くなります。