今年の酷暑、まだ終わってないけど。ほんとに疲れましたよね。

疲れると気持ちも下がります。気持ちが下がると労働意欲が激下がりしますよね。

 

そんなわたし自身にもみなさまにもちょっとでも元気出してもらえたら。

と、支部に書いてた話を引っ張り出してきました。

 

あー、仕事行きたくないわーと思ったとき、読んで頂ければ幸いです。

 

 

 

 

『そののち・・・または緑の風』

お仕事オスカルさまシリーズ

 

「え!では、アンドレの目はまた見えるようになるというのか?」

 

わたしとアンドレのバスティーユでの戦闘で受けた傷を治してくれたドイツ人の医者は治療完了の最後の日に言った。

「はい、そうです。このようなオラクル(片眼鏡)がもしかしたら必要になるかもしれませんが、でも、かなりの確率で良くなるとわたしは考えています。」

 

医者は自分のかけている片眼鏡をはずしてわたしたちに示した。

 

「おお・・・神様ありがとうございます!!」

わたしの目には涙があふれ思わず叫んでしまった。そばにいたロザリーも泣いた。けれども診察を受けたときのまま寝台に横たわっていたアンドレは言った。

「しかしそれには莫大な治療費がかかるのでは?」

 

ドクターはアンドレのほうを振り返った。

「いや、わたしの見立てに間違いなければあなたの目は機能的には問題ありません。片目になった際に良いほうの視神経まで酷使して痛めたのが原因でしょう。」

 

「なら、いったいどうすればいい?」

わたしは叫んだ。

 

「投薬しながら右目をひたすら休ませます。包帯を巻いて完全にものを見ないようにするのです。」

 

アンドレは起き上がってドクターの声のするほうへ手探りで歩いて行き、必死に尋ねた。

「どのくらいの期間目を休ませればいいのですか?」

「それはわかりません。片目になってから酷使し続けた時間と同じだけ回復にかかるのか、それよりももっとか・・・。」

 

「そんな・・・。」

アンドレは悲痛な声をあげた。

 

わたしたちは舞い上がった希望が地面にドスンと音をたてて落とされたかのように思えた。

 

 

 

チュイルリー宮広場での暴動を皮切りに国民の王政への反発はまるで火山が爆発し溶岩が流れ出すかのような勢いで進んでいった。

己の信念と愛するアンドレの支えによってわたしは自分の身分を捨て市民側へ寝返り国王軍と戦った。

いわば革命の初戦ともいえるその戦いで市民側は勝利を得たがアンドレとわたしは生死にかかわるひどい傷を受けた。

わたしたちが人事不省で生死の境をさまよっている間にも革命の大波はとどまることを知らず王家は残酷な運命に飲みこまれていった。長い月日の後、ようやくわたしたちが回復した頃にはかつて心からの忠誠を捧げた王家の方々はもうどうにもならないところまで追いやられていた。それがわたしの望むところだったかは今さら言っても詮無いことだがその短期間の激動のなかでわたしたちは王党派からはもちろん、革命派からもいつの間にかはじき出され忘れさられていた。

 

 

わたしとアンドレはベルナールとロザリー夫妻、そして衛兵隊の生き残った仲間たちに匿われ守られてパリのめだたない片隅で心身の傷を癒していた。そして、やっと2度目の春を迎えるころなんとかアンドレと二人で生活していけるだけの体力をとりもどしてきた。

 

それまではベルナールたちにいわば養われているかたちだったのだが、体がもとに戻れば自分たちでなんとか自活の道をたてていかねばならない。いつまでもみなの厄介になっているわけにはいかなかった。

 

革命は激しさを増し庶民の生活はますます苦しくなっていた。みな生きるのに精いっぱいの中、自分たちの糧を削ってでもわたしたち2人を守ってくれていたのだ。

 

 

「でも、今すぐオスカルさまたちを働かせることなんて、できません!」

ロザリーは強い口調で言った。

 

