勝利への讃歌:Here’s To You

ビクター SS-2100
小生は多感な時代に、いい音楽にたくさん巡り会うことが出来ました。特に学生時代にはFM放送が始まり、ステレオでレコードと同じ品質の音楽が聴けたのは幸せでした。また、高校時代に映画の世界にも目を見開くことが出来、映画音楽を通じて様々のジャンルの音楽を知るところとなりました。そういう経験の中で、記憶に深く結びついている曲が、この「勝利の讃歌」です。
さて、元になる「サッコとバンゼッティ事件」は、敢えて言えば、偏見と敵意によるアメリカ裁判史に残る恥ずべき冤罪事件です。ふたりのイタリア系移民のアナーキスト、ニコラ・サッコとバルトロメオ・ヴァンゼッティがボストンで強盗殺人の犯人とされた事件です。「疑わしきは罰せず」の裁判の基本から逸脱しているのみならず、証拠や証言の不確実さ、あるいはでっちあげがありながら、マサチューセッツ州とボストン裁判所は、国内および国際社会からの抗議を受け入れず1927年4月、マサチューセッツ州最高裁で死刑が確定し、8月に電気イスに送られます。サッコ36歳。バンゼッティ39歳でした。
1920年代のアメリカは、ブルジョワ階級の機嫌を取り、ブルジョワ階級に取り入る事が出世の近道でした。ウェブスター・セイヤー判事は、この生意気な活動家を死刑にする事によって、マサチューセッツ州の上流階級に喰い込もうとしたのです。結果、アメリカのみならず、全世界で抗議集会が開かれ、セイヤー判事の出世の道は閉ざされたのです。
ヴァンゼッティが獄中で、ジャーナリストのインタビューに答えた言葉があります。
「わたしが、こういう目に合わなかったとすれば、わたしはきっと、人々から蔑まれて、一生涯を過ごしたことだろう。わたしは、誰にも認められず、人生の敗残者として、死んでいったことだろう。ところが、俺たちは今では敗残者ではない。俺たちには、素晴らしい生涯が与えられ、俺たちは、勝利を収めた。こんな大事業は一生かかったって、できやしない。ところが、俺たちはいま、まったくの偶然で、この大事業を成就した!
俺たちの命、俺たちの苦しみ、そんなものは何でもない! 俺たちは、いま殺されようとしている。善良な靴屋と、かわいそうな魚の行商人が、殺されようとしているんだ!
だが、あなた方が、俺たちのことを、ちょっとでも考えた時、あなた方は、俺たちのものなんだ! 俺たちの最後の苦しみは、俺たちの勝利なんだ!」
俺たちの命、俺たちの苦しみ、そんなものは何でもない! 俺たちは、いま殺されようとしている。善良な靴屋と、かわいそうな魚の行商人が、殺されようとしているんだ!
だが、あなた方が、俺たちのことを、ちょっとでも考えた時、あなた方は、俺たちのものなんだ! 俺たちの最後の苦しみは、俺たちの勝利なんだ!」
裁判による冤罪(えんざい)は証明されていませんが、1977年にアメリカではミニドラマでこの事件が再び取り上げられ、それを契機にマサチューセッツ州は「裁判は公正と言えず偏見に満ちたものだった」とする知事声明を発表しています。さらにボストン市は1997年に記念碑を建立し、二人の名誉は回復されました。現在でもボストン市立図書館には彼らのデスマスクとともに、死刑執行直前まで二人が獄中でつづった手紙が所蔵されています。その死刑執行5日前のサッコの手紙はこう結ばれています。
死の館(死刑が執行された州刑務所)は州の恥辱の象徴である。いずれ破壊されるべし。跡地には工場か学校を建設できないか。
その願いがかなったのか偶然なのか、いま跡地には市民向けの小さな大学が建っているそうです。
この曲は、1920年のアメリカで起きた「サッコとバンゼッティ事件」(The Trial of Sacco and Vanzetti)を描いた映画「死刑台のメロディ(1971、イタリア.フランス)」の主題歌です。原曲のタイトルは「Here’s To You」(あなたがここにいる:あなたを祝福)で、日本では「勝利への讃歌」「勝利への賛歌」と訳されましたが、今なら「Here’s To You」と、そのままのほうがよいと思うのですが、当時は日本語の題名を付けることが当たり前だったので、ジョーン・バエズの1960年代のヒット曲の「勝利をわれらに」と「愛の讃歌」をくっつけたような、奇妙なタイトルになっています。
ジョーン・バエズはふたりに寄せる想いとふたりの生前のステートメントの語句を引用してこの詩を作りました。「Here’s To You」の四行詩は、これ以上の言葉は必要がないと思わせる素晴らしい詩です。「Here’s To You」は、「あなたたちがここにいる」で「君に乾杯」という意味でも使いますが、この歌では、「長い投獄生活から、やっとここに帰ってきた」と、悲しみを湛えて、死刑執行で開放されたふたりををねぎらう言葉になっています。「That agony is your triumph」は、二度とこのような悲劇が起こらなくなったときですが、残念ながら世界中で、もちろん日本でも未だに冤罪事件が起きています。最近では足利事件がその例ですが、忘れられないのは松本サリン事件ですね。
イタリア人の事件を扱ったということで、この映画では大御所の有名なイタリアの作曲家エンニオ・モリコーネ(Ennio Morricone)が作曲を担当していました。そのモリコーネの演奏で歌うジョーン・バエズの声は力強く、そして悲しく、映画の一シーンとともに記憶の中にとどまっています。何時になったら「勝利」のときは来るのでしょうか?
