疑史世界伝 | geezenstacの森

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疑史世界伝

著者 清水義範
出版 集英社 

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 ソクラテスとオリンピックの意外な関係(「戦場のソクラテス」)、超スピードで語り尽くす中国三千年の歴史(「あわただ史記」前編・後編)、あの十字軍遠征をイスラム社会側から見てみると…?(「フランクが来た」)などなど、おもしろ世界史短編全19編。--データベース---

 前回紹介した清水義範の「偽史日本伝」の続編と思ったら大きな間違いです。「偽史日本伝」はつまるところは日本史のパロティでした。しかし、この「疑史世界伝」は「偽」ではなく、「疑」です。今までのキリスト教的西洋の歴史観という常識を破って、イスラム世界の視点をから見た歴史で世界史というものを語っています。この着眼がまず新鮮です。
 
 多分、ほとんどの学生にとって苦手だったりあまりわからない範囲(中東系)の 物語が多いのでこれを機に興味を持って苦手じゃなくなればいいと思います。個人的には歴史は好きで、学生時代には東洋史や東南アジア史を学んだ身ですがどうもこのイスラムを中心とした中近東の歴史は近寄りがたいものがありました。そして、当然ヨーロッパの歴史はキリスト教中心の歴史で学んだものです。しかし、ここではキリストは登場しますが,全く中心ではありません。いや、むしろキリストはこの本の中では唯一パロディの世界の中で描かれています。「ガリラヤのエキストラ」がそれで、キリストの時代に22世紀から来た映画のロケハンが出現します。キリストはその映画のエキストラに出演します。そして、マックを食べコーラの味に感動します。そして、そこで見たジーザスの奇跡を見て感動します。映画を撮り終わったロケハンはエキストラに薬を私それを飲むように言います。そして、すべての記憶を彼らは消されてしまうのですが,キリストだけはその薬を飲まずその体験をもとにペテンの奇跡を起こして行きます。つまりはキリストの生涯をちゃかしているとしか思えない展開です。しかし、また、これもが実は映画であるというシチュエーションに持って行きパロディの体裁を繕っています。まあ、映画版の「ジーザス・クライスト・スーパースター」をパロっているのですね。

 しかし、これ以外はちゃんとまともなストーリーが短編小説の形で面白く展開されます。けっこうぶ厚い本ですがそんなに苦になりません。体育会系で優秀な兵士でもあったソクラテスの意外な一面が明かされる紀元前五世紀の「戦場のソクラテス」から、第二次大戦後に暗殺されたインドの偉人ガンディーの最後を点描した「真理を保つ力」まで、およそ二千四百年というスパンの中から選ばれた19のエピソードを、原稿用紙30枚という超コンパクトサイズに凝縮し、様々な表現方法を駆使して描いています。
 NHKの「週刊こどもニュース」もどきに商売で世界を制したオランダ(ワーグナーの「さまよえるオランダ人」はまさにこの人々を題材にしています)に対して、オランダに追いつき追い越せと、イギリスが学ぶ「あきんどの国」、テレビ番組のネタを求めるADと学者の会話で、中南米の歴史に対する日本人のいい加減な認識を再確認させる「ゆめまぼろしの中南米」、著者の体験をもとにエッセイ風に始まる「夜の旅・昇天の旅」など、清水義範の面目躍如的多彩な語り口はまさに圧巻です。

 その「夜の旅・昇天の旅」は本書のキーワードとも言える一編です。作者はここで実に簡明に、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の相互の関係を説き明かし、宗教問題に疎い日本人の目を見開かせてくれます。ここで説かれるイスラムの根源は排他的ではないという思想が注意を引きます。これに対して、続く「フランクが来た」では、今も続く宗教的対立の源となった十字軍のエルサレム制圧と虐殺を、侵略される立場のアラブ人側から描いています。その背景にあるのは排他的なキリスト教の思想でその上にヨーロッパの領土拡大の思想が加わった侵略戦争であることが浮かんできます。で、さらにその次の「おーい、サラディンにスポットを当てて歴史を切り取って読み説いています。
    
 別な見方ですから歴史的事実そのものはいじっていない(らしい)のですが、今までのキリスト教世界から見た歴史観からするとまるで目から鱗の史実がそこから浮かんできます。

 これに対してお隣中国の歴史は「あわただ史記」ということで前後編に分けて疾風のごとく駆け抜けています。この中国編を読むといかにこの国の歴史に悪女が登場していたかが浮かんできます。夏の妹嬉(ばつき)、周の褒?洪(ほうじ)、漢の呂太古后、晋の賈氏(かし)、隋(周)の則天武后、ほんとに女がらみで国が滅んでいます。懲りない国なんですね。こんな話が19編です。

 さて、こちらで試し読みが出来ます。まずはここからのめり込んでください。
http://books.shueisha.co.jp/tameshiyomi/978-4-08-774860-4.html