わたしたちがこれからどのように暮らしていくか、ベルナールとロザリー、そしてアンドレとわたしで何度か話し合いをした。

「そうはいってもいつまでもおまえたちに厄介をかけるわけにはいかない。」

わたしは言った。

「でも、アンドレは目が見えないし・・・。この間、お医者さまが言ったようにこの先どのくらいで見えるようになるかもわからないじゃないですか。」

ロザリーは言いにくそうに口をつぐんだ。

黙ってきいていたアンドレが口を開いた。

「オスカル・・・、今のおれではおまえを守って養っていくことができない。いっそのことおまえだけでも外国へ亡命されたオルタンスさまを頼って・・・。」

「なにを言う! おまえとわたしは神に誓ったのだ、病めるときも健やかなるときも、ずっと一緒に支え合うと!」

わたしはアンドレの両手を自分の手に包んで叫んだ。

「それに、わたしは・・・、わたしは、おまえなしでは生きられない!!」

「それは、おれも同じだ。オスカル!愛している!!」

「アンドレ!!」

アンドレがわたしの手の甲に熱い涙を滴らせた。わたしはその手に自分の唇を寄せた。

「コホン、コホン!!」

ベルナールとロザリーが咳払いをした。

「とにかく。オスカルさまは大貴族のご令嬢ですもの。わたしたちとは違います。下々のものがする仕事ができるとはとうてい思えません!」

「なにを言う、ロザリー。わたしはもう平民の女だ。おまえも市場で働いているように平民の女たちはみな夫がいても夫婦共働きで必死になって働いているではないか。」

「そうだよ、ロザリー。オスカル・フランソワはこの美貌だ。おまけに酒も強い!酒場や宿屋なんかじゃ案外一番人気で稼ぎまくれるぞ。」

ベルナールがあっけらかんと言った。

 

「いや!そんなのはだめだ!!」

「なんてこと、言うのよ!ベルナール!!」

アンドレとロザリーが大声を上げた。

 

「そんなことでオスカルがおれを養ってくれるというのなら。いっそのことおれは餓死して死んだほうがましだ!!」

アンドレがわめいた。

 

「と、とにかく、職業あっせん所があるから、そこへ行ってみたらいいだろう。き、きみにふさわしい職も あ、あるかもしれないじゃないか?」

ベルナールがロザリーにぎゅうっとほっぺたをつねられながら言った。

 

 

 

 

ベルナールに場所を教えられアンドレとわたしでさっそく出掛けてみることにした。職業あっせんをなりわいとしているその店の主人は太った愛想のいい男だった。

 

「これは、これは。美しいマダム。それに、こちらは、あら?お気の毒にお目がご不自由な旦那様ですかな?」

お気の毒にと言ったわりにたいして気の毒がっていないようなかんじでその男は左目を髪で隠し、右目には黒い眼帯をつけたアンドレの顔を無遠慮にじろじろ見ながら言った。

 

「で?どちらの方がご就職なさりたいんですか?」

 

「わたしだ。オスカル・フランソワ・グランディエ。」

 

主人はさもびっくりした!というように目をまんまるにして言った。

 

「あら、まぁ!マダムはもしかして高貴のお生まれでは?あ、すみません、職業柄、人を見る目は確かでして。ああ、ああ、そうですか、没落貴族さんかなんかで?逼塞(ひっそく)しちゃったんですね。はいはい、大丈夫ですよ、マダムくらい美貌な方でしたらいくらでも紹介先はありますからねぇ。これなんかいかがです?住み込みメイド?」

 

「だめだ!!!そこにはどうせ、金持ちのいやらしい主人か息子がいて、オスカルの美貌に目がくらんで手を出そうとするに決まっている!!」

アンドレが叫んだ。

わたしは冷ややかな口調で返した。

「たとえ、そんなことがあったとしても誰がだまって手籠めになどされるものか。腕をひねりあげてへし折ってやるから大丈夫だ!」

 

「じょ、冗談じゃないですよ、乱暴なマダムだなぁ。そんなことになったらあっせんしたわたしのほうへ苦情がくるじゃないですか!」

男はあわてて帳面をめくって他を探した。

 

