レイモン・ルフェーブルのシバの女王 | geezenstacの森

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レイモン・ルフェーブルのシバの女王
 
曲目
1. シバの女王  3:07
2. オー・シャンゼリゼ  2:31
3. エマヌュエル夫人  2:58
4. ジュ・テーム  2:45
5. 想い出のラスト・キッス  2:46
6. 哀愁のアダージョ  2:39
7. レイン・レイン  2:44
8. ホテル・カリフォルニア  3:49
9. 傷ついた小鳥  2:38
10. パーリー・スペンサーの日々  2:38)
11. 明日に架ける橋  3:12
12. この胸のときめきを  2:44
13. 家路  2:59
14. ソロモンの夢  2:48
15. エデンの少女  3:12
16. 愛の世界  2:27
17. ふたりの天使  3:26
18. 涙のカノン 3:24

 

演奏/レイモン・ルフェーブル・グランド・オーケストラ

 

録音/1966-80

 

ビクターエンタテインメント (BARCLAY)  VICP-8158

 

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 去る6月27日、レイモン・ルフェーブル氏が亡くなりました。享年77歳でした。パリ音楽院でピアノとフルート(フルートはマルセル・モイーズに師事していたそうです)を学び、首席で卒業しています。当初はクラシックのフルート奏者になるのが夢だったようですが、在学中にジャズに興味を持ち仲間とダンス・ホールやナイト・クラブでピアニストとして活動を始めます。1950年に当時のフランス・ジャズ界の名クラリネット奏者ユベール・ロスタンと知り合い、その楽団にピアニストとして参加、翌年にはベルナール・イルダの楽団に移りヨーロッパ各地を巡演します。1956年9月女性歌手ダリダが歌って大ヒットした「バンビーノ」にアレンジを提供し、さらに伴奏、指揮を自らのオーケストラを率いて共演してのがきっかけで、これが「グランド・オーケストラ」に発展します。

 

 その後は多くのシャンソン歌手のレコーディングにも付き合うようになり、58年にアメリカで発売されたジルベール・ベコーの「雨の降る日」が全米で大ヒットし、世界的に有名になりました。日本では1968年にミッシェル・ローランの「シバの女王」がヒットしてようやくその名を知られるようになりました。初期のルフェーブル楽団はしっとりしたストリングスと管楽器のソロを巧みに組み合わせたアレンジで、どちらかというとカラフルなポール・モーリアとは好対照をなしていました。ちなみにポール・モーリアの「恋は水色」も1968年のヒット曲です。その後はルフェーブルはシャンソンや映画音楽の作曲・編曲にも力を入れ、ポール・モーリアらと共に70年代にイージーリスニングとよばれる音楽を確立、第一人者の一人になりました。
 
 
 小生が初めて知ったのは1969年4月に発売された2枚組のLPでした。タイトルは「ゴールデン・ヤング・ムード・ダブル・デラックス」(キングGW9-10)でレイモン・ルフェーブルの名前は表面には出ていませんでした。しかし、その中には既に「シバの女王」を始め、「パーリー・スペンサーの日々」、「涙のカノン」、「この胸のときめきを」などこのCDに収録されている作品が含まれていました。まあ、大人のムード音楽という感じがぴったりだったのでこういう発売のされ方をしたのだと思いますが、高校生(購入当時)だった自分には気恥ずかしさを感じるジャケットデザインでした。しかし、流れてくる音楽は流麗でアレンジが素晴らしく、クラシックの雰囲気に近かったのでポール・モーリアよりも親近感があり、それこそ毎日のように聴いていました。ルフェーブルのアルバムは当時は外人女性モデルを使ったジャケットばかりで発売され、ルフェーブルの顔写真が登場したのは1972年に来日したときのライブ・アルバムからでした。

 

 このCDはビクターになってから1995年に発売されたもので、それまでのアルバムからのヒット曲の寄せ集め、つまりはコンピュレーションアルバムです。その中でもK2カッティングシステムを採用した高音質録音ということで取り上げました。レイモン・ルフェーブル楽団はクラシックに近いオーケストラ編成で、来日時の編成は以下の通りでした。
第1ヴァイオリン-6、第2ヴァイオリン-6、ヴィオラ-2、チェロ-2、ギター-2、ベース-1、フルート-1、サックス-1、トランペット-3、トロンボーン-3、ドラムス-1、パーカッション-1、ピアノ-1の合計30人編成。シンセサイザーなどのメカニックな楽器は使わず、リズムセクションも最小限押さえ、あくまでストリングスを中心とした正統派クラシックの編成です。ポール・モーリアが、ストリングスはヴァイオリンだけしか使っていなかったのに比べるとサウンド的にはここがやはり大きな違いです。ここで、ちょっとタイトル曲の「シバの女王」をレイモン・ルフェーブルとポール・モーリアで聴き比べてみましょう。

 

レイモン・ルフェーブル

 


ポール・モーリア

 

 

 ルフェーブルのアレンジはギターのイントロが効果的で、それに続くストリングスが左からヴァイオリン、右からはチェロの響き、中央からヴィオラとぐっと厚みのあるサウンドで引き込まれます。対するモーリアのアレンジはピアノのイントロでヴァイオリンだけのストリングスはやや薄っぺらく感じられますが、ピアノがいい具合にストリングスに絡みます。これだけ聴いただけでルフェーブルがやや大人びた雰囲気、モーリアがポップな雰囲気を持っていることが分かります。

 

 まぁ、後期にはかなりポップなサウンドでポールモーリアに近い編曲のものもありましたが、小生はどちらかというと70年代のこの基本の編成のルフェーブル・サウンドが好きです。このCDで聴かれるサウンドはまさにそのクラシックに近いサウンドで、それが20Bitで高音質化されていますから聴き応えがあります。この阻止ではレコード時代の艶のあるルフェーブルサウンドが蘇っています。当時のバークレイの録音は優秀だったんですなあ。
 
 レイモン・ルフェーブルは1956年以来、パリはケネディ大統領通りのアパルトマンに住んでいました。この隣のアパルトマンにはアラン・ドロンが住んでいたそうです。バルコニーからはエッフェル塔が望めるこのアパルトマンはよっぽど気に入っていたのでしょうね。下の写真は1982年頃のルフェーブル氏のスナップです。

 

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自宅で寛ぐルフェーブル

 

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得意のフルートとともに

 

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自宅のベランダで奥さんとともに

 

 レイモン・ルフェーブルのレコードは一番最初は朝日ソノラマから発売されていました。しかし、すぐキングレコードからの発売に代わりバークレイ・レーベルで親しまれてきました。時代の変遷とともにキングからロンドン・レコードそして、ポリグラム翼下になってポリトールから発売と変遷しましたが、日本では1989年にビクターエンタテインメントがアーティスト独占発売契約を行い、現在に至っています。
  
 しかし、イージー・リスニングの全盛期にはフランスにはアーティストが揃っていました。このレイモン・ルフェーブルやポール・モーリア、フランク・プウルセルを筆頭に、クロード・ヴァゾリことカラヴェリ、ピェール・ポルト、リチャード・クレイダーマン、フランシス・レイ、アンドレ・ポップなどがひしめいていました。そうそう、ミッシェル・ド・フランスなんてのもいましたね。