ハーディングのベートーヴェン |
曲目/ベートーヴェンン
1.劇音楽 「アテネの廃墟」序曲 Op.113
2.交響曲 第6番 ヘ長調 Op.68 「田園」
3. 交響曲 第5番 ハ短調 Op.67「運命」
指揮/ダニエル・ハーディング
演奏/マーラー室内管弦楽団
演奏/マーラー室内管弦楽団
録音/2003/09/09、サントリーホール

ブルーレイには興味がないので、今のところハードディスクに録り貯めた映像はDVDにせっせとコピーしています。そんな中で2003年の日本公演のハーディング/マーラー室内管弦楽団の演奏が見つかりました。この年のこのコンビの名古屋公演は聴きにいっていましたが、曲目は「アテネの廃墟」意外はだぶっていませんでした。非常にエキサイティングなコンサートでしたから、このNHKが放送してくれたサントリーホールのコンサートも聴き逃せない内容でした。もう6年も前になるのですなあ。
今年の新日フィルを振ったコンサートには行けなかったのでよけい懐かしいものを感じた次第です。当時のマーラー室内管弦楽団は結成後まだ数年しか経っていない若いオーケストラだったのですが、アバドが育てたオーケストラだけあってしっかりしたアンサンブルでハーディングのもとしっかりしたアイデンティティを持っていると感じたものです。
当時はあまりきちっと映像を観ていなかったのか、今回改めてその映像を見て新しい発見がありました。マーラー室内管弦楽団はその名の通り室内管弦楽団の編成なのですが、室内管弦楽団の編成としては最大規模の大きさでしょう。ですから響きの点ではベートーヴェン時代の編成と同等と言えるのではないでしょうか。で、その配置ですが第2ヴァイオリンが右側という対向配置をとっています。ここまでは以前も気がついていましたが、よくよく観てみるとその後ろにヴィオラ、チェロと並び何とコントラバスは左側の第1ヴァイオリンの直ぐ後ろという配置です。そして、ティンパニは最右翼に位置しています。つまりはチェロの右側ということですね。金管ではホルンだけは木管グループと同じステージ中央奥に、その他の金管は右奥のティンパニの前です。うーん、こんな配置で演奏していたとは気がつきませんでした。ウィーンフィルなんかは古典を演奏する時は、コントラバスがよく中央に配置されますが、ヴィオラは中央左の指揮者の直ぐ目の前という位置だったと思います。で、今年の新日フィルとの演奏会を確認してみると、やはり同じ配置をとっています。ただ、コントラバスは第1ヴァイオリンの並びではなくもっと左奥のポジションでびっくりしました。まあ、この配置は「ハーディング流」が徹底されたものなのでしょうね。
劇音楽 「アテネの廃墟」序曲から果敢なアプローチの演奏です。ふつう、序曲なんかは小手試し的にあっさりと演奏するものなのですが、ハーディングはきびきびとした指揮で的確な師事を出していきます。ややオーバーアクションかなと思わせる動きですが、紡ぎだされる音楽はさすが晩年のベートーヴェンの作品と思わせるスケールの大きな音楽になっています。
次はメインプログラムの「田園」です。ノンヒブラートのピリオド奏法を実践しているハーディングの解釈は、全体的に早めのテンポで、活きのよさを強調しています。対向配置なので通常編成のオーケストラならマスキングされてしまう第2ヴァイオリンの旋律がくっきりと浮かび上がり、やや小ぶりの編成は新鮮な響きを聴かせてくれます。指揮者を中心として楽団全体で納得しながら音楽を作り上げているという迷いのない緻密なアンサンブルはメロディーを実にエレガントに、ニュアンスたっぷりにうたいあげてくれます。
第2楽章はさわやかな田園風景が描き出されます。特にフルート、オーボエという木管がチャーミングな歌で彩りを添え、木漏れ日の降り注ぐ森の中を流れる小川はキラキラ輝きながら流れているようです。さぞかし19世紀の空気は新鮮で済んでいたのかなと思わせる響きです。第3楽章以下も各パーツがそれぞれの音を主張しながら、それでいて全体は一つに纏まって雄大なベートーヴェン・ワールドを描いています。先に配置が変わっていることを書きましたが、その配置からこれほどのサウンドを引き出すとはハーディング恐るべしです。しかし、この演奏に対して聴衆は戸惑いがある反応で、演奏後の拍手はまばらです。そういえばまだ、ハーディング自体があまり認知されていなかったのか、客席にも空席があちこち見受けられる映像です。
最後の「運命」の第一楽章は運命の動機がたたみ掛けるように演奏されます。ハーディングの基本姿勢は古楽的アプローチの典型と言えますが、カラヤンなんかもこういうアプローチの仕方ですから一概にそうとも言えません。第一楽章はこのテンポであっという間に駆け抜け、続く第2楽章もスケルツォも、表面的なテンポは違っても、感覚としては同一の速度でオケをドライブしているかのように感じられます。そのため「苦悩から歓喜へ」という、このシンフォニーが内蔵しているテーマは、前半の2楽章はやや軽いイメージがしてこの曲を最後に持ってきた意義がやや疑問に感じられるのも事実です。ただ、サウンド的には結構メリハリが利いていて、アクセントも所々強調するハーディングの主張が織り込まれています。ですから最後の第4楽章は結構ドラマチックな盛り上げ方で最後はなるほど、といった感じで納得させられます。やはり、ハーディング恐るべしです。
アンコールはちょっと意表を突き、ベートーヴェンの交響曲第4番の第4楽章を持ってきています。そのため、感覚的には3曲も交響曲を聴いたような錯覚にさせられます。しかし、これも見事な演奏で、特にティンパニが大暴れするので聴き応え充分です。ただ、一点残念なのは普通の客席で聴いている分にはいいのですが、こういう映像で観ると、いささか口を開けて指揮するシーンがおおく、観ているとややその流麗な音楽との間に違和感があります。この点は直した方がいいのかなとよけいなおせっかいをしてしまいます。
改めてこうして聴くと、ハーディング/マーラ室内管弦楽団のベートーヴェンは不思議な魅力をたたえています。純粋な古楽ではないし、かといってまるきり現代というわけでもないわけですが、最近はこういうアプローチが多くなってきました。その先鞭とも言える演奏で、ピリオドのスタイルをとりながらモダン・オーケストラの豊潤なサウンドを充分に響かせています。それが、中途半端に終わらず、表現としての完成度と説得力があります。作品が生まれた当初の興奮を浮かび上がらせるという彼らのアプローチは、ベートーヴェンの作品の現代的で斬新な一面を掘り起こしたといえるのではないでしょうか。
嬉しいことに、そのハーディングは2010年のシーズンから新日フィルの<Music Partner of NJP>として年間4プログラム6公演指揮するということですから嬉しいじゃないですか。