変身願望 | geezenstacの森

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変身願望

著者/西村京太郎
出版/講談社 講談社文庫

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 晩秋の上野公園で浮浪者が凍死した。今年第1号の凍死者として新聞が報じたことから、その素性が判る。意外や大臣経験もある有力代議士だった。なぜ彼が浮浪者に?上司の密命で十津川警部は真相を追求する。すると、またも奇妙な変死事件が発生して――。当代の人気作家が、短編の妙を展開した秀作集。 ----データベース−−− 

 1985年に発表された短編集です。個々には下記の作品が収録されています。既に出版されていた「11の迷路(1979)」から9作品を抜粋してタイトルを変えて出版されたもののようですが最後の「アリバイ」だけはこの本にしか収録されていません。
変身願望  小説現代'77/10号
回春連盟  小説現代'75/8号
隣人愛 小説現代'76/4号
オートレック号の秘密  別冊小説新潮'72/1号
アカベ・伝説の島  小説サンデー毎日'71/6号
アンドロメダから来た男 小説現代'76/10号
チャリティゲーム  小説現代'75/5号
殺しへの招待  小説現代'78/4号
アリバイ  ショートショートランド'81/11号
これら理の作品のうち「アンドロメタから来た男」は「麗しき疑惑」に収録されていて既に紹介しています。

◆変身願望
 何とも不思議な感じのする十津川警部ものの短編の一作です。冒頭から浮浪者が死亡する事件が発生します。凍死なんですが、身元が分かると意外や大臣経験もある有力代議士だということが解り、ここで十津川警部の登場です。最初は警部一人しか登場しません。一見平凡な凍死事件だったのですが、同じような形での変死がつづき事件性が出てきます。個々で初めて亀井刑事が登場するのですが、いつもとニュアンスがちょいと違います。それもそのはず、登場する刑事の顔ぶれが違います。聞き慣れない井上刑事,田沼刑事,矢代刑事,江上刑事といった面々が登場するのです。いつもの 西本刑事の役は井上刑事が担当しています。亀さんもちょい役でしか登場しません。犯人は解ってみればなるほどなんですが、最後の犯行手段はちょっと安易すぎてそれまでの方法と違い過ぎてしっくりきません。変わり種の一編ですが、短編としての着想は面白く最後にオチがあるところなんかは思わずにやりとしてしまいます。

◆回春連盟
 これはなさそうでありそうな一編です。人生のリタイアが近づいた熟年のカップルに襲いかかる罠なんでしょうか。先ずは夫の方に妻を消す相談が持ち込まれます。それを断ると、今度は同じ話が妻の方に持ち込まれます。ここで、夫婦の狐と狸の化かし合いが始まります。お互いが生命保険に入り、保険金の受取人になります。疑心暗鬼の中。夫は釣りに出かけ。そこで死んでしまいます。果たして殺人か、自殺か。最後の最後だけに十津川刑事が忽然と登場します。当然事件と思いきや結末は意外な展開になります。

◆隣人愛
 ここからは十津川警部は登場しません。主な登場人物は、町医者の三好と若い女の小野冴子です。病気でもない彼女が医者の三好に相談を持ちかけます。孤独な老人を助けてほしいと・・たかが、電話番号が老人の誕生日と一緒だけという理由です。巧みな話術で三好は引き受けます。そして、老人から電話が掛かります。しかし、その日は大雪の日で三好は身動き出来ません。救急車を要請しますが間に合いませんでした。肝心の冴子も父親のところへ行っていて不在でした。遺書で財産は彼女のものとなります。刑事は事件性はないと判断しますが、完全犯罪です。
 彼女は引っ越し、別のところで同じような手口で町医者を訪ねます。そして、更に一年後今度は父親が死にたいと言い出したとまたね別の医者に相談を持ちかけます。最後のおちはともかくこういう手口の事件は何処かで起きていそうな気がします。

◆オートレック号の秘密
 短編は短いストーリーの中に仕掛けが凝縮されています。この一編も新聞記者が活躍する事件で、古い帆船を舞台にした殺人事件が発生します。どちらかというとアリバイ崩し的な要素ではなく、事件の背景は骨董趣味の犯人の思惑が見え隠れしています。そして、記者はその背景に近づくのですが、最初の手掛かりとなる絵画はたいした値打ちのものはありませんでした。船内捜索は警察の手で完璧になされますが、それでも事件の原因となる貴金属、麻薬も出てきません。

 それは絵画ではなく古書でした。船の書斎に並んでいるそれらの本の中に紛れ込ませてあるというのです。捜索が始まります。果たして、その本は見つかるのでしょうか?犯人は逮捕されますが、最後のオチは見事です。

◆アカベ・伝説の島
 初期の西村作品にはこうした伝奇ものか少なからずありますが、これもその手の一編です。伊豆諸島のその先にあるという神根島という島です。アカベの花は 強烈なにおいのする花という設定です。このアカベの花は氏の「鬼女面殺人事件」にも登場する幻の花です。この短編が元になって書かれた長編ですが、舞台の島は伊豆諸島から愛知県の南の島に変更されています。
 此所での殺人事件は、無医村になるのを恐れる島民の計らいで真実は伏せられますがそれは一つの事象を両面から捉える解釈の上で成り立っています。どちらもなるほどという解釈です。それよりも、さり気ない舞台設定の裏にる無医村の問題をさり気なく織り込んでいる作者の視点に注意がいきます。この頃の西村作品には社会性を取り上げたものが少なくないからです。

◆チャリティゲーム
 慈善事業という行為を皮肉った一編です。慈善という行為は本来貴族のゲームと定義付け、優れた強い者が劣った弱者への哀れみの表現だとしています。つまりは慈善を行なうことで自然に征服欲が満足されるのだということです。ストーリーはこの定義によってゲームが展開され、一人の男が自殺します。そして、このゲームに誘われた男は、征服欲によってゲームを提案した老人を獲物にして行きます。強烈なアイロニーと食物連鎖を思わせる最後のオチが聴効いています。

◆アリバイ
 殺人のアリバイが欲しい男がその殺人を犯した女との出会いの体験を利用してアリバイに溺れるという皮肉な作品です。形を変えれば、こういうアリバイは何処にでも転がっていそうである意味怖いです。

 西村作品はこういうショートショートできらりと光るものを残しています。最近はこういう作品にはお目にかかれないのが残念です。