ライナー/R.シュトラウス | geezenstacの森

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ライナー/R.シュトラウス
Living Stereo 60CD Collection
 
曲目/R.シュトラウス
交響詩「ツァラトウストラはかく語りき」Op.30
1.序 1:34
2.背後世界論者について 3:10
3.大いなる憧れについて 1:44
4.歓喜と情熱について 1:50
5.墓場の歌 2:15
6.科学について 4:00
7.病から癒えつつある者 5:00
8.舞踏の歌と夜の歌 7:36
9.夜のさすらい人の歌 4:48
交響詩「英雄の生涯」Op.40*
10.英雄 4:18
11.英雄の敵 3:04
12.英雄の妻 11:57
13.英雄の戦場 8:45
14.英雄の業績 4:39
15.英雄の引退と完成 10:54

 

指揮/フリッツ・ライナー
演奏/シカゴ交響楽団
ヴァイオリン・ソロ/ジョン・ウェイチャー
トランペット/アドルフ・ハーセス

 

録音/1954/03/08
   1954/03/06*、シカゴ、オーケストラ・ホール

 

P:ジョン・ファイファー
E:レスリー・チェイス

 

RCA Living Stereo 88697720602-4
  
イメージ 1

 

 レコード時代のRCAは世代交替の端境期で、メインになる指揮者がいなかった時代です。ライナーは引退し、その後を受けたマルティノンは不評、ストコフスキーも単発でしか録音していなかったですし、ボストンもミンシュの後を継いだラインスドルフもいまいちメジャーにはなりませんでした。オーマンディを引っこ抜いて立て直そうとしたのは1960年代も後半になってからでした。そんな事でほとんどレコード時代はRCAとは無縁でした。そんな事で、ライナーという指揮者は小生の中ではサム・オブ・ゼンの指揮者で、レコ芸での評価は高かったのですが、如何せん廉価盤で登場するのが遅かったので蚊帳の外でした。レコードのライブラリーを調べてみましたが、一枚もありません。CDでもやっとベートーヴェンの交響曲第9番が1枚有ったきりです。しかし、これとてさっぱり印象に残らない演奏で棚を飾っただけの代物でした。

 

 この「Living Stereo 60cd Collection」にはライナーの演奏がかなり含まれているので、今回初めてじっくりと腰を据えて聴くという機会を得ました。そして、4枚目にこの「ツァラトゥストラはかく語りき」が収録されています。まさに名盤から順番に収録されていると言っても良いでしょう。何が凄いかって言って、この曲がレコーディングされた日付です。1954年ですよ。RCAのこのとき既にステレオ録音をしていたのです。ちなみにフルトヴェングラーは、丁度この時ウィーンでR.シュトラウスの「ドン・ファン」やベートーヴェンの「運命」を録音していました。それらの録音の鮮度と比べるといかにこの録音が凄いかという事が分かろうものです。たらねばですが、この時RCAのスタッフがウィーンにいたら幻のフルトヴェングラーのステレオ録音が残されていたでしょうなぁ。

 

 そういう感慨に浸りながらこの演奏を聴くとさらにその凄さが伝わってきます。まず冒頭で響くオルガンの重低音です。このDSDリマスタリングではその音で空気が震えるのが伝わってきます。この録音がわずか2本のマイクで収録されているとは信じられないですね。RCAはこの時期バイノーラル録音を盛んに研究していたのでこういう録音方式がとられたのでしょう。なにしろ、この録音はその実験のためになされたというのが真相のようで、当初は発売の予定は無かったとの事です。この録音にはいろいろエピソードがありますが、一番興味深いのはハイ・フィデリティ」誌評論家、および1956~92の間「シカゴ・サン・タイムズ」紙で音楽批評を担当ロバート・マーシュの次のエピソードでしょう。
54年のツァラトゥストラの録音時。ライナーはあるチェロのピツィカートの上昇音型の演奏に不満を覚えた。
そこでパッセージの最高音をヴィオラに弾かせてみて、満足した。 
モノラルではこれは大した問題ではないが、ステレオでは最高音だけ音が右寄りに移行して、「トリック」がばれてしまう。 
(当時のシカゴはヴァイオリンを左右に、ヴィオラが中央右、チェロが中央左という「古典的」オケ配置) 
これを聴いたライナーは、プロデューサーだったジョン・ファイファーを一瞬ジロリと睨んだ。 
が、すぐにニヤリとして、何も言わず、そのままにしておいたという。

 

