山猫

 「山猫」の時代に於けるイタリアは、ローマ教皇領を含めた小国が乱立した状態で、国民的な統一国家を作り上げていたスペインやフランス、オーストリアからの干渉に曝される、弱小国家集団でした。

1860年、イタリア統一を目指す一人の愛国者が、赤シャツ隊と呼ばれた義勇兵団ガリバルディを率いてシチリア島に上陸。彼の軍事行動で口火を切った統一運動は、南部イタリアの王朝国家の滅亡や北部イタリアのオーストリアからの割譲などを経て、1870年にローマの教皇領を併合することにより完了し、今日の世界地図にある、いわゆるイタリアが出来上がりました。

 イタリア同様、弱小国家の集合体であったドイツと日本は、この時期に、急進的な統一運動が行われます。

1866年には、ドイツ統一国家の建設を目指すプロイセンのビスマルクが、オーストリアを破ります。ルートヴィヒ2世のバイエルンは、新しい道を切り開こうとするプロイセンとの同盟ではなくて、落日の道をたどるオーストリアとの同盟を選んでいました。

1868年には、薩長連合が滅び行く徳川幕府への義理を通した奥羽越列藩同盟を打ち破ってゆきます。世界史の表舞台に出ることがなかった日独伊の3国は、この頃から、強大な中央集権国家を作り上げて行き、歴史の表舞台に駆けのぼっていきました。「山猫」は、そんな時代の物語です。

 世代交代を促す時代の波を泰然と見つめるサリーナ公爵。統一戦争や時代の変化は、タンクレディーというサリーナ公爵の甥と、アンジェリカという新興階級の娘との恋を通して間接的に描かれていました。

物語が始まってすぐに、タンクレディーがサリーナ公爵の邸を訪れる場面があります。タンクレディーは「じっとしてなんていられない」と言います。義勇軍に参加することをサリーナ公爵に告げると、サリーナ公爵は「誰が来てもこの美しい景色は変わらない」と窓の外を見つめています。

サリーナ公爵は、貴族という自分自身の存在や自分たちが築いてきたものを破壊しようとする時代がすぐそこまで来ていることを悟っていました。時代の波に乗ろうとする若いタンクレディーをこよなく愛するいっぽうで、自分は、自分が生きてきた時代とともに滅びようとしているように見えました。

 サリーナ公爵は、自分がかつての支配階級の者であることは否定のしようのない事実だと、上院議員への推薦を断ります。
「私は不幸なことに、新旧二つの世界にまたがって生きている。そして、なんの幻想も持っていない」とも。高官は「今やこの島は未来ある新しい国家の一部です」と諦めません。サリーナ公爵は高官の言葉に頷きます。しかし、深く下を向いたあとに「言われることは分かるが、遅すぎた」と答えました。
「眠りだよ。長い眠りを求めているのだ。そして、ゆり起こす者を憎む」

 「山猫」のクライマックスは舞踏会の場面です。新旧二つの階級が参加した大規模なものでした。サリーナ公爵は、タンクレディーの婚約者となったアンジェリカのデビューを後押しするために、舞踏会に参加したようです。

 サリーナ公爵は、「マズルカは動きが激しすぎる、ワルツなら」とアンジェリカと踊ることを承諾しました。アンジェリカはサリーナ公爵に静かに口づけしました。サリーナ公爵とアンジェリカは音楽がながれる部屋への扉を開けます。サリーナ公爵とアンジェリカが踊りはじめると、周りで踊っていたカップルたちが足を止めました。いつの間には広い部屋で踊っているのはサリーナ公爵とアンジェリカだけになります。みんな2人のワルツに見とれていました。

原作には「ワルツで一廻りする毎に、肩から歳が一年づつ剥がれていった。二十歳にもどったような気がした。ステルラとこの同じ部屋で踊っていた。あの頃の彼は、幻滅や倦怠やその他の事が一体どんなものであるかをまだ知らなかった……この夜、ほんの一時の間、死が再び彼の眼に、『他の人々の為のもの』と見えた」
と書かれています。

 時代の波を見つめても価値判断を加えようとせずに、高官の心に触れても幻想は持っていないと断ったサリーナ公爵は、ワルツを踊った一瞬だけ、現実を忘れて、幻想のなかに酔いしれて、そして、死に向かう心からも解放されたのかもしれません。

 「山猫」は死への甘美な憧れを持っていたサリーナ公爵が、束の間だけ死を忘れることができた瞬間を描いた映画ではないでしょうか。

この作品に於けるヴィスコンティの拘り方は、細部に至るまでぬかりがありません。180人分の赤シャツを作るのに、長い間の戦闘で褪色した感じを出す為に、赤シャツの生地を紅茶で煮しめ、更に炎天下に何時間も晒し、その上、土に何日も埋め込んでからシャツを仕立てさせたほど。

原作は、ランペドゥーサが唯一書いた小説・山猫で、彼の生前は一切出版を拒否され、彼の死後、漸く出版されますが、一気にベストセラーになります。刊行直後の原作を読んだヴィスコンティが映画化を決意、製作に踏み切りました。

バート・ランカスターを主役にしたのも成功の一因でしょう。もはやサリーナ侯爵は、彼しか出来ません。

映画史に残る山猫をどうぞお楽しみ下さいませ。