アンセルメのベートーヴェン-その1 | geezenstacの森

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アンセルメのベートーヴェン-その1
曲目/ベートーヴェン
1.交響曲第1番ハ長調 作品21 26:54
2.交響曲第3番変ホ長調 作品55『英雄』* 48:05
3.交響曲第2番ニ長調 作品36*** 33:21
4.交響曲第4番変ロ長調 作品60** 33:26
5.序曲『コリオラン』作品62** 7:06

 

指揮/エルネスト・アンセルメ
演奏/スイス・ロマンド管弦楽団
 
録音/1964
1958/10**
1960/04*
1960/01***  ヴィクトリア・ホール、ジュネーヴ
P:ジェームズ・ウォーカー

 

豪DECCA 4800391

 

イメージ 1

 

 最近入手したCDの中で真っ先に封を切ったのはやはりアンセルメでした。このオーストラリア盤のアンセルメのベートーヴェンは初の全世界発売盤というふれこみです。今までは国内だけでアンセルメのベートーヴェン交響曲全集が発売されていたのですね。でも、国内盤は全集という形での発売で分売はありませんでした。このオーストラリア盤は2枚組ずつ3セットでの発売です。欲しい曲だけ購入出来るのでこれはありがたい発売方法です。でもって、国内盤より価格は安いですしね。でも、ちょっとした違いがあります。下は国内盤のデータですが

 

 1番、1963年録音、9’41+7’10+4’04+5’57=26’52、2番、1960年録、10’34+11’59+3’46+6’59=33’18、3番、1960年録音、14’34+15’15+5’59+12’15=48’03、4番、1958年録音、12’39+9’46+5’54+7’15=35’34、コリオラン、1958年録音、7’06、ということになっていてオーストラリア盤の表記と微妙に録音年が異なっています。

 

 DECCAのデータは再発されるたびにコロコロ変わりますからあまり当てにはなりませんが、まあステレオ初期の録音ということでは間違いないでしょう。アンセルメはブルックナーやマーラーこそ録音していませんが結構ドイツものも録音しています。ですが、従来からドイツ音楽はあまりよい評判を聞きません。特にベートーヴェンの交響曲全集(1958-63録音)は、長らくドイツ的伝統からかけ離れた異端児のような扱いを受けてきました。しかし、この何ともニュートラルでこてこてでないベートーヴェンは古楽器による演奏や室内オーケストラの演奏で親しんだ耳には全然違和感はありません。スタイルこそは1960年代のオーソドックスなものですが、そこかしこにアンセルメの個性がにじみ出た表現を聴き取ることが出来て、成る程こういう解釈もあるのかと一人納得してしまいます。

 

 このCDでは、1枚目が1、3番、2枚目に2、4番とコリオラン序曲が収録されています。日本盤の全集は序曲との分散の形で収録されていてまるでパズルの当てはめのような構成ですからじっくり聴こうと思ったらこのオーストラリア盤をお勧めです。

 

 まずは交響曲第1番ですが、ここには躍動感ある音楽があります。最近はノーヴァー・バンドのピリオド楽器のベートーヴェンを聴きましたが、テンポといいリズムといいその演奏に通じるものがあります。一般のフルオーケストラではずっしりと重心の低いベートーヴェンが展開されますが、スイス・ロマンドの演奏はいつもいわれることですが弦の響きが薄いので聴覚的には室内オーケストラの感覚です。アンセルメは自分で創設したこのスイス・ロマンドの特徴を生かして、確信犯的にそういうアプローチでこのベートーヴェンに臨んだのではないでしょうか。

 

 そう考えれば、この弦の響きにしてこの管楽器の響きということが出来ます。それは通常のオーケストラで聴くバランスではなくやや強めのバランスで吹かせている点です。ですから木管の響きも金管の響きも非常にクリアに聴き取ることが出来ます。いい意味新鮮な感覚で聴くことが出来ます。最初にこの曲が収録されているのは多分プラスに作用しています。全集的にも一番最後の録音で、アンセルメのベートーヴェンというものが一番いい形で表現されているのではないでしょうか。ここにアンセルメのベートーヴェンの最終形が見える気がします。

 

 

