
大阪発金沢行き特急「雷鳥九号」の車内で東京の貴金属商が射殺された。若い女性が容疑者として捜査線上に浮かぶが、事件は思わぬ方向に。金沢でも代議士が射殺され、同一凶器、同一時刻の犯行と断定されたのだ。不可解な事件の謎を解くカギは時刻表。十津川警部の名推理が真相を暴く!傑作トラベル短編推理集。---データベース---
1983年に出版された短編集です。表題の「雷鳥九号」殺人事件はどちらかといえば中編規模の小説です。表題作を含め5作品が収録されていますが、このうち、『急行「だいせん」殺人事件』は「空白の時刻表」、最後の「夜行列車「日本海」の謎」は「十津川警部捜査行 -北陸事件簿」にも収録されています。
「雷鳥九号」殺人事件 別冊小説宝石 '82/5(初夏号)
幻の特急を見た オール讀物 '83/5
急行「だいせん」殺人事件 別冊小説宝石 '82/9(爽秋号)
殺人は食堂車で 週刊小説 '82/7/16
夜行列車「日本海」の謎 オール讀物 '82/12
「雷鳥九号」殺人事件 別冊小説宝石 '82/5(初夏号)
幻の特急を見た オール讀物 '83/5
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夜行列車「日本海」の謎 オール讀物 '82/12
◆「雷鳥九号」殺人事件
本来ならこの作品も「北陸事件簿」に収録されても良さそうな内容です。この雷鳥九号の中で起こった殺人事件には拳銃が使われますが、その拳銃は同時刻に別の場所で起こった殺人にも使われています。殺人に拳銃が使われるという展開がこの当時の作品としてはショックで、それにもまして、展開上それを若い女性が使っての殺人ということにビックリします。暴力団も絡まず、こんなに簡単に手に入るものなのでしょうか。ストーリーの展開上、事件の背景にはしっかりとした動機が描かれていますが、容疑者とおぼしき女性は黙秘権を使って自供しません。そして、容疑否認のまま起訴され、公判が始まりますが、事件はこの中で思わぬ展開を見せます。
この事件に関連してもう一人の人物が同一の拳銃で、同時刻に別の場所で殺されていたからです。本来は福井県警の事件なのですが、公判での参考人という形で事件に関わっていた十津川警部がこういう展開の中で俄然活躍します。本来の鉄道トリックを巧みに利用した事件で、現場を知らない人間には解決は難しい設定になっています。拳銃の入手経路とか、共犯者の存在の描写がいまいちはっきりしないところがやや不満ですが、この事件は1987年にテレビドラマ化されています。
◆幻の特急を見た
資産家の男が密室で殺されます。殺人現場の状況から、事件は近親者の怨恨殺人という線が有力になります。容疑者は二人、殺された男の別居していた妻と男の秘書です。その秘書は事件当日から旅行に出かけ姿を消していました。一方妻の方は、別居中の男から留守番電話が入っていて当日のアリバイが有ります。
秘書は旅行先で事件を知り警視庁に出頭します。しかし、そのアリバイは釈然としません。確かに旅行先の宿には投宿はしているのですが、事件の日のアリバイはありません。その彼が殺人の起こった時間には大井川に架かる鉄橋で特急電車が通過するのを目撃しています。それをアリバイ主張するのですが、この特急は時刻表上存在しません。
特急列車には特急のヘッドマークが付いているのですがこれが何であったか思い出せないのです。十津川警部は容疑者の話があながち嘘ではないと感じ二人で現場まで出かけることにします。途中で男はその特急が、東北本線を走っていた「ひばり」だというのです。この特急はしかし、東北新幹線が開業するとともに廃止されたもので、それは上野ー仙台間を走っていたものです。その特急が東海道線上を走っていたということは通常では考えられません。
しかし、現場で十津川警部はその事実を目撃します。当時の国鉄に問い合わせるとその謎が解けます。新幹線の開業で余った車両をダイヤの間隙を利用して移動させていたのです。この作業は当時半年間かけて実施されたいました。それも、普通の特急は「回送」のマークをつけていどうさせていたのですが、この「ひばり」だけはそのままのヘッドマークで回送させていたのです。そして、その作業は十津川警部たちが目撃したのが最終日のスケジュールだったのです。
こうして彼のアリバイが成立し、事件は容疑者が絞られたことで一気に解決していきます。それにしても、こういう当時の特殊な状況までもを利用して小説を書き上げるセンスはたいしたものです。鉄道ミステリーの第一人者ならではのストーリー展開ということが出来ます。
