
老朽化した自動車や家電製品を解体する場所で、車のトランクの中から焼死体が発見された。他殺か、それとも焼身自殺。死体は多量の灯油で、徹底的に焼かれていた。警視庁特殊犯捜査係の女性刑事・遠山怜子は、嘱託医・北坂満平の検屍による他殺説に賭けて捜査を開始、犯人に迫るが…。複雑な現代社会が生み出す難事件をテーマに描いた推理傑作。---データベース---
去年のドラマで「ジョシデカ(女性刑事)」というのがありましたが、この小説の内容はそれに相応しいものではないかと思いました。主人公は26歳の警視庁特殊犯捜査係の女性刑事・遠山怜子と45歳の嘱託医北坂満平のコンビで事件を解決していきます。現代社会の複雑な犯罪と2人の爽やかな心の触れあいを描く中編推理小説が2作収録されています。 ところが設定を全く変えてテレビ東京でドラマ化されていたんですね。この原作とは違うものが使用されていますが、中学生の娘がいる未亡人刑事という設定で登場しています。ここでは北坂満平は登場していませんからネタだキャラクターだけを利用した作品といってもいいのかもしれません。
また、別の局では「現場存在証明」がそのものの設定で1986年に古手川祐子、児玉清の主演でドラマ化されています。
◆焼きつくす
「変死体の一つ一つが、人生の旅を終えて、実にさまざまの人間模様をひきずっている」という北坂満平の言葉が印象的な一編です。リサイクル業者の解体場で発見された死体は徹底的に焼き殺されています。わずかに残った死体からはかろうじて女性の死体であること、B型の血液であることが判りますが、他は全く手がかりがありません。そんな中、捜索願の出ている女性が該当するのではないかという電話が入ります。
こうして事件は進展していきますが、この女の影には死んだ娘の影がちらつきます。その線を追うと娘の死がスキーの事故による凍死であることが判ってきます。この時の、スキーの同行者が何らかの関係があるのではと調べを進めていくと、はたして、死んだ女が娘の件で当事者たちに嫌がらせをしていたのではないかという疑惑が起こってきます。
夏樹作品が面白いのは単純な事件に見えて、その実巧妙なトリックが潜ませてあることです。ここでも、被害者の女性は捜索願の出ていた林全子である可能性が強いのですが、途中で、別の女性である可能性が浮かんできて捜査の焦点がぼけてきます。ここに男と女の複雑な関係が絡みストーリーは二転三転して最後まで判らない状況が続きます。
そして、決め手になったのは捜査本部に寄せられた一通の手紙でした。ここから話は大きく進展して、意外な結末が用意されます。この結末はある程度予期されたものとはいえ、別のシチュエーションがからむことで意外な効果を生んでいます。こういう原作だからこそドラマ向きなのかもしれません。
◆現場存在証明(イルバイ)
作品としてはこちらの方が、北坂満平の活躍が光ります。彼は嘱託医ですが、既に妻には先立たれ独り身の助教授です。自宅で夜須専一郎がライフルで撃たれて殺されます。弾痕からそれは100メートルも離れた廃屋から発射されたものである可能性がありました。彼は少し前に交通事故を起こし被害者との示談は済んでいたのですが、後遺症が出て慰謝料の件でもめていたことが判ります。その相手はライフルの所持免許を持っています。当然警察は第1容疑者として彼を重点的に捜査しますが、彼にはちゃんとしたアリバイが存在します。そして、何よりも発射された弾丸の線条痕が彼のライフルのものとは違っていたのです。
捜査は振り出しに戻ります。殺された夜須の妻は後妻です。その彼女には男の子の連れ子がいましたが、交通事故で彼は死んでいました。その原因がオートバイのブレーキの故障ということでした。高校ではオートバイは禁止されていましたが夜須は彼に買い与えていました。いつもの夜須とは違う息子への配慮でした。しかし、この事故が故意によるものではという疑いで事件が思わぬ展開をしていきます。
彼の付き合っていた同級生の女が、彼の死について夜須が殺したということを話していたというのです。この線を追うと意外にも夜須の妻が、この同級生の父親と懇意にあることが判ってきます。そして、彼もライフルを所有しているのですがその銃の線条痕が弾丸の線条痕と一致したのです。捜査陣は色めき立ちます。身辺調査を重ねると、夜須の妻の不審な行動が浮かんできます。しかし、夜須が殺された時妻はすぐそばにいました。それこそ、現場存在証明(イルバイ)があるわけです。
ここで、再び北坂満平が登場します。司法解剖した際に保存した資料を再度突き合わせて検討すると、事件の別の可能性が浮かんできます。その線で、凶器に使われた道具を捜査することになります。直径5.5ミリの錐がドライバーのようなもの、それは特殊なものです。やがて、そういったものを購入した店が見つかります。事件は大きく進展します。
夜須の自宅からその現物が発見されます。事件は収束に向かいます。彼はライフルで撃たれたのではなく、ドライバーで刺し殺されたものの偽装でした。すべての状況証拠が一本の糸でつながります。事件の見事な収束に納得です。そして、ここにも男と女のドラマが背後に潜んでいました。冒頭にひ弱な妻として描写されていた女は、最後には自分の欲望のために猛進した一人の気丈な女になっていました。愛欲におぼれた女のすざましさを見せつけられた気がします。
そして、それとは対照的に、遠山玲子がいつしか北坂満平にどことなく惹かれていく描写をさりげなくラストに書き込んでいることも忘れてはなりません。どちらも一応独身だからまあいいか。
ところでこの小説の光文社版のあとがきにはこの小説のモデルになった法医学者の柳田純一氏が書いています。作品の解説にはなっていませんが、法医学の仕事についてかかれていますので小説を読むのに非常に参考になります。ただし、実在の氏は妻と死別はしていませんし娘さんもいるということで熟年独身ではありません。