湖・毒・夢 | geezenstacの森

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湖・毒・夢

著者/夏樹静子
出版/双葉書店 双葉文庫

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 東北出身のホステスが、都心のラブ・ホテルで、農薬が混入されたジュースを飲んで死んだ。
デートの相手はなんと官内庁勤務の初老の男―意外な犯人が浮上する「毒」。死によってでしか愛を確認できなかった男女の行く末を澱んだ湖面に象徴させた、ロマンチックな雰囲気の「湖」ほか、ありふれた日常の陰に隠された女たちの殺意を、綿密な取材と玲悧な文体で描く本格派ミステリー5編収録。 ----データベース−−−

 ずっしりと内容のある短編集です。いずれも単独の漢字一字のタイトルを持つ5作品が収録されています。本来は収録順に「毒・夢・湖」となるところですが、読みの語呂でしょうか、「湖・毒・夢(こどくむ)になっています。それなら収録順を替えればいいのにと思うのですが、そこが作者の拘り何でしょうね。

◆歯

 一人暮らしの父が行方不明になります。一人娘の菜保子は結婚を約束している恋人の牧原英昭と相談して捜索願を出します。およそ一ヶ月後、秋田県と岩手県の県境の仙岩峠近くで白骨化した死体が発見されます。見も永久確認するものはありませんが歯の治療痕があり、その線から調べることとなります。父は羽賀丈夫なことが自慢で歯医者に掛かったことが無かったのですが、失踪するしばらく前に歯医者にかかっていたことが分かります。早速資料を送ってもらい歯科医に照会します。しかし、記録とは違う歯の治療跡でした。

 この死体が否定されたことで警察からは連絡が途絶えます。菜保子は父の遺品を整理していて直前に父が出かけた湯布院へ父の足跡を辿る旅に出ます。これが思いがけない事実を浮かび上がらせました。父の戦友がこの湯布院に住み彼は歯科医院を経営していました。そこで、父は投宿中に葉の追加治療を受けていたのです。それは、発見されていた白骨死体の歯の治療痕を追認するものでした。菜保子は警察に連絡するとともに父が自殺をする理由が無い事を訴え、警察は再捜査に乗り出します。
 するとどうでしょう、思わぬ人物が浮上してきます。それは身近な関係者でした。最初登場しながら影が薄いが薄い存在だなぁと思っていましたし、途中から顔を出さないのでどうしたものかと思っていたらやはり犯人だったのです。このどんでん返しの妙が夏樹作品の醍醐味です。

◆毒

 この作品もあっと驚く展開が待っています。渋谷のラブホテルで情事の後風呂上がりのジュースを飲んで、るみ子という女が毒殺されます。同伴だった男の大蔵が当然のように疑われますが頑強に否定しつづけます。毒入りジュースは他にも用意されていました。そして、事件の4日後やはり問題のジュースを飲んだ武下という男が現われます。同室を直前に利用していたカップルの男です。こういう事態で大蔵の容疑は軽減されます。関係のあった二組の男女に相関関係は無いということで事件は無差別殺人の様相を呈してきます。しかし、事件のそのご進展を観ないまま7ヶ月の月日が流れます。

 捜査本部は解散していますが、事件を担当した矢沢警部補は同窓会の後緯線被害者が勤めていたバーにふと立ち寄ります。そこで、ママから意外な事実を聞き出します。事件は急転直下の進展を見せます。るみ子の実家の資産は12億円の価値があったのです。それが、従兄の佐藤吉夫に渡るということなのです。ところがこの男、武下と高校時代の同級生と分かります。その線から武下と大蔵の関係が明らかになり、やがては大蔵との繋がりを導きだします。刑事の執念を感じさせるストーリーです。

◆夢

 はかない女の夢、夫に虐げられた女の憎しみは募るばかりです。22年間の結婚生活は愛情のかけらも感じられず、夫は外に女を作って子供を孕ませています。そして、この女にせがまれて財産分与の公正証書まで作ります。

 そんな矢先、夫は階段から足を踏み外して転げ落ちうちどころが悪く死んでしまいます。妻の美也子は、夫が死ぬ時はこういう状態で死ぬようにその階段のカープのところにちょっとした仕掛けをしていました。警察が来て事情を聞かれますが、案の定そのことを指摘されます。また、裏の勝手口から出た垣根の隙間に女物の口紅が堕ちています。それは夫の愛人のものでした。そして、事件の直前に料亭でこの二人の女が密会していたことが通報で明らかにされます。こんなこともあり、二人りの女は警察に執拗に事情聴取を受けます。ところがストーリーを追っていくとこの証言には食い違いがあることに気付かされます。それがこの事件の伏線です。

 夫のいない我が家に帰るのがいたたまれなくなり美也子は夫の甥にあたる貞敏に相談に出かけます。しかし、貞敏は話を聞くなり美也子に自首を進めます。唖然とする美也子を半ば強引に警察へ連れて行こうとします。そこへ所轄署の刑事が現われます。ここで、事件は驚くような展開を見せます。伏線がここで効いてくるのです。鮮やかな解決に快哉です。

 なをこの階段を題材にした短編はそのものズバリのタイトルの階段という作品が「ベットの中の他人」に収録されています。

◆犬

 多分こういう法医学書があってそれをヒントにこの小説が書かれたのではと思われる展開です。養女でありながら既に離婚して一人暮らしの女が父を訪ねて、殺されているのを発見します。死亡推定時刻は部屋のクーラーが作動していたことにより正確に把握出来ません。ところが父はペットの子犬を飼っていてこの犬も風呂場で殺されています。

 この犬は常温で死んでいましたので司法解剖で正確な死亡推定時刻が割り出され、殺された男もそれに類推する死亡時間が適用されます。こうなることで、発見者の養女のアリバイは立証されることになります。しかし、ある疑問を抱いた刑事は女の自宅を任意で家宅捜索します。すると殺された犬の毛が発見されます。事、此処にいたっては女のアリバイが崩れていきます。

◆湖

 これも、刑事の執念が解決する事件です。こういうトリックを使う事件としてはもったいないぐらいの短編です。事件は奥多摩の日蔭湖で起きます。一台の車がバックの状態で崖の急斜面を滑り落ち湖に転落します。所持品から男の身元は割れますが、その行動を追跡すると前夜付近のモーテルを利用していたことが判明します。明らかに女がいた事になります。また、自宅の夫の引き出しから女からの手紙が見つかります。
 女のところへ刑事が出向きアリバイの裏を取ります。時間的にはアリバイが成立します。しかし、刑事は湖に堕ちた車がなぜ後ろ向きだったのか疑問を抱きます。そのトリックの解明が実に鮮やかです。こうして女のアリバイは崩れ事件は解決に向かいますが、時既に遅し!女は行方不明になっています。ストーリーは女の身元確保のための捜索に着手するところで終わります。