テンシュテットの「英雄」 | geezenstacの森

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テンシュテットの「英雄」

曲目/ベートーヴェン
交響曲 第3番 変ホ長調 Op.55「英雄」*
1. Allegro con brio 15:05
2. Marcia Funebre: Adagio Assai 17:00
3. Scherzo 6:11
4. Finale: Allegro Molto 12:52
5.「プロメテウスの創造物」序曲 Op.43 5:02
6.序曲「コリオラン」op.62 8:49
7.「エグモント」序曲 Op.84 8:42

 

指揮/クラウス・テンシュテット
演奏/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/1991/09/26、10/03 ロイヤル・フェスティヴァル・ホール*
   1984/05/11-12 アビー・ロード第1スタジオ、ロンドン

 

P:ダヴィッド・R.マーレイ
 
EMI 0944332

 

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 期待された指揮者の中で、テンシュテットはセッションではベートーヴェンの交響曲全集を完成することなく亡くなってしまいましたが、彼が逝ってしまってから発見、発売されたベートーヴェンの録音はどれも充実した演奏であり、ついにはライブであるけれども交響曲全集が発売されています。EMIがBBCの音源を使ってリリースしたこの演奏は手兵のロンドンフィルを指揮しているものとあってそれだけ充実したものになっているのでしょう。 
 
 「英雄」はこのライヴ録音盤のほかに、ウィーンフィルや北ドイツ放響の同じくライヴ録音盤が輸入盤で出されていますが、それらはやはり他流試合的なところや、晩年の心境の変化などからして、演奏の緻密さは録音も含めてやはりLPO盤が上の様な気がします。この録音も2日間による録音を編集して出来上がっていますが、商業発売としては少しでも傷の少ないものを提供しようとするEMIの良心が伺われます。ただ、別のルートで9月26日の単独の演奏が発売されていますので、それと比較するとEMI盤は10月3日の演奏をメインに収録していることが分かります。

 

 これを聴くとテンシュテットがカラヤンに匹敵する実力を持つドイツの指揮者であったことが分かります。冒頭の和音から厚みと格調の高さにあふれる響きが聴こえて来ます。かといってテンポは鈍重ではありません。地に着いた足取りのアレグロで、じっくりとした運びで奥行きの深い音楽が展開されていきます。ただ、この演奏を聴くとテンシュテットは今ではいささか古いタイプの指揮者に属する演奏をしていることが分かります。この第1楽章でのチエックポイントの一つになるコーダ前のトランペットの扱いも旧来の高らかに演奏させる方式をとっています。カラヤンはこういう吹かせ方でどの録音もやっていますし、そういえば最近のティーレマン/ウィーンフィルもこういう形をとっていますから、これはドイツ流の伝統なんでしょうかね?。まあ、現代楽器を使っての現代の演奏ですから、これが悪いというものではなく、多分今の機能を持ったオーケストラだったらベートーヴェンもこういう音を要求していたでしょう。それにしても、ロンドンフィルはテンシュテットのもと、十二分に実力を発揮した渾身の演奏を聴かせています。

 

 テンシュテットは1983年から1987年までこのロンドンフィルの首席指揮者を務めましたが咽頭癌のためにその任を去ります。治療を続けながら、ここでは久しぶりにロンドンフィルの指揮台に立ったわけですが、そういう自分の置かれた境遇を音書きは勝つ実に表現しています。この第2楽章の哀しみに満ちた葬送行進曲は聴いていてテンシュテットを生き様を思い浮かべてしまいます。楽員もそういうテンシュテットを充分知っていますから、指揮者の要求を超えたような悲哀に満ちたメロディを切々と奏でています。この17分間の音の空間は他の指揮者の演奏では体感出来ない魂を揺さぶる音楽が凝縮されています。音楽は決して一本調子ではなく、起伏やテンポの揺れを巧に折り込んでいます。コーダの最後の一音まで揺るぎない音楽が流れます。今の時点で、小生にとっての最高の第2楽章はこのテンシュテットの演奏です。ベートーヴェンが自分の心境を折り込んだこの曲の根幹に近い演奏の一つでしょう。みすず書房の『ロラン全集23巻』に、こんなことが書かれています。
 1817年、詩人クリストフ・フックナーはある時、交響曲を第8番まで既にものしていたベートーヴェンに、「あなたは自分の交響曲の中でどれがもっとも好きですか?」という質問をした。 ベートーヴェンはためらいなく答えた。
  ――『エロイカ』
  ――私はまた『ハ短調』(第5)ではないかと思っていました……
  ――いや、絶対に『エロイカ』です!
   (ロマン・ロラン「エロイカ」より

 

 第3楽章は交響曲の形式に従ってスケルツォです。この曲が交響組曲ならば当然第2楽章でしょう。テンシュテットはここではすこぶる明るい牧歌的雰囲気を持ったスケルツォにしています。それは第2楽章とはがらりと違う表現でちょっと面喰らうほどです。しかしね構成力はしっかりしているし音楽に躍動感があります。そこに標題の「英雄」の持つ威厳性を併せ持たせた素晴らしい演奏です。間髪を入れず始まる第4楽章もこの流れに沿って、テンポ、リズムに躍動感が溢れています。オーケストラは響きから近代的な配置をとっていると思われますが、非常にバランスの良い分厚いサウンドで巨大な空間を持つロイヤル・フェスティヴァル・ホールから最良の響きを収録しています。ほとんどライブの傷は聴かれません。そんなことで、最後の聴衆の拍手でようやくこれがライブ録音と気がつかされます。これは、そういう意味でもコンサート会場に自分の身を起きながら聴くことが出来る希有な演奏体験をもたらしてくれました。

 

 さて、14枚組のボックスの中に収録されているこのCDにはベートーヴェンの3つの序曲が収録されています。「英雄」の初出時は何故かムソルグスキーの「禿げ山の一夜」がカップリングされていました。まあ、この方が据わりがいいというものです。こちらは1984年の録音で、初出時の内容の後半の3曲がここでカップリングされていて、残りは別のCDに振り分けられています。序曲は日本公演の翌月に録音されていることになります。多分ロンドンフィルとの関係が一番充実していた頃の録音でしょう。揺るぎない自身がこれらの演奏から聴き取れます。そして、これを手始めにベートーヴェンの交響曲全集を目論んでいたのではないでしょうか。クレンペラー亡き後ムーティ/フィラデルフィアで交響曲全集に取り組んでいたEMIですが、世間の評判はイマイチで、やはり、ドイツ系の指揮者でのプロジェクトを模索していた時期です。ただし、これは幻に終わります。まあ、結果的には序曲はセッションで録音されましたが、彼本来の実力はライブにありましたから残されなくて良かったのかもしれません。

 

 ここでも、「エグモント」序曲 は冒頭の和音からしてやや鈍重です。EMIの本来の録音なのかもしれませんが、少々ぼやけた音でアンサンブルもぴしっと縦の線が揃っていないのが気になります。本来ライブなんかでは爆発するテンシュテットのテンションが編集で見事に消えてしまっています。2日間かけて序曲集を録音していますが、リハーサルこそしれ、本番は一発テイクで残してほしかったところです。カラヤンの後継者と目されながら、セッションで残された録音を聴くと今ひとつもの足らないのはこういうところにあるのではないでしょうか。

 

 ここでは、やはりライブ音源から「英雄」を聴いてみましょう。