「あ、じゃあ、これは?酒場での給仕。おさわりなど接触は一切伴いません。歩合制。バー・ロワイヤル。」

「おさわりなど接触は伴いませんって、そんなことをわざわざうたっているところがかえって怪しい!!」

また、アンドレが叫んだ。

「なんなんです、このひと?!」

店主がうるさそうに親指でクイっと指さした。

「わたしの夫だ。」

店主はわたしの耳に口をよせるとコソコソと言った。

「旦那さん、お目が悪いのでしょう?なんの商売してもマダムが黙ってりゃわかりゃしませんよ。」

「こらっ!オスカルにくっつくな!それに 黙ってりゃとはなんだ?!聞こえているぞ!」

「ひえ。お耳がいいんですね?!」

「当たり前だ!目が悪くなれば聴覚、嗅覚、触覚、すべて普通の人間よりよくなるものなんだ!」

店主は突然、ハッとしたように言った。

「ご主人は仕事お探しじゃないんですか?」

「いや、もちろん職があればありがたい。だがおれにできる仕事があるだろうか?」

「ちょうどいいのがさっき来たんですよ、もちろん技術がいるんですがね。これです!」

店主はまた帳面をめくりページをアンドレに指し示した。

「あ、失礼!読めないんですよね、わたし、読みますね。えーと、ヒヨコ鑑定士求む。時給厚遇。」

ヒヨコの鑑定士とはオスメスより分ける技術者なのだそうだ。ヒヨコの見分けはしろうとにはたいへん難しく特別繊細な指の触感が必要とのことだ。それなら、アンドレにうってつけだ。アンドレの指の感覚は並大抵ではない、まあ、その、いろいろな方面に、だ。

 

「あっ!ぜひ、そこへあっせんを頼む!雌雄見分けとか、おれはたぶん得意だぞ!男の鎧をまとった美女を女にしたこともある!」

「アンドレッ!!!」

わたしは真っ赤になって思わず叫んだが店主はなんのことやらわからずきょとんとしている。でもとりあえず、アンドレの就職はなんとかなった。次はわたしだ。

「なるべく、男性との肉体的接触がないものがいい。夫が嫉妬深いのだ。」

アンドレがうんうんとうなずいている。

「むずかしいですね。女性が女性らしくない仕事をする、とは。あ~、これなんか、むりですよね。短期雇用 建造物補修工 求む。即日払い高給」

「あ!それ、良さそうではないか!即日払いが気に入った!」

「え!!!うそっ!!」

店主とアンドレが同時に大声を上げた。

 

 

 

 

アンドレが止めるのも聞かず、それと、後から知ったロザリーはわたしの就職先を聞いたとたん、ふうっと力が抜けて気が遠くなったようになり、我に返ると大きな目に涙をいっぱいためながら半狂乱で大反対をしたが、わたしは平気でそのパリ土建という会社へ翌朝朝日の昇る前に行くことにした。

 

「頼もう!! バランタン職業あっせん所から紹介されたグランディエだ。今日からよろしく頼む。」

 

その建設会社は街はずれにある小さな普通の民家のようだった。

「ああ、バランタンの親父から聞いてるよ。へぇ、あんたか。おれはこの土建屋の親方、サンソンだ。」

そういうとサンソンはじろじろわたしを眺めた。わたしは、久しぶりにアンドレのシャツを着て髪をおろしひとつにくくり、ブーツを履き男装している。土建屋で女性と言ったら雇わないだろうとバランタンの店主が言ったからだ。

 

「ずいぶん、細っこいな。あんた、力はあるのかい?色男、金と力は無かりけりって言うからな。土建屋には荷も持ち上げられないような色男はいらねぇよ。」

 

「ふん。そんなのは、力ではなく要するにコツだ。軍隊でトーチカ建設の理論も実践も学んできたのだ。大丈夫だ。」

わたしは鼻で嗤った。

 

「へぇ。軍隊あがりか。じゃ、まぁいいや。よろしくたのまぁ!みんなが集まるまでそこで待っててくれ。」

 

そこに座って待っていろというので傍らにあった粗末な椅子に座ったが、いつまでたっても人っ子一人来ない。わたしが来たときはまだ、あたりは暗かったのに、いまはもうすでに朝日が高く上がっている。

