オリーヴ山上のキリスト | geezenstacの森

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ベートーヴェン/コンプレート・マスターピースその3

オリーヴ山上のキリスト


曲目/ベートーヴェン:
オラトリオ「オリーヴ山上のキリスト」Op.85
1.Recitative And Aria: Jesus 16:02
2.Recitative And Aria: Seraph 10:28
3.Recitative And Chorus 7:48
4.Recitative 3:46
5.Recitative 4:00
6.Recitative: Jesus And Peter 9:17
7.Final Chorus 4:40
指揮/ユージン・オーマンディ指揮
演奏/フィラデルフィア管弦楽団
合唱/テンプル大学合唱団
ソプラノ/ジュディス・ラスキン(セラフィム)
テノール/リチャード・ルイス(イエス)
バス/ハーバート・べウティ(ベテロ)

 

録音/1963/04/17、タウン・ホール フィラデルフィア
P:トマス・フロスト

 

ソニーBMG 82876-64015-2 

 

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 今回はベートーヴェンの「オリーヴ山上のキリスト」です。このセットで一番聴きたいと思っていた曲目ですから、取り上げない訳にはいきません。この曲は昔は「かんらん山上のキリスト」と表記されていました。「橄欖(かんらん)」とはオリーヴの誤訳なんですね。ですから、「オリーブ山上のキリスト」の方が正しいのです。オリーブ山とはイスラエル、エルサレム東部の山で標高814メートルです。西麓(せいろく)に、キリストが最後の祈りをささげたゲッセマネの丘があります。聖書ではかつて橄欖山(かんらんざん)と訳されたのがそのまま流布したんでしょう。1987年版の音楽之友社の「クラシックレコード総目録」にはこの曲は存在しません。それぐらいベートーヴェンの作品でもマイナーな曲です。このボックスセットにはPDF形式の解説書がついているということで対訳でもあるのかと期待したのですが、そういう物はついていませんでした。当たり障りの無い一般的な解説がついているだけで、それも文章の羅列で写真や図の一つもない殺風景な物です。ちょっと失望です。ただ「フィデリオ」だけは対訳ではないですが、ドイツ語のリプレットがついていました。

 

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 さてこの作品、要はオラトリオですからハイドンの天地創造や、ヘンデルのメサイヤのような感じで古典的な響きです。この曲は交響曲第2番、ピアノ協奏曲第3番とともにベートーヴェン自身の指揮で初演されています。その際、交響曲第1番も再演されているという演奏会で聴く方もくたびれたのではないでしょうか。その中でも作品の規模は一番大きいのでこの作品が中心であった事が伺われます。もうひとつビックリするのがこの作品が僅か14日間で作曲されたという事でしょう。ヘンデルのメサイヤも伝聞では24日間で作曲されたということですから、そういう点でも共通性があります。だからなのか、ベートーヴェン存命時はかなりの人気があったようです。聴かせどころも多く、コロラトゥーラ的なソプラノソロや、キリスト役のテノールのレチタティーヴォなど明らかに先達の模倣があります。

 

 解説によると、歌詞は聖書から取ったものではなく、当時の人気オペラ作詞家フランツ・クサヴァー・フーバーの作詞によるもので、宗教合唱作品に多いラテン語ではなくドイツ語で作られています。このドイツ語によるオラトリオ『オリーブ山上のキリスト』は、死について語るキリストの部分が、作曲時期的に「ハイリゲンシュタットの遺書」をイメージさせたりはするものの、音楽の主眼はむしろ兵士によるキリストの追跡・逮捕・磔刑といったドラマティックな流れにあるともいえ、翌年から書き始められる『フィデリオ』との共通点もよく指摘されるところです。

 

 作品のストーリーも明確です。大雑把に言ってしまうと...
「最後の晩餐」のあと、自身が捕えられ処刑されることを悟ったイエスが、十字架にかけられる前にオリーブ山(ゲッセマネの丘)に使徒たちと登って苦悩を語り、神に祈りを捧げます。イエスはそこで兵士たちに捕まり、十字架に架けられる、というもので、イエス(テノール)のほか、天使セラフィム(ソプラノ)、ペテロ(バリトン)と、兵士たちと使徒たち(合唱)が登場します。

