イヴが死んだ夜 | geezenstacの森

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イヴが死んだ夜

著者/西村京太郎
出版/集英社 集英社文庫

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 氷雨の夜、浅草寺境内で若い女性の全裸死体を発見、太股にほどこされたバラの刺青の謎は?家出した良家の子女がたどった3年間の軌跡を見事なタッチで描く長編サスペンス。---データベース---

 1978年に週刊明星 '78/1/1~'78/7/21に発表された作品です。まだトラベルミステリーなるジャンルが確立される前の作品ということで、旅の旅情というものは感じられませんが、ここでは岐阜の長良川の鵜飼がおこなわれる地方や仙台が舞台として登場します。何よりもこの小説が新鮮に感じられるのは、その舞台の設定が十津川警部シリーズの最初期であることです。

 この小説の舞台となるイヴが殺された事件は十津川警部がインターポールに派遣されていたパリから帰国直後の出来事だということです。その頃十津川警部は岩井妙子という女性と婚約しています。ただ、彼がパリにいる間に彼女は他の男に抱かれてしまいます。そのことで十津川は彼女が許せません。この時代がまだそうだったということで、十津川も古いタイプの人間だったのでしょうな。そして、この彼女が過ちを起こした男がこの事件に大きく絡んでいるのです。

 この時代の作品は量作はしていませんから構成は緻密です。この作品で亀井刑事は48歳という年齢に設定されています。そして、十津川警部は亀さんよりも一回り近く若いとだけ表現されています。一般的には40歳ということですが、この後直子と結婚しているのが40歳ですから少なくともまだ30代であろうと推察されます。それにしても、このシリーズかなり読んでいますがこんな形で十津川警部に婚約者があったとは知りませんでした。そして、登場する人物の常でこの婚約者の女性、岩井妙子は十津川警部に愛されることも無く殺されてしまうのです。それも、脇役として知らないうちに殺されてしまうのですからかわいそうなものです。

 さて、最初に殺されるイヴなる女性。最初は身元不明ですが太ももに薔薇の入れ墨があるということでこれが有力な手がかりとなります。しかし、入れ墨を彫った人物はなかなか特定出来ません。どうも素人が彫ったような稚拙な仕上がりなのです。別にたれ込み電話があり、そのルートから彼女の身元が判明していきます。そのキーワードは「あゆ」でした。そこから連想されるのが岐阜県は長良川の鵜飼ということで、行方不明者の捜査依頼を岐阜県警に頼みます。殺された女は美人でした。その特徴から岐阜県警は3年前に失踪している岐阜の旧家の長女ではないかというのです。

 こうして事件は、岐阜県への広がりを見せます。しかし、その間に十津川警部には彼女から事件の役に立てるのではという電話が入っています。彼女へのこだわりから十津川警部はこの電話を無視してしまいます。まあ、このこだわりが事件の解決を遅くしてしまうことは否めません。何しろ彼女はこの事件に深く関係している自称詩人の長田史郎と肉体関係を持っていたのですから。
 
 一つづつベールが剥がれていく小気味よい展開と、そこに絡んでくるもう一人の女の飛び降り自殺。この女の太ももにも同じ薔薇の入れ墨がありました。そして、この女の影にも容疑者の長田史郎の影があります。しかし、事件は意外な展開になります。何と探していた長田史郎が自分から出頭して来るのです。取り調べに当たる十津川警部は感情のタカぶりから彼を殴ってしまいます。今の設定からするととんでもない十津川警部の暴走です。まあ、自分の彼女が絡んでいるということでは分からないことも無いですがね。

 ところで、この事件で捜査する刑事は普段耳にしたことの無い連中です。亀さん以外は、井上刑事、石井刑事なが登場してそこそこ活躍します。そして、もう一つ特徴的なのは合同捜査となっている岐阜県警の野崎警部もそこそこ活躍するのです。この刑事の地道な活躍が無ければ岐阜での捜査はかなり困難であったことが予想されます。そして、登場からラストまでちゃんとポジションを与えられていますから合同捜査の意義はちゃんと果たされています。最近の作品では地方の県警の刑事はほんのちょい役でしか登場しませんからこういう点でも読み応えがあります。

 なによりも、フーダニットがきっちり描かれている点も初期の作品の質の高さを伺わせます。そして、最後のどんでん返し。これも見事です。久々に満足の読後感です。