 

わたしはイライラとサンソンに怒鳴った。

「おいっ!!」

「な、なんだよ?!」

「いつまでここで待っているのだ?!いっこうに誰も来ないではないか?!何時に集合することになっているのだ?!」

「え、そんな、何時なんてきめてねえよ。おてんとさまが上がったらここに集まって現場へ移動するに決まってるだろう。」

「は?集合時間がない?!なんでそんないい加減なのだ?!」

「軍隊じゃあるめえし!職人なんてみんなそんなもんなんだよっ!」

 

わたしはムッとして腕組みをした。なんという効率の悪さだ!信じられん!!

太陽もすっかり登り切った頃、やっとちらほら職工たちが集まりだした。しかも、いかにも遅れて申し訳ないというふうにあわてて駆け込んで来るならまだかわいげもあるというもの。のんきにぷらぷら歩いてくるのだからあきれた。

 

「わ!なんだ?!このアポロンみてえなド派手なあんちゃんは?!」

 

一人の職工がすみの椅子でぶすっと座って待っているわたしに気づき驚いて飛びのきながら言った。

「おう、今日から働く新入りだ。みんな、よろしくたのまあ!」

サンソン親方が言った。

「グランディエだ。よろしく頼む。」

「な、なんか、目が鋭すぎておっかねぇよな。」

職人たちどうし、こそこそ言っていたが聞こえないふりをしていた。

それよりも現場に早く出かけたかった。こんなので本当に日給をもらえるのか気になってしかたない。

 

やっと荷車に材料を積んで現場へと向かったがまるでハイキングにでも出かけるかのような移動ののろさにまたもイライラしてしまった。

まったく、こんな調子ではとうてい工期に間に合うはずがない。どうりで軍で工事を発注した際にはいつも完成予定を大幅に遅れていたはずである。フランスの土建業者がすべてこのようだったら彼らによってフランスは破産させられてしまう。

 

 

 

古い教会の地下への階段と入口を新たに作るという工事だったのだが驚いたのは彼らが設計図を読まないことだ。

「なぜ設計図を使わないのだ?」

「こういうのはなあ、長年のカンでやるんだよー!」

初老の職工はげししと笑って鼻の下をこすった。いやな予感の通り、材料が途中で足りなくなり彼らのカンがあてにならないことがハッキリした。

 

「おいっ!サンソン!」

「な、なんだよ、おめぇ、新米のくせになんか偉そうなんだよ。」

「わたしに設計図を見せろ!材料が足りなくなったらその都度買いに行かせるなどと非効率的なことをやっていたらいつまでたっても終わらんぞ!」

 

わたしは地面に木の棒で数字を書き材料の計算をした。士官学校で簡単なものだが砦や塹壕を作る際の建築の初歩を習ったことがある。

「へ、へぇ?軍隊じゃそんなことまで教えてくれるのか?」

「まあな。さぁ、この数量だけ買いに行かせろ。まとめたほうが値段も安く交渉できるぞ。」

「ほ、ほんとか?」

「ああ。なんならわたしが一緒に行って材料屋に交渉してやる。そのかわり、職工たちに明日9時には現場に集合しているよう伝えろ。」

「そんな、そんなこと、聞くやつはいねえよ。」

「明日から日当1.5倍にすると言え。」

「そんなことしたらオレが干上がっちまう!」

「工期が今までの半分以下で済めば職工たちの延べ人数がその分減るだろう。おまえだって今までよりはるかに儲けが出るはずだ。」

サンソンはわたしの話をポカンと聞いていたがしばらく考えてから飲み込めたようで明日からわたしの計画どおりにすると約束した。

 

 

 

その日ベルナールの家に帰ったのはアンドレよりもわたしの方が遅かった。二人で眠るにはかなり狭い寝台に横になるとアンドレがわたしを抱きしめて言った。

「オスカル、おまえは、惨めじゃないか?大貴族の令嬢が、かつての女伯爵が泥だらけになって男たちに混じって土木作業などを。」

「みじめ?」

アンドレの胸のなかで呟いた。

「たぶん、わたしがとても惨めだと思うのはおまえのいない外国で誰かの世話になって豪華な服と食事を与えられ、出たくもないパーティに引っ張りだされ、笑いたくもないのに愛想笑いを強いられることだろうな。」

