曲目 チャイコフスキー
ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.35
1.アンドレ・プレブン/ロンドン交響楽団
録音 1970/06 キングスウェイ・ホール,ロンドン
P:クリストファー・レイバーン
E:ケネス・ウィルキンソン
1.アンドレ・プレブン/ロンドン交響楽団
録音 1970/06 キングスウェイ・ホール,ロンドン
P:クリストファー・レイバーン
E:ケネス・ウィルキンソン
DECCA 28L-28003 417707-2

2.シヤルル・デュトワ/モントリオール交響楽団
録音 1981/07 聖ユスターシュ教会,モントリオール
P:レイ・ミンシュアル
E:ジョン・ダンカーリー
録音 1981/07 聖ユスターシュ教会,モントリオール
P:レイ・ミンシュアル
E:ジョン・ダンカーリー
DECCA F00L23013 410011-2

チョン・キョンファ。東洋の至宝と謳われる、韓国のヴァイオリニストです。チョン家は音楽一家で、姉のミュンファはチェリスト。弟のミュンフンは有名な指揮者ですがピアニストでもあります。このトリオでCDも出していますね、余談ですがミュンフンはピアニストとしてロンドン交響楽団と来日した事もあるんですね。と、前置きはこのくらいにして
共演 | 第1楽章 | 第2楽章 | 第3楽章 |
プレヴィン/ロンドン | 18:44 | 6:24 | 9:28 |
デュトワ/モントリオール | 17:15 | 6:28 | 10:14 |
上記は、二つのチャイコフスキーの比較ですが第1楽章は旧録音が遅くなっていますが2、3楽章は新録音の方が遅くなっています。改めてこの二つの演奏を比較しながら聴いてもほとんど違いは分かりません。冒頭のオーケストラの序奏部分の比較ではプレヴィン盤が47秒ほどなのに対しデュトワ盤は50秒とブレヴィン版のが速いテンポになっています。それなのに全体が遅いということはキョンファのヴァイオリンが入ったところでテンポダウンしているってことなのでしょうね。このプレヴィン盤はキョンファのデビューとなったものでもともとはシベリウスのヴァイオリン協奏曲とカップリングされていました。当時は衝撃的デビュー盤で非常に話題になったのを覚えています。高くて買えませんでしたが・・・。
確かにフレージングで一部強引というか気負いすぎている部分も感じられますが、伸びやかな美しい音色と豊かな音量で懐の深い演奏を聴かせています。ぐいぐいと盛り上げていく語り口の巧さは他の録音を寄せ付けないほどの説得力ではないでしょうか。プレヴィンも好サポートです。録音のバランスはこのロンドン交響楽団との方が優れているかもしれません・とくに第1楽章冒頭のオーボエの奏でる旋律の美しさはモントリオールよりも魅力的です。ただオーケストラのみの演奏の部分でやや中だるみ的な部分がありそれがちょっと足を引っ張っているように感じられる部分もあります。
チョン・キョンファはこの録音の直後ワールドツァーに出て、日本にも1972年4月に来日しています。そして、このコンビでこのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を全国で披露しているところを見るとよほど自信があったのでしょうね。
さて、キョンファは1981年にこの曲をデジタルで再録音しました。この録音をした時期、指揮者のシャルル・デュトワとの噂が流れていたのを思い出します。実現していれば、ムター、プレヴィンの先を行っていたのに・・・真偽は分かりませんが。
ここでは円熟したキョンファの演奏を聴くことができます。そこには年輪を重ねたゆとりというものを聴き取ることができます。サポートの上手いデュトワとの息もぴったりで、プレヴィン盤にもまして名演となっています。
若い頃の録音は、正に体当たりの激しい演奏という感じでした。それが、歳を重ねるにつれ、激しさを抑え、その代わりに深い瞑想の領域へと踏み入れたと言えるのかもしれません。しかし、彼女のそういう変化は、決して加齢だけによるものではないと思うのです。あからさまな激しさが無くとも“激しさ”は表現できる──。余計なものを削ぎ落とした後に残るもの。それだけで充分なのだという事ではないのでしょうか。
この演奏だけ聴いていれば不満は無いのですが、今回比較で聴いてみるとオーケストラがやや引っ込んで聴こえます。アナログの完成されたバランスとデジタル初期の録音方法の違いがそういうところに影響しているのかなとも考えられます。しかし、テンポといいニュアンスといい総合ではデュトワの盤の方が上といえます。これはやはり録音会場も影響しているんでしょう。
二つの演奏を聴きながら感じる事は彼女の魅力は、何と言っても感情の切り替えの素晴らしさです。技巧の趣くままに情熱的に切り込んだかと思えば、次の瞬間には滴り落ちるような見事な弱音を聴かせてくれるのです。彼女の紡ぎだすヴァイオリンの音色は、決して線の太いものではありません。しかしながら、細めで鋭いその音色は、個性的な響きを持ちつつ、大胆さと繊細さの均衡を、ぎりぎりのところで保っているような、そんな危うさ、抜群のバランス感覚の素晴らしさが魅力的なのです。他の演奏者では聴き逃してしまいそうなちょっとしたフレーズも、彼女が弾くと、まるでそこが一番のハイライトであるかのように思えてしまいます。
自分の中ではチャイコンのディフェクトスタンダードに位置付けられています。チョン・キョンファの本領を余すとこなく堪能できます!