バードケージ---一億円の使い道 | geezenstacの森

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バードケージ

著者 清水義範
発行 NHK出版 

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 「竹沢遥祐(たけざわ・ようすけ)は大学受験に失敗し、東京で憂鬱な浪人生活を送っている浪人生。 瀬戸川忠(せとがわ・ただし)という男の命を助け、その男から1億円を3か月以内に使いきるという"ゲーム"を持ちかけられ、挑むことになった。 実は瀬戸川は、金の力で娘の恋を壊し、自殺させてしまったという苦い過去があり、彼の価値観の源となっていた「カネ」に絶望感を持っていた。そこで遥祐に、「幸せなカネの使い方」を見せて欲しいというのだ。 しかし実際、18歳の青年にとって、1日100万円以上を使うのは至難のことであった。 遥祐はある日、タレントの卵・笹原真由(ささはら・まゆ)と美少女と知り合いとなり、彼女がテレビ番組で訪れたことのあるネパールへ共に行く。 さらには瀬戸川をもネパールへ誘った遥祐は、瀬戸川にある決意を伝え、その計画を共に実現させようと訴える……。---データベース---

 「バードケージ」、直訳すれば「鳥かご」ですな。こういう映画があったのはご存知ですか?1996年の作品で「Mr.レディMr.マダム(1978年)のリメイク作品ですから、清水氏特有のパスティーシュとしてもゲイものかなということで最初はあまり触手が動かない作品でした。ところが、娘が学校の図書館でこの本を借りてきて、夏の読書感想文を書くということで読んでいたのを横目で見て、その感想を聞いてみると、どうも青春小説らしいので「イマジン」の系列の作品かなということでおこぼれで読んでしまいました。

 まあ、パスティーシュはパスティーシュなのでしょう。どこかで聞いた話だなぁと言う時事もののネタをうまく使って、ストーリーを組み立てて作っています。冒頭は主人公の竹沢遥祐(18歳)がゲーム・センターで時間を潰している場面なのだけれど、雰囲気的に「イマジン」と似ています。そういえばこの作品の同じ2003年の出版です。その後、駅のホームで線路に落ちた男性、瀬戸川忠(55歳)を助けたことから、3ヶ月で1億円を使いきるという、その男が提案するリアルなゲームを実行することになります。ちょうどこの時期テレビ朝日系で「いきなり黄金伝説」の、1ヶ月1万円で生活が始まっています。そういう状況の中に、さらに「世界ウルルン滞在記」のパロディになる「タリラン滞在記」なるものが盛り込まれ、ここで登場する女優の卵みたいな女の子の笹沢真由(遥祐と同じ歳)のネパール訪問がきっかけとなって、遥祐も彼女と再度ネパールに行くことになります。おまけに、執筆先がNHKだったこともあり、彼女はNHK朝ドラマのオーディションも受けて、主役級の役をゲットする女優に成長していきます。そして、1値億円の残りは、瀬戸川をも巻き込んでNPO団体を遥祐自身が立ち上げるというクライマックスに向かっていきます。

 少年の家族からの脱皮、金の使い方のリアルな思考方法などが清水義範流のさわやかなタッチで描かれ、イマジンとはまた別の少年の成長ストーリーになっています。

第一章 袋小路
第二章 謎の男
第三章 一億円
第四章 ゲーム
第五章 買い物
第六章 拠点
第七章 出会い
第八章 秘密
第九章 秘境
第十章 ネパール
第十一章 学校
第十二章 希望
第十三章 挑戦
第十四章 ゴール

 という内容で、ひと言でいえば成長小説なのだけれど、冒頭の大学受験に失敗した浪人の予備校生遥祐の心理の描かれ方は、作者自身の実体験が織り込まれていてなかなか真実味があります。そういう点では「学問ノススメ」の挫折編と似たような設定ですが、こちらは予備校で友達らしい友達が出来ないという設定がやや違うところです。それに両親が2月に離婚していて(母親と妹の久美は浜松に)家族環境が壊れ、そのショックが尾を引いているという設定もあり、やや心理的に屈折している感じはこちらの方がよく描かれています。そのために勉強に身が入っていない状態で「1億円ゲーム」が始まってしまいます。まあ、ここでは予備校生の生活を描くのが目的ではないので、ゲームが始まってからは受験勉強はお休みです。舞台はほとんど東京で、時期的には梅雨の末期からその年の年末までの数ヶ月の出来事です。1億円を3ヶ月で使うという少年にとっては破天荒な状況設定に最初はわくわくしますが、ゲームのための決まり事の中で使う1億円は……やはり難しいわな。

 欲しいものが何でも買えると思っていた遥祐は買い物をするだけではお金に操られているだけで、使わなくてはとお金に縛られているだけだと次第に焦ってきます。使うためのルールもなかなか面白くどうやって使っていくつもりなのか?自分だったらどう使うだろう?最初の100万単位での消化は読んでいる方も何に使うのか期待感がありますが、奇抜なことが起こったりしないのでややもの足りなく感じる人もいるかもしれないけれど、一般人の発想はこんなもんでしょうね。個人的にもそんな高い腕時計買ってどうするのという気はあるし(小生は現在腕時計は持ち合わせていません、携帯で事足りますもんね)、状況からして、ワンルームマンションに高級家具を揃えるには不釣り合いですからねぇ。いつもの清水義範ワールドのユーモアという点では5段階評価ならちょっと低くて3.5ぐらいの出来かなという感じがします。

 それでも、途中からそのゲームから話が移り、遥祐の心にも変化が訪れてネパールに学校を作ろうという爽快なラストへと向かっていくのが気持ち良いですね。なんかこの話は、パロディでなく最近の某番組がカンボジアに小学校を作ろうというプロジェクトに波及しているような気がしますね。ただ、この小説でも書かれていますが、学校を建てるのは簡単だがその後の維持が難しいということです。その某番組の基金で建てられた小学校はもう廃校寸前になっているとか。遥祐のようにNOPの組織にして維持管理が継続して出来る体制を作ることが大事なようです。そういう意味ではこの小説の方が説得力があります。それはおいといても、お金はありすぎてもなさ過ぎてもだめなんだよと、再認識させてくれる作品だったと思えます。やっぱりどう使えばお金が生きてくるのか、それが大切なのだと感じました。