Here’s To You (Ennio Morricone & Joan Baez)勝利への讃歌:歌詞
Here’s to you, Nicola and Bart
Rest forever here in our hearts
The last and final moment is yours
That agony is your triumph
Rest forever here in our hearts
The last and final moment is yours
That agony is your triumph
勝利への讃歌(訳詩)
あなたたちを祝福する、ニコラとバート
わたしたちの心の中で永遠のやすらぎを
最後の最後の瞬間はあなたのもの
受難があなたたちの勝利となるとき
わたしたちの心の中で永遠のやすらぎを
最後の最後の瞬間はあなたのもの
受難があなたたちの勝利となるとき
歌える歌詞を楽譜に載せるとこうなります。

1.ねむれニコラとバート
闘い疲れた 悲しみの二人の
■上に日は落ちて 2.ねむれニコラとバート
二人の勝利は 真実の勝利さ
■安らかに眠れ
闘い疲れた 悲しみの二人の
■上に日は落ちて
二人の勝利は 真実の勝利さ
■安らかに眠れ
3.ねむれニコラとバート
誰も忘れない このとわの真実(まこと)を
■いつもいつまでも
下は2010年の映像ですが、エンニオ・モリコーネはまだカクシャクとしていますね。
誰も忘れない このとわの真実(まこと)を
■いつもいつまでも
下は2010年の映像ですが、エンニオ・モリコーネはまだカクシャクとしていますね。
ダリア・ラヴィは英語、フランス語、そしてドイツ語で「Here's to you」を歌っています。
最近ではゲームソフトの「メタルギアソリッド4」のエンディングテーマにもなってたんですね。知りませんでした。
ジョーン・バエズ 1960年代、“フォークの女神”と呼ばれていたのがジョーン・バエズ。41年にニューヨークで生まれた彼女は、ボストン大学在学中からギターを片手に歌い始め、50年代の終わりに当時最大規模のフォーク・フェスティバルだった“ニューポート・フォーク・フェスティバル”に出演します。既にアメリカはベトナム戦争に突入しており、反戦集会の様相も呈していたこのフェスティバルに、彼女はなんと真っ赤な霊柩車で乗り付けて反戦をアピール。繊細かつ艶やかな伸びのある高音ボーカルは聴衆を虜にし、一夜にして彼女はヒロインとなったのでした。 デビュー当初、彼女のヒット曲は、「ドンナ・ドンナ」(ドナドナ)、「朝日のあたる家」、「風に吹かれて」など、どちらかというとトラディショナルやスタンダードが中心で、それほど過激なメッセージを歌うものではありませんでした。しかし60年代半ば、ベトナム戦争が深刻さを深めていくにつれて、反戦の思想を込めた「勝利を我らに」といった歌が多くなってきます。66年には反戦運動家デビッド・ハリスと結婚し、ますますその傾向が強くなっていく中、67年1月にバエズは初めての来日公演を果たします。 当時は日本でも安保闘争で激動の時期。各地を公演して回った彼女は、「歌手であるよりもまず人間。次に平和主義者です。」と語り、「雨を汚したのは誰」や自作曲の「サイゴンの花嫁」といった反戦歌を披露。聴衆は感激に包まれました。ちなみにこのとき、森山良子が“和製ジョーン・バエズ”としてデビューしたのをご記憶の方も多いのでは? なお、このステージの模様はテレビ中継もされましたが、アメリカ政府当局の圧力で、司会者がバエズのコメントを訳す際に、「この「雨を汚したのは誰」は原爆をうたった歌です」を「この公演はテレビ中継されます」に、「私は自分の払ったお金がベトナム戦争のために使われたくないので税金を払うのを拒みました」を「アメリカでは税金が高い」にと、意図的に誤訳したという話が残っています。 ベトナム戦争終結後も、一貫して自由と平和を訴えながら活動を続けているジョーン・バエズ。最後に彼女の名言を紹介しましょう。「人はどう死ぬか、いつ死ぬかを選択できない。どう生きるかこれだけは決められる。さあ、決めるのです」。ヤマハ「おんがく日めくり」より