
戦国の争乱期に遅れて僻遠の地に生れたが故に、奥羽の梟雄としての位置にとどまらざるをえなかった伊達政宗の生涯を描いた『馬上少年過ぐ』。英国水兵殺害事件にまきこまれた海援隊士の処置をめぐって、あわただしい動きを示す坂本竜馬、幕閣、英国公使らを通して、幕末の時代像の一断面を浮彫りにした『慶応長崎事件』。ほかに『英雄児』『喧嘩草雲』『重庵の転々』など全7編を収録する。---データベース---
今年最初の読了は司馬遼太郎の「馬上少年過ぐ」でした。年明け、推理小説、エッセイそしてこの本と3冊同時に読み始めたのですが、これが一番面白かったという事です。司馬遼太郎モノは初めてです。一昨年辺りから時代小説を読み始めましたが、どうも司馬遼太郎というとかた苦しいイメージがあったので敬遠していた部分が有ります。それが、宇江佐真理、宮部みゆき作品を読んでいくうちに、少しづつ伝記物めいたものにも触れる事で抵抗が無くなり、今回の読破となりました。藤沢周平を最初に読んだのも、短編だったということで今回も短編からのチャレンジです。まあ、これが良かったのではないでしょうか。
伊達政宗の事を描いたタイトル作の「馬上少年過ぐ」意外の主人公は全く知りませんでした。そういう人物伝が中心の作品ですが、一編だけ司馬氏の捜索となる「城の怪」が含まれています。これだけがちょっと異質でしたが、他の各作品の主人公は次ぎのようになっています。
「英雄児」---河井継之助
「慶応長崎事件」---菅野覚兵衛
「喧嘩草雲」---田崎草雲
「馬上少年過ぐ」---伊達政宗
「重庵の転々」---山田重庵
「貂の皮」---脇坂甚内(安治)
ご覧のように、主人公たちの中で、誰でも知っている有名人は伊達政宗のみでしょう。他はほとんど名を知られていないいわば「歴史の脇役」たちです。(伊達政宗も脇役といえば脇役かもしれないですがね)これに先の「城の怪」が加わり7編が収録されています。前半3本は昭和38年(40歳)頃、後半4本は昭和44年(45歳)頃書かれたもので、執筆年代が5年ほど開いています。単行本としては別々に出ていたものを文庫化に際して纏めたというものです。
「英雄児」---河井継之助
「慶応長崎事件」---菅野覚兵衛
「喧嘩草雲」---田崎草雲
「馬上少年過ぐ」---伊達政宗
「重庵の転々」---山田重庵
「貂の皮」---脇坂甚内(安治)
ご覧のように、主人公たちの中で、誰でも知っている有名人は伊達政宗のみでしょう。他はほとんど名を知られていないいわば「歴史の脇役」たちです。(伊達政宗も脇役といえば脇役かもしれないですがね)これに先の「城の怪」が加わり7編が収録されています。前半3本は昭和38年(40歳)頃、後半4本は昭和44年(45歳)頃書かれたもので、執筆年代が5年ほど開いています。単行本としては別々に出ていたものを文庫化に際して纏めたというものです。
タイトル作「馬上少年過ぐ」は奥州に生まれ、過酷な運命を生き抜いた独眼竜・伊達政宗の生涯を鮮やかに描いた一作です。若い頃は天下を夢見て戦いに明け暮れたが、今は世も治まり自分は老いてしまった。余生は大いに楽しもう。という天下を取れない悔しさを詠んだ政宗晩年の漢詩から録られています。その作品は、
馬上少年過(馬上少年過ぐ)
世平白髪多(世平らかにして白髪多し)
残躯天所赦(残躯天の赦す所)
不楽是如何(楽しまずんば是如何)
世平白髪多(世平らかにして白髪多し)
残躯天所赦(残躯天の赦す所)
不楽是如何(楽しまずんば是如何)
ここでは幼少時の政宗が養母の喜多に長男としての有り様を叩き込まれる様が詳しく描かれています。名君足るものの基礎は梵天丸時代にあったのがよく分かります。それにしても、生まれた時代がちょっと遅すぎたんでしょう。時代はすでに秀吉、そして家康の体制が出来上がっていましたからね。
この伊達家、政宗を継いだのは長男の秀宗ではなく次男の忠宗でした。政治的な配慮だったんですな。で、長男は伊予宇和島に封じられています。これが宇和島伊達家です。時代が下るとこの宇和島伊達家から吉田伊達家が分封されています。その吉田伊達家にまつわるのが重庵の転々」です。ですから、この2作は独立していますが関連があります。この山田重庵中々の人物です。土佐の牢人から吉田藩の主席家老にまでなった人物です。
司馬の作品は幕末と戦国期に集中していますが、それは、大きな変革の時代にこそ男の典型を見ることができるからだということのようです。激動の時代にしか開花させることができない才能、たとえば信長であり、秀吉であり、あるいは、西郷であり、竜馬であり、といった英雄的才能を大作で取り上げる一方で、見逃すには惜しい脇役たちも、こういった小編で光をあてていて、これが司馬遼太郎のおもしろい視点だと思えてきます。
そんな人物の河井継之助ですが、東北は長岡藩の藩士で幕末の世に、小藩といえども東北一の近代兵器を備え官軍を迎え撃っています。多少ドン・キホーテ的なところがありますが中々興味深い人物として描かれています。「慶応長崎事件」は海援隊の絡む事件です。「大河ドラマ」ではほんの触りしか描かれなかったこの事件の仔細がこの小説で明らかにされています。この事件の当事者の菅野覚兵衛は維新後の政府の海軍少佐になっています。しかし、仲間は爵位を貰うほどに栄達していますが、彼は少佐止まりでした。「喧嘩早雲」は画家・田崎早雲が主人公で、剣術の腕前も中々のもので文武両道で活躍しています。喧嘩で刃傷事件を起こし、足利に戻りそこで藩の軍隊を組織して大将にまでなっています。剣術の手合いをした大川平兵衛は、これが縁で平兵衛は藩の指南役となり、孫の大川平三郎はのちに製紙王と呼ばれています。
「貂の皮」は戦国時代の武将、脇坂安治の出世譚です。この脇坂安治は賤ヶ岳の戦いで七本槍の一人として活躍しています。ただ、人物像としては福島正則(1561年 - 1624年)や加藤清正(1562年 - 1611年)などと比べればやや器が小さい様な気がします。それでも、世渡りが上手く、秀吉の家臣でありながら関ヶ原の戦いでは徳川群に寝返って武勲をたて、脇坂家は滅びる事無く維新まで続いています。時勢を読む事に長けていたのでしょう。タイトルの「貂」は脇坂安治が丹波の赤井直正を攻めた時に、単独で勧降に訪れ感服した直正が貂の皮で作った槍の鞘を彼に贈った事に由来します。このエピソードは中々興味深いものですが、wikiに夜と真偽のほどは不明のようです。しかし、司馬氏はそのエピソードを元にこの短編を仕上げていて、なるほどと納得させる筆致は見事です。
この本、戦国武将に興味のある人にはお勧めの一冊です。