 

■構成
第1曲:序奏、レチタティーヴォとアリア(イエス)
 人間の罪ゆえに、その贖ないのために死ななければならないと悟ったイエスは、オリーブ山上で、苦悩と恐怖から救いを求めて神に祈りを捧げます。

 

第2曲:レチタティーヴォとアリア(セラフィム、天使の合唱)
 天使セラフィムが、「自らの死によって人間の罪を贖なうイエスに祝福を。その血を汚す者には呪いを。」と歌い、天使たちの合唱へと発展します。

 

第3曲:レチタティーヴォと二重唱(イエス、セラフィム)
 神がイエスに与える死について、イエスとセラフィムは語り合います。最後にイエスは死の恐怖を克服し、2人で愛の偉大さを歌います。

 

第4曲:レチタティーヴォ(イエス、兵士の合唱)
 イエスが死を迎える決心を語っていると、彼を捕えるために現れた兵士の合唱が始まります。

 

第5曲:レチタティーヴォ(イエス、兵士と使徒の合唱)
 イエスは「苦しみよ、早く終わってくれ。」と神に祈ります。迫り来る兵士たちと恐れおののく弟子たちの合唱。

 

第6曲:レチタティーヴォ(イエス、ペテロ、三重唱、兵士と使徒の合唱)
 迫り来る兵士たちに対してペテロは剣を抜いて立ち向かおうとしますが、イエスはそれを制止。三重唱では、敵や隣人への愛が歌われ、最後に合唱が神の子イエスを讃えようと歌って終ります。

 

 さて、肝心の演奏はオーマンディ&フィラデルフィアの黄金のコンビです。LP時代は存在は知っていましたが聴いた事がありませんでした。今回このCDで初めてその演奏に接することができました。オーマンディの声楽作品はそれほど多く残っているわけではありません。ベートーヴェンもこの曲以外は「ミサ・ソレムニス」があるくらいです。どうしてこの曲が録音されたのか不思議なのですが、いやいや実にどっしりと安定した演奏で、ドラマティックな音楽を聴かせてくれます。第1曲の序奏はベートーヴェンの重厚な表現がいきていてこの曲の掴みの部分となっています。厳粛なトロンボーンの響きが印象的です。ベートーヴェンの直線的ダイナミズムやフーガが醸し出す魅力にはかなりのものがあり、古典的な響きの中にも彼の個性が光ります。

 

 オーマンディの指揮は低音部を意識的に強調しているようなバランスですが、強引なところは無く、素直にこの作品を楽しめます。何よりも、オーケストラが上手いので聴き映えがします。ステレオ初期の録音ということで独奏者の配置は極めて明瞭に定位しています。イエスが中央に位置し、ペテロは左側、セラフィムは右です。今となってはいささか不自然に聴こえる点は否めません。オーケストラとのバランスもいささか声楽陣が大きすぎ、オケの音がマスキングされてしまうところもあります。ただし、音質は極めて良好でノイズも目立たず、フィラデルフィアサウンドが満喫出来ます。この録音では第6曲の最後の合唱の部分だけが別トラックになっていました。

 

 こうしてこの曲を聴いてみると、いくつかのナンバーが、合唱コンサートでよく取り上げられるという事情にも十分にうなずけます。独唱の3人もいい出来です。特にテノールのルイスはキリスト役として素晴らしい歌唱です。大学の合唱団ということで、後半の一部男声のみの合唱に野暮ったさを感じる時がありますが、合唱団も概ね上手いです。

 

 年末は交響曲第9番ばかりが取り上げられますが、もう少しこの曲を取り上げても面白いのではないでしょうか。何処かのオーケストラが、第9とセットでの演奏会を開いてくれたらこの曲ももう少し見直されるのではないでしょうかね。