手塚治虫 原画の秘密 | geezenstacの森

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手塚治虫 原画の秘密

著者 手塚プロダクション編

発行 新潮社

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 切り貼り、描き直し、ボツ…「漫画の神様」の苦闘の痕跡は、すべて「原画」に刻まれていた。門外不出の原画・下描き類がいま語る、手塚漫画の秘密とは?門外不出の「ナマ原画」「ボツ原稿」でたどる、“漫画の神様”の苦闘の痕跡。---データベース---

 手塚治虫は、よく「雑誌連載は“原作”である」と言っていました。つまり、漫画の雑誌連載はあくまでおおもとの“素材”であって、単行本が完成品だ、というわけです。そのため手塚作品は、単行本化にあたって必ず大幅な修正が加えられました。判型や版元を変えて出しなおす際も同様でした。その結果、同一作品で絵柄やストーリーが違ういくつものヴァージョンが存在することになりました。本書は、その一端を「原画」で検証するものです。
 たとえば名作『ブラック・ジャック』。第1話「医者はどこだ!」で、BJが初めて読者の前に顔を見せる記念すべきシーン。ところが原画でBJの「目」の部分をよく見ると、上から紙を貼って修正されているのが分ります。透過光撮影すると、下が透けて見えました。何とBJの目は、最初はもっと大きかったのです。キャラクターの生命である「目」に、ギリギリまでこだわっていた手塚治虫の姿勢がよく分ります。
 また、驚くべきは『ジャングル大帝』です。昭和25~29年に雑誌「漫画少年」に連載後、幾度となく雑誌再録や単行本化がされてきましたが、そのたびにすべて描きなおしているのです。判型が変わる場合はコマを切り貼りしてまで、新しい版型に合うサイズに原画を作り直していました。そして最終確定版となったのはほぼ25年後! ひとつの作品を四半世紀かけて修正しつづけ、完成させていったのです。その姿勢は執念を表していると同時に、自作に対する絶対の愛情と自信を感じさせます。
 本書では、手塚プロダクションの全面協力により、門外不出の原画や下描きが大量に登場します。中には、下描きだけで未発表に終わった幻の作品『ドライブラー』や『燈台鬼』も公開されます。
“漫画の神様”は、生涯に約700作品、枚数にして15万枚を描いたと言われています。しかし、それらが、いかなる苦労の末に誕生していたか。原画には、その苦闘の痕跡がすべて残っていたのです。


[目次]
序章 漫画の「原画」とは
第1章 「手塚漫画」ができるまで
第2章 色彩の魔術師
第3章 様々な変容
第4章 あらすじと人物紹介
第5章 ハサミとノリの芸術
第6章 失われた原画たち

取り上げられている作品
罪と罰/三つ目がとおる/MW(ムウ)/アポロの歌/火の鳥・望郷編/燈台鬼/火の鳥・乱世編/原人イシの物語/原色甲蟲図譜/昆虫標本画/ユニコ/お常(新・聊斎志異)/人間昆虫記/虹のプレリュード/ふしぎなメルモ/フィルムは生きている/ジャングル大帝/ドライブラー/ブラック・ジャック/ブッダ/鉄腕アトム/ふしぎな少年/アドルフに告ぐ/リボンの騎士/ぼくの孫悟空/バンパイヤ/どろろ/シュマリ/アトム大使/W3/スーパー太平記/フースケ風雲録

 先に紹介した「手塚治虫の奇妙な資料」がマニア向けの本ならば、こちらは一般読者を対象にした「手塚治虫」入門みたいな内容で手塚漫画の不思議世界の裏を知ることができます。もともとがトンボの本はビジュアルな視点で描かれていますから文章は適量で要点が簡素にまとめられていますから、理解がしやすいです。手塚治虫氏はは、ひたすらマンガを描きながら、ひたすら描き直してきました。
しかし、マンガは印刷された状態が完成品だから、「原画」段階でどんな描き直しがあったのか、一般読者が知る機会は、まずありません。その手塚治虫氏がいかに考え原画に修正を加えてきたか、たったワンカットのために苦闘を繰り返してきた「天才」の楽屋裏であるたたかいの痕跡を辿ることが出来ます。生涯で15万枚にも及んだ名作の数々は、決して一朝一夕に生まれたわけではなかったのですね。

 この本に収録されている図版は切り貼り、ホワイト(修正液)、コマの並べ替えが手塚治虫自身の手で何度も繰り返し行なわれたかを知ることが出来ます。ブラックジャックが初登場するシーンは、目に紙を貼って描き直されています。その部分を裏返して透過光撮影した図版で、もっと大きかった目の線が浮き出てくるのです。この部分に関しては新潮社のこの本の紹介のページにも例として取り上げられています。
http://www.shinchosha.co.jp/tonbo/editor/2006/602147.html

 また、本にはシッダルタ(のちのブッタ)の剃髪シーンは3度にわたって書き換えられていますし、透過光撮影で書き換える前の頭の輪郭線がクッキリ見えるところも紹介されています。さらに第3章の中では『ジャングル大帝』のオープニングが単行本化のたびに書き換えられる様子が、ずらーっと並ぶオープニングでわかります(オープニングの7バージョン変化!)。

 小生も学生時代の一時期、漫画家を目指していましたからこの創作過程は興味津々です。アイデア・メモ→キャラクターデザイン→ネーム→ペン入れ開始→修正→完成といった流れが、実際の原画・原稿と共に分かりやすく解説されています。それが単行本化のたびに、加筆修正し、切り貼りしてパズルのように再構成されていく生々しい制作の過程の原画の変化もすごい執念が感じられます。手塚治虫氏は終生クリエーターであり、自分の作品を最高の形で読者に提供しようとする監督であり編集者であったことが分かります。

 さすが虫プロ。ボツ原稿とかが今でも残ってるのが凄い! 巻末に「燈台鬼」という作品の没原稿が3ページに渡り掲載されています。週間少年サンデーに掲載予定のタイトル作でしたが未発表でした。その生のネーム入りの原稿を見ることが出来るのです。貴重です。

 「どろろ」「ブラックジャク」「火の鳥」「三つ目がとおる」「ジャングル大帝」「リボンの騎士」、 おなじみのマンガの原稿がどう描かれているかを写真で撮影しています。驚くべきは「リボンの騎士」で、同じシーンなのに雑誌発表時と単行本では描かれている登場人物がまったく別なものになっている(少女が白鳥に変更)ものまで存在するのです。 先の透過光撮影でその部分がはっきりと映し出されています。デジタルの修正作業をアナログで生原稿をじかに修正しているのですから凄い!

 今ならパソコンで簡単に出来るのでしょうが、そんなもののない時代に新作を書きながら、一方ではこんな作業までこなしていたとは天才のやることは驚異としかいえません。漫画家という職業が いかに時間と戦わなくてはならないか という「ひっ迫感」とともに、漫画を楽しんでいる姿が、この原稿の姿から伝わってきます。そして、この本の表紙に採用されている手塚氏の写真もそれを伺わせるにたるいい表情を捉えています。

 漫画好きなら読んでおいて、いや見ておいて損のない本です。