
宍道湖の湖畔に建つホテルで、横浜の会社員・落合和彦が「殺される!」という悲鳴とともに転落死した。その1ヵ月前、彼の恋人・塚田千秋も旅行先のレマン湖畔のホテルで転落死していた。そして落合が殺された同日、横浜でも殺人事件が発生。3つの事件の関連は? 浦上伸介が真犯人のアリバイを解き崩す!---データベース---
講談社文庫版は2002年に発売になっていますが、元々は1986年7月にカッパ・ノベルスとして出版されたものです。ですから登場するのは国鉄であり国電です。歴史を感じさせます。この作品はまた、「湖シリーズ」の第1作でもあります。なぜここで、この初期の作品を取り上げたかというと、これもまた海外旅行が殺人のおおもとにあるという点で、前回取り上げた「巴里の殺意ーロ-マ着18時50分の死者」の底本になっているからです。ここではまだ、前野美保ちゃんは登場しません。その代わり、転落死した男の妹である落合玲子が浦上と行動を供にして事件を解決していくという設定になっています。まだ、この時点では浦上伸介のトレードマークとなっている焦げ茶のブルゾンは登場しない所が初期の作品であることを物語っていて新鮮です。
8月6日夜8時ごろ、山陰の城下町松江市の宍道湖畔に立つホテルの6階から男が転落死します。男の名は落合和彦といい前々日から一人で宿泊していました。転落死する直前、両隣の部屋の客は落合の部屋で争う音を聞き、さらに落合の「殺される。誰か」という絶叫のあとに落合が転落しました。状況から捜査本部では殺人と断定し、聞き込みを開始するも犯人の影はおろか、不審者すら洗い出せなません。
落合和彦は横浜の資産家の長男で、厳格な両親と仲のよかった妹玲子は落合の死を信じられない様子であったし、もちろん落合和彦を殺したがっている人間に心当たりなどありませんでした。
落合和彦は横浜の資産家の長男で、厳格な両親と仲のよかった妹玲子は落合の死を信じられない様子であったし、もちろん落合和彦を殺したがっている人間に心当たりなどありませんでした。
一方、落合の死とほとんど同じ頃、横浜鶴見で一人の男が殺されます。こちらの男の名は岩橋重利。1DKのマンションの一室で、猿轡をかまされたうえ手足を縛られ、ナイフをつきたてられて死んでいた。調べると、岩橋は前科三犯で住所を転々としており、現在何をやっているのかも不明です。岩橋は8月6日午後1時半、横浜駅西口の家具屋に現れて書棚の注文をしていたことから、その配達に来た店員に死体を発見されたのですが、それが岩橋が生きている最後の目撃でした。その後ナイフをつきたてられてからも暫くは生きていたらしいく、死亡時刻は犯行後22~24時間もたった翌7日の午前11時ごろと鑑識は推定します。
さて、浦上伸介は週間広場の連載で横浜の事件ということで最初はこの岩橋の事件を取り上げることになり、毎朝日報の谷田に密着します。ところが捕らえどころのない事件であることがわかり、編集長の指示でたれ込みのあった松江の殺人事件を追うことになります。そして、事件の被害者の妹である落合玲子に会って話を聞くことになります。玲子によれば落合和彦には10年来の恋人である塚田千秋という女性がいたことがわかります。
ところが千秋が飲屋の娘であったことから、両親が猛反対して、付き合っていることも隠します。千秋が結婚、離婚してもその思いは変わらないという純愛を貫く性格でした。その千秋が1月ほど前にヨーロッパを旅行中、レマン湖畔のジュネーブでホテルのベランダから転落し死亡してしまいます。現地の警察では事故死として処理しますが、同じツアーに参加し同室であった小野邦江によれば、事故死ではなくツアー参加者の男性とのトラブルで、殺された可能性が高いといいます。というより、邦江は間違いなく殺人と信じていました。邦江はそのことを千秋の恋人であった和彦に告げ、落合和彦は怒りに燃えて千秋殺しの犯人を突き止める行動を起こしていた跡が伺えます。
浦上はこの話を聞くと、落合和彦は千秋事件の犯人を突き止め、その犯人をレマン湖畔と相似する宍道湖畔に呼び寄せたが返り討ちにあったと推理し、玲子とともに千秋殺しの犯人を調べ始め、ついにその男が岩橋重利であったことを探り出したのです。二つの事件がひとつに結びつきますが、落合和彦は千秋の仇として岩橋を突き止めたにしろ、岩橋は横浜で瀕死の状態であり、時間的に松江に呼び寄せることはできません。逆に岩橋を殺しに落合和彦が松江から横浜に行ったという仮説を立てても、交通機関の関係で落合が死んだ時刻までに松江に戻ることができません。二つの事件はなんとも奇妙な関係にあることが分かります。
このストーリーでも警察は絡んでいますが、ほとんど表には出てきません。ほぼ浦上伸介と落合玲子の二人が調査するというこのシリーズとしては王道の展開です。そして、海外旅行中の事件が根源にあるという点で「巴里の殺意ーロ-マ着18時50分の死者」で非常に良く似ています。ただ、このストーリーでは浦上がローマやスイスに出かけることはありません。
さて、結びつく二つの事件ですが、この事件を説く鍵は意外な部分にあります。ただ途中の仮説があまりにも現実離れしているのは、話しについていけない部分もあります。そんなこともあり、この作品はテレビドラマ化されてないようです。