わたしは考えながら言った。

 

「・・・アンドレ。わたしは王家の方々や父上や母上、ルルーやたくさんの人を不幸にしたと思う。」

「オスカル、それは!」

「いや、わかっているのだ。たとえわたしが関わらなくとも遅かれ早かれ時勢の流れはかわらなかっただろう。けれどもわたしは大勢の方々の十字架を背負っている。それもまた事実だ。アンドレ、おまえもだ、わたしと一緒にいたばかりに。」

わたしは愛しい男の顔をみつめその頰にキスをした。

 

「オスカル、おれはおまえの信念と共にある。それがおれの望みだからだ。」

「そうだったな。ありがとう。アンドレ、だからこそ、わたしたちは幸せになるよう努力しなければならない。わたしたちは後悔などしてはならぬ。愛し合い幸せにならねば。これからもずっと。」

 

アンドレは黙ってわたしの髪を撫でながら聞いていた。

わたしはその手を優しくのけるとアンドレの体の上に乗り顔を見下ろして悪戯っぽく笑って言った。

「聞け、アンドレ。職工たちや道行く町娘たちがな、男装していても、わたしを見ると彫像のように美しいと褒めてくれるぞ。」

「当たり前だ。おまえは男装していた今までだってそして今だってとても美しい。」

「アンドレ、おまえは女の服を着たわたしを見たくはないか?髪を平民のおかみさんふうに結っているわたしを。」

「どんな豪華な衣装で着飾った貴婦人でも粗末なスカートをはきパリのおかみさん風に髪を結っただけのおまえの美しさにはかなわない。オスカル、それをこの目で見るのは今ではおれのただひとつの願いだよ。」

「わたしもおまえに見てもらいたいのだ。女の服を着たわたしを。」

「オスカル・・・。」

アンドレは包帯をした目を透かすようにわたしに向ける。

「わたしたちはお互いのために働くのだ。しかもいつか必ずおまえの目が見えるという希望を神に与えられた。どこが惨めだ?わたしは楽しくてしかたない。」

上に乗ったまま再びアンドレの胸に頭を押しつけた。アンドレはふいに体を反転させるとわたしを下に組み敷いた。

 

「あ、やめろ、だから、今日は静かに眠るんだ。明日から忙しいのだ。あいつらをもっとビシビシ働かせねばならん。」

「それじゃ、その仕事が終わるまでずっとおれにお預けさせる気か?」

「うん、まぁ、そうだな。だが、わたしの計画どおりやれば、かなり工期を短縮できるぞ。」

 

「おれのほうはもっと緊急だよ。オスカル。」

そのままアンドレに抑え込まれ唇を唇で塞がれわたしはそれ以上口答えできなくなってしまい、そしていつものようにアンドレのやりかたで身をまかせてしまった。

 

 

 

 

 

「あんたのおかげだよ、グランディエ!」

サンソンがニコニコ笑いながらわたしに握手を求めた。

大幅に工事完成が早まった最後の日、サンソンはわたしに予定よりもだいぶ余分な給金をはずんでくれた。

 

「おい、グランディエ、このままおれんとこで働いてくれないか?おまえさんにぜひともうちの現場監督としてやってもらいてえ。工賃とは別に役手当も出させてもらうぜ。」

「申し出はありがたいのだが、わたしは引っ越そうと思っているのだ。今までずっと友人の家に居候させてもらっていたのでな。わたしでも働いて稼いでいくことができるのだと自信がついた。この機会に夫と二人だけで住もうと思っている。」

 

「え?!お、夫?!今、夫って言ったか?!あんた、結婚してるのかよ?!」

サンソンは大声をあげて目ん玉飛び出さんばかりにわたしを見た。

 

「え?、ああ、言っていなかったか。はは。すまん、すまん。言いそびれていた。そうなのだ、実はわたしには夫がいるのだ。」

わたしは笑った。

 

