
たった四文字の言葉に、心の闇を揺さぶられて。第十回日本ミステリー文学大賞受賞記念作品集。---データベース---
ぬれぎぬ。ひめごと。ほころび。うらぐち。やぶへび。あやまち。たった4文字の言葉に、心の闇を揺さぶられるミステリー作品集です。2006年に遅ればせの第十回日本ミステリー文学大賞を字湯称した記念の作品集で、雑誌『オール讀物』掲載を単行本化したものです。
ぬれぎぬ。ひめごと。ほころび。うらぐち。やぶへび。あやまち。たった4文字の言葉に、心の闇を揺さぶられるミステリー作品集です。2006年に遅ればせの第十回日本ミステリー文学大賞を字湯称した記念の作品集で、雑誌『オール讀物』掲載を単行本化したものです。
てっきり長編小説だろうと勝手に判断し、先入観無しに読み始めたので最初タイトルの意味が分かりませんでした。そして、最初の一編「ひめごと」を読み終わって初めて短編小説であったのかと納得した次第です。作風は文句なしの本道で、普通の生活をしている現代社会に生きる老若男女の、けっして特異とは言えない日常と、そこにある日ポッカリと開く陥穽とを巧みに組み合わせて、さもありなんという事件が展開されています。当然そこには生活感漂う日常があり。だからこそ最後に思いがけないどんでん返しがあるとああ、やはり夏樹作品は読者を納得させるものがあると感じさせてくれます。
◆ひめごと
タイトルを「四文字の殺意(ひめごと)」と読ませて、このストーリーはドラマ化されています。化粧品会社の視野員のみずきは週末の彼氏との食事の約束を反古にされて、熱海の実家まで帰ることにします。7時杉に連絡をくれというメールが入っていたので連絡しますが、母は出ません。それでもみずきはいぶかしがらずに実家に帰りますが、待っていたのは絞殺された母の死体でした。携帯の通信記録と状況からして殺されたのは午後2時から6時の間と推察されます。瑞希はその間に母からメールをもらっています。誰かが偽のメールを送ったとしか考えられません。現代的な小道具を巧みに使ったトリックに魅せられます。その陥穽をうまくついて母の隠れた人間関係が浮き彫りにされていきます。犯人はオーソドックスにストーリーの前半にさりげなく登場しています。しかし、最後に登場する人物の方が女の性が伺い知れてこの物語を単なる殺人事件から女の物語に昇華させています。
◆ほころび
こちらはパソコンのメールから始まります。何気なく登場するこのメールですが非常にうまく取り入れられています。友成千穂が姉の千里に送るメールです。他愛の無い文章ですが最後まで読んで最初に戻るとその意味の深さに驚嘆します。夫からもらツタお古のパソコンを見よう見まねでメールのやり取りが出来るまでになった彼女は夫の帰りを待つ時間にメールをしたためます。23年連れ添った夫とは会話の無い日々があるだけです。その日夫は専務の付き合いで得意先と食事があるということでたまの外食も夫の気まぐれで中止です。千穂は夫の洗濯物を片付けますが腹いせに避けてあったほころびかけていた靴下も一緒にしてしまいます。
事件が発生します。31歳の航空会社の地上職員が自宅で殺されます。証拠の指紋は中々採取出来ませんが、くっきりと一つ足趾紋が残されています。夫は以外に早く帰ってきました。そして、着替えるとき靴下に穴があいているのに気がつきしげしげと眺めていますが千穂に文句を言うこともなく屑篭に捨てます。警察が訪ねてきます。殺された自余星は専務の愛人であったのです。その関係者ということで夫が調べられます。そして、足紋が取られます。決定的でした。夫はあの日、この女の家へ行っていたのです。しかも、専務はその日箱根でゴルフをしていたという証拠を突きつけられます。夫は絶体絶命のピンチです。しかし、刑事の携帯に意外にも犯人が逮捕されたと電話が入ります。
夫の無実は晴れますが、夫が彼女に逢いにいったのはまぎれも無い事実です。ついに夫婦の中はほころびます。さて、メールです。千穂が打っていたメールは姉宛になっていましたが、最後に登場するのは故郷にいる昔の知人の千蔵です。千穂は姉の名を借りて幼なじみの男友達にメールを打っていたのです。さして、晴れて30年ぶりに彼のいる村に帰ることにしたのです。人生一巡りすれば、またもとの振り出しに戻れるのです。いゃあ、実に見事なラストです。この作品が一番気に入りました。
この短編集、このあと「ぬれぎぬ」、「うらぐち」、「やぶへび」、「あやまち」と続きますが、どれも珠玉の短編です。タイトル通りのすべて平仮名四文字のタイトルを並べたところに、ほのかな女性ならではの味わいがあります。そこには、それぞれがちがった趣向の作品でありながら、ある意図により共通してみごとに響き合い、全体のまとまりを作っています。日常からちょっと普段と違った部分から発生する男と女のふとした出会い。そこからしがらみの糸が伸び、やがてそれらが絡まって一つの事件を引き起こしていきます。そして、その絡まった糸がほころぶとき意外な真実が見えてきます。そういう男女の機微を夏樹静子らしいトーンで繊細なタッチで描いています。
この作品はまだ文庫化されていません。