京都 愛憎の旅 | geezenstacの森

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京都 愛憎の旅―京都ミステリー傑作選


収録作品
◆水の上の殺人(西村京太郎)
◆七月の喧噪(柴田よしき)
◆翡翠色の闇(海月ルイ)
◆忘れ草(連城三紀彦)
◆償い(小杉健治)
◆顔(松本清張)

出版 徳間書店 徳間文庫

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 千年の古都・京都。いにしえの世からさまざまな人間の愛憎が交錯し、悲劇を生んだ都でもある。そんな京都の街を舞台に繰り広げられる現代の殺意を鋭い筆致で描いた、ミステリー界の名手たちの競演。
六篇収録。---データベース---

 「京都 殺意の旅」に続いてまとめられた徳間文庫オリジナルの京都を題材にした短編集です。同じ京都ものでも作者によって作風が違うので、その作風の違いも楽しむことができます。トップは西村氏がまだ京都に在住していた1980年の作品です。
 
◆水の上の殺人(西村京太郎)
 京都の夏の風物詩、鴨川西岸の川床出の殺人事件を扱った作品です。純粋に京都での事件ということで十津川警部は登場しません。京都府警の香川警部他中西、真木の両刑事が登場します。殺された男は高利貸が裏の仕事でした。そして、その現場を目撃したと思われるホステスの女も殺されてしまいます。舞台が料亭の川床ですから関係者はおのずと限定されてきます。殺された男が所持していたと思われるバッグが発見されると事件は一気に解決してしまいます。しかし、事件の顛末は別のところでも残されていました。京都の寺院にはよく思い出を書き連ねるノートを用意してあることがありますが、この事件も詩仙堂に残されたノートに死んだ女の事件の真相の書き込みが残してありました。この事件では、その書き込みが事件解決後に発見されるという結末ですが、その後のこの種の書き込みを扱った事件の原形が読んでとれます。

◆七月の喧噪(柴田よしき)
 ここには刑事は登場しません。容疑者たる女、亜子の友人とその男友達が登場するだけです。ただ、この男友達が作家になりたての男で、奇しくも容疑者の女のからんだ事件を題材にした小説を書こうとしているという設定なのです。そして、宵々山の日にこの三人が出会うと昔のこの女の絡んだ事件の話題が出て思わぬ方向に展開します。
 当初犯人と黙されたストーカー男は逮捕され、自殺して事件は解決しているのですが、亜子が事件の当時者しか知らない事実を漏らしてしまうのです。複雑な男と女の関係の中の、女の心理を読み解くとき、状況は真実の解明に向かって大きく舵を取ります。

◆翡翠色の闇(海月ルイ)
 この一編は、幻想と現実が、それに現在と過去が交錯して解りにくいというか格調高いというか、一回読んだだけでは凡人に理解できないストーリーです。主人公の沙耶子は四条大橋で蛍を買います。それは自分の子供のためではなく自分の過去の記憶の中にある父との思い出のためであることが解ります。ただ、なんの目的で京都の街をとめどもなく彷徨っているのかは最初解りません。過去の思い出がフラッシュバックのように描かれ、彼女が幼い時京都のこの界隈に住んでいたことが解ってきます。そして、現在の生活と夫婦の関係が明らかにされた時事件の全体像が浮かんできます。彼女は自分がしようとしている行為に躊躇があり、神戸まで行かずに京都で下車していたのです。夫と愛人の間にできた子供を殺そうとしていたのです。しかし、その考えは幻想の中で自殺へと形を変えます。しかし、未遂に終わり沙耶子は幻想の世界をさまよいます。
 過去の自分の体験が幻想の中で現実を蘇らせるなんとも不思議なストーリーです。

◆忘れ草(連城三紀彦)
 手記という形をとった作品で、夫との13年間の生活に決着をつけようとしている女の醒めた感覚の執念のような心に秘めたものがふつふつと燃え上がるのを感じます。夫との関係をこんな形でクールに見つめられると、それはそれで恐怖に感じられます。その恐怖が、8年ぶりに妻の元に帰ってきた夫の以前と変わらない態度と8年ぶりの愛撫の中で一気に爆発します。それは、飢えた狼がじっと息を殺して時を待っていたかのような冷徹さです。この日のために妻は、じっと耐え忍んで来た様を、女の目を通した手紙は語ります。

◆償い(小杉健治)
 今は幸せな浅井文男は、今の恋人住江と久しぶりの京都見物を満喫します。その帰り道、一人の浮浪者を目にします。それは、山瀬という昔は観光バスの運転手でした。この男との出会いが忌まわしい過去を思い出させます。当時京都に住んでいた浅井は妻を交通事故で失います。その当事者が山瀬でした。しかし、ことは単純ではありません。この事故の影には殺人事件が仕組まれていました。
 この山瀬という男の過去にその事件は深く根を張っていました。二つの事件が不遇にもその時間に重なり交通事故という惨劇が殺人事件と自殺という二つの事件をカムフラージュしてしまうのです。事の真相を探り、良心の呵責にさいなまれる浅井は、もう一人の当事者を探り当て自分の心を露吐し山瀬への仕送りを自分も負担させてくれと懇願するのです。それがせめてもの償いとして・・・

◆顔(松本清張)

 この作品が昭和56年の作品とは読み終わってから初めて知りました。確かに時代背景を感じさせる「買い出し」とか昭和二十三年とかいう記述は見られますが、作風からその古さは感じさせません。たった一度、女との関係を有る男に見られそれが心の奥に重い鉛のような記憶として残っています。井野良吉は過去に女を殺しています。今は劇団で端役をしていますがひょんな事から映画出演の依頼が来ます。その独特の風貌が監督に気に入られたようです。
 しかし、面が割れると過去のこの目撃された事件が蒸し返される恐れが有ります。井野はこのある男を見つけ、毎年興信所に調査を依頼していました。そして、今に至るまで女殺しに関係がある事で追跡された事は無く安心しています。
 それが、準主役クラスの映画に出る事になると話は別です。策を練って、男にこちらから女殺しの件の証拠を見つけたから面通しをしてくれと頼みます。男の方も、顔を覚えている訳ではないので警察に相談し、刑事が二人同行して井野に会う事にします。京都での待ち合わせ前に店で食事をしていると偶然に刑事と連れ立った男が入ってきます。思わぬ展開です。しかし、相手の男は井野の存在すら気がつきません。井野は安心します。彼との待ち合わせはすっぽかし、堂々と映画出演します。公開されると評判は上々です。
 男はひさし振りに映画を観にいきます。その映画のシュチュエーションが昔見た殺された女の横に座っていた男の仕草を思い出させます。あのときの男です。
 安心させておいての、最後でのどんでん返し。さすが松本清張です。またぞろ、松本清張の小説が読みたくなりました。