
片山津温泉の旅館「月明館」の美人女将北川深雪を訪ねてきた東京のカメラマンが射殺された。続いて月明館の経営者も山中温泉で射殺体で発見された。怨念か痴情か。捜査に乗りだす十津川警部の前に、更なる殺人が!----データベース−−−
発表されたのは2000年です。既に大幅に設定が変えられて渡瀬恒彦の主演の十津川警部シリーズでテレビドラマ化されています。原作では東京のカメラマンに「月明館」の若女将から手紙が届くことになっていますが、ドラマでは十津川警部宛に届くと言う設定に変えられていました。ストーリーの展開上はやはりカメラマンに手紙が届くと言う方が自然な流れでしょう。奏しないと最初の殺人の意味があまり感じられません。しかし、警視庁の十津川警部がががの事件に絡むという設定ではドラマの方が自然です。小説の方は無理矢理十津川警部を加賀まで行かせているので少々不自然です。
ところで、この事件での石川県警の捜査は杜撰としか言いようがありません。事件発生のプロセスからして最大の容疑者は旅館の若女将である北川深雪なのですが、証拠不十分で逮捕すらしません。しかし、死体の発見現場からは女の香水の残り香が確認されていますし、拳銃で撃たれているのですから硝煙反応なるものも確認出来るはずです。こういう証拠がありながら女将を追求出来切れていないところにこの後の殺人が発生していく原因があります。香水なんてそうそう付け替えが出来ないものですから有力な証拠であるはずです。
まあ、そういう捜査のミスがあって十津川警部の登場となります。東京のカメラマンが殺されたということでの捜査協力での無理矢理の登場ということで、今回は亀さんは帯同していません。読み始めて直ぐに犯人は分かってしまうので、後はどうしてこういう復讐劇が始まったのかの動機の捜査が興味の焦点なのですが、これが話を膨らませるために東京の出版社社長が殺されるという方向に発展します。まあ、その方が本庁が動きやすいことは確かです。推理という部分では加賀温泉郷での殺人事件より、こちらのほうがミステリー性があります。西本刑事を使っての女の変貌を試すエピソードなどのほうがかえって面白く読めます。
この出版社社長の殺害事件でも拳銃が使われるのですが不思議なことにこの凶器については最後まで発見されません。どういう事なんでしょう。しかし、十津川警部としてはこの事件の真相を調べようとしません。ここも不思議なところです。本来なら、カメラマンはこちらの事件との関連で殺されたのにテーマ上は別の石川県警の事件の方の捜査がメインになってしまいます。
どう考えてもおかしなことです。レイプ事件の容疑署はどう考えても若女将であることが推察されます。しかし、そのアリバイを調べようともしていません。同時期に、加賀と東京で殺人が起こっているのですから複数の犯人がいることは分かりそうなのにその犯人の追及をしていないのです。事件のウェイトとしては深雪は加賀友禅の老舗「加賀善」の娘であり、その「加賀善」が何者かの陰謀により倒産した原因の方がメインのストーリーとなっているのでいたしかた無いことなのでしょうが、二つの事件が交錯する中では何とも中途半端な展開です。
殺人は連鎖的に続きます。どう考えても石川県警の捜査は中途半端です。途中で容疑者が暴力団関係者に殺されかけますが、この経緯も大味でおよそ馬鹿げた展開です。ここでも、石川県警は深雪を逮捕出来ないのですから。そういう失態が続いて、事件の舞台は東京に移り、代議士の弟が運営する法人の理事が殺されます。その手口でも拳銃が使われます。
最後はその代議士まで狙われます。最後の舞台は京都駅です。この新幹線ホームから在来線へ移動する跨線橋で発煙筒が焚かれ代議士は狙撃されます。しかし、十津川警部の説得で一名は取り留めます。どうせここまで事件が進展したのなら代議士も殺された方がすっきりするのですが、作者はこの男だけ助けます。無意味なような気がするのですがね。エンタティメントですから歯痒い気がします。
最後は、深雪の自殺という形で決着しますが結局、警視庁も石川県警も主犯を逮捕出来ない形で決着します。ここまで、荒唐無稽な事件だとこうするより他解決の方法が無かったということでしょう。とても、緻密なストーリーとはいえません。事件の全容こそは深雪の遺書に書かれてはいますが、それとて、いい加減です。十津川警部ものではあまりお勧め出来ない一冊です。