 次は交響曲第3番「英雄」です。この演奏はLP時代から親しんだもので、アンセルメのベートーヴェンはこの演奏でイメージが作られました。当時は、まだクラシックを聴き始めたばかりで「英雄」もカイルベルト、カラヤン、ジョージ・ハーストなどを持っていただけでした。これらの演奏はいわゆる近代オーケストラの演奏で、それこそ第1楽章コーダのトランペットの改変による演奏が一般的なものばかりです。その中でも、アンセルメの「英雄」は一際このトランペットの響きが飛び出ていて惹き付けられたものです。ここぞとばかりにフォルテで吹き捲くっています。14分台で駆け抜ける第1楽章はまさに、アレグロ・コンブリオで快適なテンポです。続く第2楽章、いわずと知れた葬送行進曲ですが、この楽章はさすがに重ぐるしいアダージョ・アッサイです。しかし、メロディの扱い方が巧みで沈んではいません。歌っているのです。カンタービレですね。中間部では、わざとアクセントをつけてややテンポを上げながら突き進んでいきます。そして、ここでもトランペットの強烈な雄叫びがかまされます。こういう演奏は初めての体験でしたから最初聴いた時は度肝を抜かれました。でも、全体としては15分台ですからモントゥーやドホナーニ、クルト・マズア辺りよりも遅いテンポです。第3楽章は本来はホルンが活躍する楽章ですが、こういうトランペットがあるもんですからやや霞んでしまいます。でも、まあこれが普通のバランスなんでしょうがね。でも、楽章全体としては非常にリズミカルです。やはり、バレエで鍛えられたリズム感なんでしようか。第4番楽章はフィナーレということでじっくりと音楽を作っています。この楽章は変奏曲ですからそういうところにスポットを当てて、時には大きくテンポを落としたり、アッチェラランドをかけたり、メロディの後半を強調したりと一つ一つの変奏を変化をつけながらきっちりと積み上げていっています。いゃあ楽しい演奏です。

 

 

 2枚目のCDは交響曲第2番が3番と同じ年の録音です。これも生気あふれる演奏です。第1楽章は序奏からアレグロ・コン・ブリオの主部に入ると、アンセルメは棒は熱く燃え上がり、アクセントを強調して思いの外激しいベートーヴェンを聴かせてくれます。録音の鮮度こそ違いますが、こういうような手法をとった演奏ではアバドのものがあります。アバドはその全集の中で、交響曲第1、2番だけは録音会場をフィルハーモニーの小ホールで編成を小さくして録音しています。スイス・ロマンドの音は透明感が保たれた上、リズムを明確にし、スフォルツァンドなどをかなりはっきりつける演奏は、分厚い響きの中で重量感あるベートーヴェンを聴き慣れた耳にはとても新鮮で、刺激的でに響きます。室内楽的演奏といえば、ティルソントーマスの演奏もこの系統に入るのではないでしようか。だから、世間から注目されなかったんだろうなぁ。ただ、リズム感はアンセルメの方が一日の長があります。まあ、この曲を作曲した時期はベートーヴェンはこの第2番を作曲中より耳の聞こえがかなり悪化し、いわゆる「ハイリゲンシュタットの遺書」を書くほど追いつめられていたようです。一方で恋に燃えていたともいわれています。アンセルメのアプローチはそういう青春時代の情熱を感じさせる演奏です。

 

 

 スイス・ロマンド管弦楽団はスイスのフランス語を話す地方のオーケストラといわれています。つまりは、それだけフランス色が濃いということでしょう。確かにこのオーケストラはフランスものの演奏にかけては天下一品の上手さがありました。で、このベートーヴェンが録音された時代はそのフランス色がさらに色濃く残っていた時代でもあります。後にミュンシュがパリ音楽院管弦楽団を改組して作ったパリ管を軌道に乗せるために管楽器をごっそり変えたというのは有名な話しです。「のだめ」でいうところのパソン(バスーン)からファゴットへの変更ですな。ですから、スイス・ロマンドもそういう管楽器の音色を持っていたのです。こういうところが、アンセルメの演奏をしてドイツ的ではないと言わしめる根拠にもなっているのでしょう。

 

 表現が上手くありませんが、ペラペラの薄い響きにビブラートを漂わせ、明るく華やかな歌う音色は、まさにフランス系ならではの音です。そして、よくも悪くもこれがアンセルメが作った音なのです。こういう音で、ベートーヴェンの交響曲第4番も演奏されます。先にも書きましたが、弦が室内楽的な響きで管楽器がこういう音ですから自ずとドイツ的でない音になってしまいます。それを承知で演奏するアンセルメも凄いですが、それがつまらないかというとそうで無いから不思議です。これだけリズム感が匂い経つ演奏はそうそう聴くことは出来ません。小生などは生理的にうきうきしてくるテンポで曲が押し進められます。これはしばらくはアンセルメのベートーヴェンにどっぷり浸かることになりそうです。

 

 ベートーヴェンとは関係ありませんがアンセルメが1964年に単身来日してNHK交響楽団を客演した映像が最近YouTubeにアップされていました。ここではブラームスの交響曲第3番を指揮していますが、80歳を過ぎても矍鑠としたこの指揮姿に圧倒されます。プレヴィンとは大違いです。映像も音も貧弱ですが、聴き惚れてしまいます。

 

 

 

*残念ながら映像は削除されたようです。