シェリングの初期の名演
曲目/
ラロ/スペイン交響曲 ニ短調Op.21*
1.第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ 7:53
2.第2楽章 スケルツァンド アレグロ・モルト 4:14
3.第3楽章 間奏曲 アレグロ・ノン・トロッポ 6:18
4.第4楽章 アンダンテ ニ短調 7:35
5.第5楽章 ロンド アレグロ 8:34
ブラームス/ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.77**
6.第1楽章 22:13
7.第2楽章 9:29
8.第3楽章 8:06
ヴァイオリン/ヘンリック・シェリング
指揮/ワルター・ヘンドル
ピェール・モントゥー**
演奏/シカゴ交響楽団*
ロンドン交響楽団**
録音/1959/02/28* オーケストラホール、シカゴ
1958/06/10-12** キングスウェイホール、ロンドン
P:ジョン・ファイファー*
1958/06/10-12** キングスウェイホール、ロンドン
P:ジョン・ファイファー*
ジェームス・ウォーカー**
E:ケネス・ウィルキンソン** Shinseido RCA SRC-15
E:ケネス・ウィルキンソン**

最近はすっかりタワーレコードからの発売のヴィンテージコレクションに取って代わられていますが、1990年代初期には新星堂がこの手のCDを怒濤のように発売していました。まあ、内容的にはRCAがレコード時代に「RCAグランプリシリーズ」というものを出していましたが、そのCD版とも言えるものでした。ただ、この価格一枚1000円。1990年はまだ他社メーカーは一番安いシリーズでデンオンで1300円、他社は1500円といったところでした。その中に、メーカーでない販売店が1000円で蹴り込んだのです。これは衝撃でした。ただ、この新星堂全国区ではありましたが、小生の家の近くには皆無といった状態でした。なので、中々手に入れることが出来ない状況があったのも事実ですが、なんとか手に入れたのがこのCDです。当時は情報源が限られていましたので、このシリーズ33枚発売されたのですが、手元にあるのはこれと、コンドラシンのイタリア奇想曲他が収録された2枚のみです。
このシリーズの中には、当時としては破格のビーチャムのヘンデルの「メサイヤ」とか、ルドルフ・ケンペ/ロイヤルフィルの「アルプス交響曲」とか、ジェームス・レヴァインのピアノによるスコット・ジョプリンのラグタイムのCDとかややマニアックなものも含まれていました。内容的にはタワー・レコードの上をいっていたかもしれませんね。
このシェリングのラロとブラームス、確かに上記の「RCAグランプリシリーズ」でもちゃんと発売されていました。 でも、レコード時代はほとんどこのRCAのシリーズは興味がありませんでしたので、シェリングのレコードが出ていたことすら記憶にありません。シェリングといえばフィリップスのアーティストだと思っていたんですね。で、このCDを見つけた時はこれは珍しいと即買いです。
このCD、解説書もありませんし、データもいいかげんです。たとえば、ブラームスのヴァイオリン協奏曲はジャケットでは1955年頃の録音と記載されています。上のデータは、ネットで検索したデータを使用しています。この当時RCAはデッカと提携していましたから録音スタッフはデッカのスタッフであったジェームス・ウォーカーとケネス・ウィルキンソンが担当しています。そんなこともあり、この演奏はとても1950年代の録音とは思えないすばらしい録音に仕上がっています。そういえばこの音源は、2009年にXRCDのSHM-CD仕様(JMXR-24021S)で再発売されていますね。ただ、そのマスターは第3楽章の5分13秒付近で音とびが発生しているようです。このCDではそういうような現象もありませんし、音が右チャンネルに偏っているということもありません。そういう意味ではこの1000円盤はCPが高いです。
不思議なことに、このCDメインはラロの「スペイン交響曲」になっています。まあ、ラロの作品の中ではメジャーですが、ブラームスのヴァイオリン協奏曲に比べたらちょっと格が落ちますわな。なことで、このシリーズの中では売れ残っていたのかな、なんて思ったりします。確かにバックもワルター・ヘンドル/シカゴ交響楽団といまいちメジャーではありません。しかし、こちらの録音もこのCDで聴く限り結構いい線をいっています。RCAお得意の3チャンネルマスターを使っての収録で「リビング・ステレオ」シリーズの一枚です。こちらは録音スタッフを調べることが出来ませんでした。プロデューサーはジョン・ファイファー、エンジニアはルイス・レイトン、ロケーションはシカゴ・オーケストラ・ホールでの収録です。それにしても、この演奏は一度もXRCD化されてない不遇の録音です。それでも、通常のCDでこの音質で聴けるなら文句はありません。新星堂もいい仕事をしていました。
演奏は、シェリング40歳代のはつらつとした演奏です。ワルター・ヘンドルはこの時期シカゴ交響楽団の准指揮者に就任しています。そういうことでこの組み合わせが実現したのでしょう。ヘンドルは合わせ上手な指揮者ということで重宝がられたようですが、まあ、取り立てて目立つ指揮者ではありません。ここでも、シェリングのバックに徹しています。そういう意味ではシェリングのヴァイオリンを聴くべき演奏といえるのでしょう。あまり粘るようなヴァイオリンではありませんが、晩年のような温厚な表現ではなく、ある意味情熱的な演奏で、かつシェリングの美音が楽しめる演奏です。フィリップスに10年後にこの曲を再録音していますが、そちらではやや丸くなっていた印象があるので、ここで聴くことの出来るラロは曲のイメージ的には合っている様な気がします。伴奏のシカゴ響はアンサンブル的には鉄壁の演奏で、さすがライナーに鍛えられていたオーケストラという印象を強くしました。それにしても、若き日のシェリングはそれまでのイメージを覆すに充分のインパクトがあります。
そういうことでは、ラロの前年に録音されたブラームスのヴァイオリン協奏曲はそれ以上のインパクトがあります。モントゥーは昔から好きな指揮者ですが、この演奏の存在は恥ずかしながらCD時代になるまで知りませんでした。ですから、ラロを聴き終わってブラームスが流れ始めた時には背筋がぞくっとする印象を受けました。冒頭のオーケストラの前奏からして、スケール感のある響きとラロの硬質なサウンドとブラームスの自然なホールトーンをいかしたスケールの大きな響きの違いに唖然としたものです。その違いはやはり録音スタッフにあったのですが、ここではデッカの響きを聴き取ることができます。そして、そこで繰り広げられるのがモントゥー率いるロンドン交響楽団とシェリングの共演によるブラームスです。シェリングの演奏はドラティとかハイティンクのサポートの演奏も忘れられませんが、ここではマイルドトーンのブラームスではない芯の通ったブラームスを弾くシェリングとモントゥーの丁々発止のやり取りが何ともスリリングで興味が尽きません。モントゥーの指揮の素晴らしいのはオーケストラがたっぷり鳴っていてもその響きが明瞭でフットワークが軽いところで、ウェストミンスターに録音したベートーヴェンの交響曲第9番でも感じたことですが、年齢を感じさせない若々しいアプローチです。
モントゥーはブラームスのヴァイオリン協奏曲はこのシェリングとの共演盤が唯一の録音です。そういう意味でも貴重ですが、このモントゥーという指揮者、ブラームス本人の前でも演奏したことがあるというエピソードの持ち主です。ですから、ある意味モントゥーのブラームスは直系の演奏なのかもしれません。そういう手合わせの中でのシェリングのブラームスです。シェリングも燃えない訳はないでしょう。直球勝負の堂々としたブラームスを披露しています。これは掘り出し物の演奏です。