「え?え~~~~?!」

 

サンソンは今度は腰を抜かさんばかりに驚いてさらにわたしを上から下から眺め廻した。

 

「そ、そういう類の男たちがいるとは聞いていたが。はぁ~、そうかい、そうかい。あんた、そういう…。ま、まぁ、いいやな。男同士だって関係ねえよな!これからはよ、自由と平等の国フランスだもんな。と、とにかく引っ越しが落ち着いたらよ、いつでも来てくれよ。あんたなら大歓迎だぜ。」

 

サンソンは引っ越し祝いだと言ってさらに祝儀までくれた。

 

ほかの職工たちとも握手して別れたがなぜかみな一様に腰が引き気味で、そして口々に『あんたがなんであれ、おれはあんたのことがすきだぜ。』とか『神のお許しがあらんことを。』とか言って十字を切る奴までいた。はて?なんのことだろう??

 

 

 

わたしはまっすぐ帰らず途中何ヶ所か寄り道をした。働き始めてすぐに考えていたことがあったのだ。

 

家へ帰るとすでにアンドレが養鶏場から帰って来ていた。ロザリーたちはまだのようだ。ちょうどよかった。彼らの前では照れ臭い。

 

「アンドレ、今日で工事終了だ!サンソンの奴がだいぶ給金をはずんでくれたので、これでおまえの勤め先近くに引っ越しができるぞ!」

「そうか、それはありがたいな。」

アンドレはわたしのほうへ顔を向けて笑った。もちろん右目には眼帯をしたままだがアンドレの口元がほころんだ。

 

わたしはあるものを手にしたままそっとアンドレに寄り添い囁いた。

「アンドレ、これはわたしたちがこれから二人で歩んでいく記念だ。ロザリーたちに今まで世話になったお礼と引っ越しの費用を差し引いたら大して残らなくなってしまったから。そんなに高価なものは買えなかったのだが。」

 

わたしはアンドレの両手を広げさせるとそこへ懐中時計を置いた。ガラス蓋のない指で時間を確認できる型のものだ。

 

「オスカル、これは!!」

「ジャルジェの家で使っていたのはすべて置いてきてしまっただろう?おまえがまた仕事をはじめるとなったら必要なものだ。」

わたしは少し照れながら言った。

 

「オスカル!!」

アンドレがわたしを抱きしめた。そして髪に指を差し入れ梳かそうとするのを避けようとしたのに間に合わなかった。

 

「オスカル!!おまえの髪が!」

 

わたしは諦めてアンドレに言った。

「少し金がたりなかったので髪を売ったのだ。」

「オスカル、なんてことを。おまえの美しいブロンドを。」

「髪なんてすぐ伸びる。」

わたしは笑った。

 

「オスカル・・・」

アンドレの黒い眼帯が涙で濡れる。

「やめろ。泣くな。涙は目に悪いのだろう?」

わたしは笑ってアンドレの胸に顔をうずめた。

 

 

 

 

士官学校と軍隊生活というのは職を選ぶうえで案外つぶしが効くことをわたしは知った。今度の仕事は金持ちの商家の息子の家庭教師だ。

 

「頼もう!!」

「はい?どなたさま?」

「バランタン職業あっせん所から紹介されたオスカル・フランソワ・グランディエだ。ルイ・ル・グラン学院に8年連続不合格という貴家のご子息のために勉強を教えに来た。」

 

「な、なんか、すっごいハンサムだけどえらそうな男ね。ああ、うちの坊ちゃまの新しい家庭教師に雇われた人ね。ちょっと待ってて。今奥様を呼んでくるから。」

 

「早くしてくれ、時は金なり、じゃなくて、1分でも早く勉強を始めたい。」

わたしならどんなボンクラ兵士でも半年で必ず精鋭部隊に仕上げてみせるぞ!というのは心の中に留めて言わないことにする。

 

 

わたしは5月の緑の風が吹く明るく美しい青空を見上げた。

 

懐かしいかの方々は今はこの空のどこかでわたしたちを見下ろしておられるような気がした。

 

Fin.