ところで、この鉄道のトリックだけがこのストーリーで目立ちますが、実はこの小説はもう一つ当時の事ならではの装置を使ってアリバイ工作が行なわれています。このトリックは山村美紗が得意としたものですが、ちゃっかりそういうものも自分の小説に取り入れているのは二人が近しい関係にあったからなんでしょうか。しかも、それをメインのトリックではないように見せているところが西村氏の奥ゆかしいところです。
◆急行「だいせん」殺人事件
この事件は「空白の時刻表」という短編集に収録されています。ここでは十津川警部ら警視庁の刑事は登場しません。島根県警の秋本警部補と加東刑事のコンビが見事にこの事件を解決しています。
◆殺人は食堂車で
ブラック・ユーモア的な事件です。性格俳優として人気の出てきた田原真一郎が寝台特急「富士」の食堂車で毒殺されます。それも、マネージャーの矢木がいる目の前で殺されるのです。二人は食事の後同じコーヒーを頼んでいました。このコーヒーが運ばれてきた時、奥のテーブルから二人連れの女が彼を見つけてサインを求めてきます。ファンに対して愛想の良く無い田原はこれを断ります。二人の女性はすごすごと引き上げていきます。事件はその後で発生しました。
管轄は静岡県警です。捜査共助ということで警視庁の十津川班が協力します。食堂の関係者、そして、マネージャーに話を聞きます。二人の女性はこの時事情聴取されていません。これが怪しいと、読んでいてピンと来る展開です。なにしろ、田原と矢木は同じものを食べているのに田原だけが毒殺されているのです。怨恨の線で捜査が進みます。しかし、田原の周りからそれらしい人物は浮かび上がってきません。
協力の名の下に十津川警部と亀さんは同じ寝台特急に乗り事件を検証します。そこで浮かび上がってくるのが食後に出されたコーヒーです。そこには当然、砂糖とフレッシュが付いていました。事件の証言から田原のコーヒーは矢木がテーブルの隅に避けていましたから問題が無いにしても、矢木のコーヒーはそのままにしてありました。盲点はここだったのです。そして、矢木はコーヒーはブラックで飲みますが,田原は砂糖をたっぷりと使用します。案の定、矢木の砂糖まで田原は使っていました。
一方、西本刑事らの聞き込みで、田原と矢木が通っていた「イヴ」というクラブで3ヶ月前にホステスが自殺しています。それは矢木絡みの事件でした。そして、この店の二人のホステスが、店を休んでいるというのです。事件は田原を狙ったものではなく、矢木を狙ったものであったことが浮き彫りになってきます。
◆夜行列車「日本海」の謎
以前も書きましたが,この事件では十津川警部の妻の直子が容疑者として逮捕されます。そして、何よりも現在は十津川警部の妻としてインテリア・デザイナーで活躍している直子ですが、バツイチの経験が有ります。そして、この事件ではその別れた前夫が登場します。脇坂というこの男,郷里の富山では大変な資産家だったのです。つまりは,直子と脇坂は資産家同士の結婚でもあったわけですね。
デザイナーとして仕事の資料集めに京都へ出かけます。その直子のもとへ脇坂から5年ぶりに電話が入ります。そこで、六角堂で会う事にしたのですが、罠が仕掛けられていました。二人は無理心中に見せかけられて脇坂が殺されています。しかし、死亡推定時刻ははっきりしません。 ここでも、列車を使ったトリックが仕掛けられています。通常の時刻表には登場しないダイヤです。表題作でも「雷鳥」が登場しましたが、ここでは寝台特急の「日本海」が登場します。富山からなら寝台特急を利用しなくても充分この「雷鳥」で京都入りは可能です。その辺のところにトリックが有ると踏んだ十津川警部は、貨物列車に目をつけます。この貨物列車、一般の駅とは違う駅に止まります。京都では梅小路という貨物駅です。そして、貨物列車には冷凍庫を持っているものも有るはずです。死亡推定時刻がはっきりしなかったのはこのためです。
短編では事件の最後までは描かれません。そういう余韻を残しているところも短編の味わいです。この事件でも貨物時刻表が事件解決の手掛かりになるのですが,それを国鉄から借りる時係の人の何かに役に立ちますか、という問いかけに、
「人が一人救われます」
と応えます。そして、最後の一文はこうなっています。
家内がといわなかったのは、十津川の照れである。
「人が一人救われます」
と応えます。そして、最後の一文はこうなっています。
家内がといわなかったのは、十津川の照れである。
まことに、味のある締めです。