 実際この録音で、「背後世界論者について」の部分のチェロのピツィカートの最後は、右手のスピーカーからくっきりと聴こえます。今ではとんでもない事ですが、テスト録音という事でこんな事が許されたんでしょうな。そういう部分が下の映像で確認する事が出来ます。

 


 さて、シカゴ響は元々ブラスが名手揃いのばりばりならすオーケストラですが、その筆頭はなんといってもトランペットのアドルフ・ハーセスでしょう。この録音でも冒頭から輝かしいトランペットの響きを高らかに聴かせてくれます。少々バランスが悪いくらいに彼の演奏は目立っています。でも、それがライナー/シカゴ響の特色と言っても良いでしょう。冒頭,トランペットで吹かれる「ドー・ソー・高いドー」という有名な主題は,「自然のテーマ」と呼ばれています。このテーマは,曲中に度々登場し,全曲の基本的な主題となっていますが、これを気持ちよく吹いているんですからこれはハーセスのための録音と言っても良いんじゃないでしょうか。そして、後半になって登場してくるコンマスのソロ・ヴァイオリンによる舞曲風のワルツは聴きものです。ラストの「夜のさすらい人の歌」は鐘の音が鳴り響き、トランペットのトリルがそれに応えます。ここも目立っています。そして、曲はだんだん静かになって消え入るように終わっていきます。いゃあ実に良い演奏です。ちなみにこの録音は1956年6月、Living Stereoの第1回新譜として発売されています。

 

 さて、そんな「ツァラトゥストラ」よりも、さらに2日ですが録音が古いのは「英雄の生涯」です。事実上これが最初のステレオ録音でしょう。RCAはこれに先立つこの年の2月にミュンシュ/ボストン交響楽団でベルリオーズの「ファウストの刧罰」を録音していましたがそのステレオ録音は一部を除いて紛失していますし、トスカニーニのラストレコーディングもアクシデントが合ったために結局正規発売はされていません。この時ライナーはシカゴ響の常任になって最初のシーズンです。前任者はクーベリックであまり馬が合ってはいなかった筈ですから、オーケストラは今度こそという意気込みと、ライナーの目指すものが合致したという事でしょう。そして、この曲目はライナーがシカゴ響音楽監督としての最初の演奏会で取り上げた曲目でもあります。そんな事で自身が合って録音に望んでいる筈です。まれに見る最強の組み合わせと当時最先端を行っていたRCAの録音テクノロジーの結集がこういう名演を生んだのでしょう。ステレオ実験期でありながら見事に定位が決まっている録音です。対抗配置のオーケストラの左右のヴァイオリン、ビオラが中央右手、チェロが中央左手、チェロの後方にコントラバスが配置されている様子が手に取るように分かる録音です。冒頭はこんな演奏です。

 

 

 さて、この曲ではヴァイオリン・ソロのジョン・ウェイチャーとやはり、トランペットのアドルフ・ハーセスの演奏が聴きものでしょう。一応録音は2本のマイクで収録されてるという事ですが、そのマイクの指向特性はこの二人に向けられていたのではないかというほどクローズアップされて目立つ録音です。そういう意味では名演ですが、特異な名演という事が出来ます。この当時のセッション録音はテープ編集が当たり前で、それを前提に細かく細分して練習番号ごとに録音していくのが常であった筈ですが、この録音ではテストという事もあってかライブ録音のように一発録音に近い形で収録されている様な気がします。音楽の流れがスムースで、尚かつソロパートの熱演を聴くとよけいそんな感じがします。

 

 ここでのシカゴ響のアンサンブルは鉄壁です。どちらかというとR.シュトラウスの作品はロマン派の香りたっぷりに重厚なドイツサウンドに包まれて演奏される事が多いのですが、ライナーはその中でも筋肉質の「英雄の生涯」に徹しています。これがこの演奏の大きな特徴でしょう。この曲では作曲者のR.シュトラウス自身の事を曲にしています。第3部では英雄の主題は英雄は低弦とホルンで、そして、独奏ヴァイオリンが彼の伴侶である妻を切々と語っていきます。実にうまい演出です。そして、第5部に至っては「英雄の業績」ということで、彼の作品の主だった曲の旋律が登場しています。それはホルンにより交響詩「ドン・ファン」のテーマが、弦により交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」が演奏され、その後も「死と変容」「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」「マクベス」「ドン・キホーテ」などが次々と顔を出します。こういうところを聴いているとR.シュトラウスが茶目っ気たっぷりでこの作品を書いていた事が伺われます。尚かつ、この曲は彼の交響詩作品の集大成的意味合いがあるので貴重です。